何かを学びはじめて、しばらくして「これは自分に合わない」と感じて離れることは誰でも経験していることでしょう。楽器、語学、スポーツ、教育法、仕事のやり方、人づきあいの作法など、私たちはたくさんのものに出会い、たくさんのものから離れてきます。
〈半端に学んで「合わない」と離れること〉と〈徹底的に学んでから「合わない」と離れること〉、どちらがその人の人生にとって有意義なのだろう?
40年以上の楽しい教育の活動の中で一緒に学んだ人たちがたくさんいます。子どもたちと楽しく過ごしたい、子どもたちが熱中する授業をしたいと考えながら、結局軽く学んで離れていった人たちのことを考えてみると、逆に〈熱中していく時の法則〉が見つかるのではないか?
徹底的に学んで離れた人は、手ぶらでは帰らない
ある理論や方法を深く学んでから「自分には合わない」と判断し離れていった人は、その理論や方法の良さや限界も分かっています。
そこで得た〈ものの見方〉を持って帰るでしょう。
それを自分の人生に活かせるし、たとえばその授業法をやってうまくいかない時には引き際も鮮やかでしょう。
離れても、学んだことは消えません。
むしろ、離れたことで〈自分は何を大切にしているのか〉がくっきり見えてくるでしょう。
軽く学んで離れていった人たちに見えること
ある教育方法を軽く学んで離れていった人たちは
🟢その方法は自分が予想した結果を得ることができなかった
という予想が一つあります。その場合
🟠実はその〈教育の方法〉そのものが大したことがなかった
ということがあるかもしれません。
《たのラボ》の〈自由研究まつり〉などでとりあげたプログラムなどは満足度90%以上のものなので、ほぼうまくいくでしょう。
そのレベルでないものや怪しいものが巷にあふれていること、ネット上にあふれる〈コタツ記事け:信頼できない記事〉がたくさんあることをこのサイトでも紹介してきました。
ところが〈仮説実験授業〉のようにほぼ完成された授業法をためしてもうまくいかない人たちもいます。
🔵いろいろな状況の子どもたちがいること
🔵こどもたちには基本的に授業を拒否する権利があること
とはいえ
🔵周りの人たちを傷つける権利はないこと
など、授業や教育方法以前の哲学を知らず、ゴリゴリと一つのやり方を押し進めていく人たちが失敗するのは目に見えています。
そういうことを考えているうちに、はじめの問題意識から少し離れていって、それとは別に大切なものをまとめなくては、と考え始めています。
⭐️
どれだけうまくいく方法をとりあげても、それをすすめる人の基本的な〈ものの見方・考え方〉がセットでないと、すぐに離れていく、やめていくことになるのでしょう。
その〈ものの見方・考え方〉に関わる大切なことが「それまで形作られた関係を一瞬で変えることはできない」という法則です。特に大切なものであるほど、その法則は確かです。

カウンセリングの天才 野田俊作先生は「登校拒否の中で形作られてきた親子関係をアドラー心理学で変えていくなら、目安としてその半分くらいの時間が必要である」と語っていました。
これまで2年、不登校・登校拒否が続いてきたとしたら、アドラー心理学でそれが変わり始めるまで半分の1年くらいはかかるとみておく必要がある、ということです。
《たのラボ》にはたのしい教育をリードしてくれる中堅若手がいます。その後に続く人たちもいるでしょう。
早いうちにそういう枠組みを整理して「たのしい教育指導者テキスト」を作っておく必要があると感じています。
それはきっと指導する本人と子どもたちとの付き合い方にもつよく影響していくと思います。
〈たのしい教育メールマガジン〉で深く書いて読者の方たちの意見を聞きながら丁寧にまとめていきたいと思います。
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