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たのしい教育の発想法〈宿題について考える〉/板倉聖宣の語ったとこと

 今回は〈宿題〉についての見方・考え方をお届けします。読者の皆さんから定期的に〈たのしい教育の発想法&哲学〉を読みたいという要望が届きます。それにお答えして〈たのしい教育メールマガジン〉の古い号からひろってみました。
 このサイトの読者の中には〈たのしい教育メールマガジン〉の読者の方もたくさんいますけど、面白いことにメルマガの過去の記事をすでに読んでいる読者の方からも「新鮮に読めます」「一度読んだものでも忘れてしまって新たに学びなおしています」という様な好反応が届きますから一挙両得です。

 今回は2014年のメルマガから板倉聖宣が「子どもの気持ちを大切にする」というテーマで語った内容から〈宿題〉について紹介しましょう。

 いろいろな名称があるとはいえ今の学校では「宿題」が普通です。学校全体で決められている場合がほとんどでしょうし地域や家庭の意向もあるでしょうから担任一人の意向でどうこうすることは難しいものがあります。しかし、こういう考え方もあるというのを知っていることは大切なことだと思います。

 板倉先生は講演中にどんどん考えが深まってくる様で、話しながらいろいろな内容がミックスされていきます。メルマガでは、私いっきゅうの責任で、わかりやすい様に編集を加えています。

板倉聖宣「宿題とは」
「子どもの気持ちを大切にする」より
1994年6月11日大阪たのしい授業塾にて

 私は,子どもの気持ちというものを考えた上で, 自分の気
持ちというものを整理してみました。
 やっぱり人間というものは圧力を加えられるということが嫌な
んです。

珍しく今回〈宿題について教育学者はどう考えているのか〉ということを
『教育学百科』とか、『教育学事典』というもので調べてみたんです。

 するとおもしろいことが書いてありました。
 戦前に出た岩波書店の「教育学辞典』の「宿題」のところになんて書いてあるか。
「宿題は、家庭での子どもの休息の時間を奪うからけしからん」
「親の労働の手伝いをする子どもの権利を奪うからけしからん」
とありました。

 学校の管轄は学校にきている間だけ、家に帰ったら子どもの時間ないしは親の時間だ、その時間を侵食するのはけしからんという論調です。

 ところが一方で戦後になると、宿題というのは「自発的勉強の態度を身につけるからいいことだ」となるんですね。

 私はいくら考えても自発的勉強の態度があるのに、宿題になるととたんに嫌になるのですから「宿題というのは自発的勉強というのをじゃまするものだ」と思います。

 宿題は「勉強というものは、全体としてたのしくないもんだ」ということを教えるのに役立つ。〈やりたくなったときにやる〉という体制がなくなってしまうのです。

 宿題論なんて建て前で書くから〈宿題は自発的勉強〉ということになってしまっているんです。
 自発的勉強というのは内発的なものでしょう、子どもが自発的にやるんですから。

〈自発的に渋々いうことをきく〉ということは奴隷の気持ちです。
 奴隷だと働かないと危ないんですよね。自発的に働かないと鞭でたたかれたりするのですから。
 だから渋々自発的にやるんです、本当にやりたくてやってんじゃない。
 外から見て自発的にやったかのごとく見えているだけです。

 すると、本当に自発的にやるように育てるには「やりたいと思ってやれるように」しないといけない。そうするには、本当に理想的な状況で「やりたいときにやりたいようにやる」という事です。

私の下の娘なんか, 割合に教育方針がうまく行きました。
うちの子どもの世代はほとんどみんな塾に行っていたんで
す。
しかし, うちは塾には行かせなかった。
行きたいとも言わなかったし,行けとも言わなかった。
ピアノをちょっとやっただけです。
それもいい加減にやめちゃった。

するとどうなったか?
退屈なのが一番嫌だというのが分かるようになった。
退屈の嫌さ、というものを娘はすぐに発見しちゃいました。
それで、「私は料理をするのが好き」「編み物をするのが好
き」という具合に、いろんなものを好きになる事ができたようで
す。
だって退屈なほど嫌なものないのですから。
〈みんなが食べてくれるから料理は好き〉〈退屈するよりは勉強が好き〉となったのです。
 普通の学校だって勉強はあんまりおもしろくはないでしょ。
でも退屈する,飽き飽きするよりは勉強が楽だったりするので
す。
 ところが今はだいたい,飽き飽きするよりも勉強がイヤだとい
うわけでしょ。そうとう困ったことで、退屈よりも辛いということは相当なものです。

 子どもの気持ちというのは難しいものです。
 その難しいことを承知で子どもの気持ちにのるような教育プランを考えて、それがうまく子どもの気持ちにあったかどうか子どもに聞いてみるといいのです。
 そうやって、子どもの気持ちというのはどういうものかを知るのです。

 私は自分の気持ちだって発見するのに60年もかかりました。
 自分の気持ちが分かるとなると、子どもの気持ちもだんだん分かるんじゃないかと思います。

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