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仕事に貴賎なしというのは本当か? たのしい教育の哲学・発想法

 「職業/仕事に貴賎なし」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 私いっきゅうが沖縄県のグッジョブフェアーで授業をして後、「将来つきたい仕事がみつかりません」という質問をうけました。
 その時のわたしが答えたことを元に、少し紹介しましょう。

 将来の仕事を選ぼう、あるいは仕事を変えようと考えている時、〈こんなにたくさんある仕事の中から何を選んだら良いのか〉と立ち止まることがあるかもしれません。

 そんな時「仕事に貴賎(きせん)なし」という言葉をきっかけにして考えてみると、何かヒントが得られるかもしれません。

「貴賎」というのは江戸時代から言われていた言葉で、〈とおといこと、いやしいこと〉という意味です。
「仕事にはとおといこと、いやしいことの区別などない」という意味です。

 私いっきゅうは高校の頃、医者になろうかと考えていました。車も好きだったのでトラック運転手で日本を回るというのも頭にありました。
 〈医者という仕事は貴くてトラック運転手は貴くない〉ということは全くありません。
 どういう仕事でも同じ様に貴いのだというのが、この言葉です。

 医者もトラックの運転手も同じく貴い仕事だとしても、本当に「仕事に貴賎なし」というのは本当のことでしょうか。

 みなさんはどう思いますか?

 RIDE(ライド)の考え方はシンプルです。

 

 自分と周りの人たちの笑顔が増えていく仕事を選ぼう!

 自分と周りの人たちの悲しい顔が増えていく仕事はおすすめしません。

 周りの人たちの〈笑顔〉はその場で見ることができるものだけではありません。また、表面上は悲しい顔になるかもしれないけれど、本当は幸せな方向に向かっているということもあります。
 たとえば歯医者さん。
 治療に来た子どもが涙顔になるかもしれないけれど、その子の健康的な生活を支える大切な仕事、つまり笑顔を育てているわけです。

 ある小説に「私はドロボウをなりわい(仕事)にしています」というセリフがありました。ドロボウは仕事とは言わないけれど、それで暮らしを成り立たせているということがあったら、それでも〈仕事に貴賎なし〉といえるでしょうか?

 周りの人たちの悲しさで自分の暮らしを成り立たせているとしたら、貴賎の〈賎〉でしょう。
 そういうものを仕事といってはいけないと思います。

 みなさんはどういう仕事をイメージしているでしょう。
 たとえば「役所で地域の人たちの笑顔をたくさん増やしていきたい」というように、たくさんの人たちに笑顔が広がる仕事につく人たちが増えていくと、この世の中はきっとたのしく元気なものになっていくと思います。

 たのしい教育は、そのためにもたくさんの力を注いでいます。

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