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終章の板倉先生の話を少し紹介させていただきます。
板倉聖宣「教育問題は素人談義のまま」
(前段の体調を崩して病院のお世話になっている話の後)
結局、今回の私の体験は「最近の医学はとても進歩している」ということを教えてくれたのです。私は「それに対して教育の研究はどうだろう」と考えざるを得ませんでした。
江戸時代までの日本の医学は、ほとんど素人医学と変わらないものでした。たくさんの医学的経験を積み重ねてきた人びとが周囲の人びとの信用を獲得して「医者」と認められて、診断治療にあたったのです。だから江戸時代には「医師資格」制度といったものはありませんでした。寺子屋や漢学塾にも教員免許状などありませんでした。しかし、その後、医術も教育も資格試験制度ができました。
医術の場合はたくさんの専門研究者が研究して、その成果に基づいて診断治療する医療の体制が確立しています。
しかし教育の場合はどうでしょう。
教育の場合は医学と比べて研究が圧倒的におくれていることは明らかです。
最近、内閣に「教育再生会議」なるものが設けられましたが、そこでは教育学研究の成果が問題になることはほとんどないようです。
最近は「いじめ」「自殺」に対していろんな「著名人」がいろんな素人談義をつづけていますが「〈いじめるやつら〉をいじめ返せ」といった素人的発言が目立ちます。
それらの問題についても教育研究者の考えが求められることはほとんどないようです。
学力問題についても、いじめ問題についても、もっともっと研究を積み重ねることが大切だと思います。
たとえば、いじめについて私は「多くのいじめは、相手の行為を〈改めさせよう〉とする一種の〈教育的〉行為として発生するという視点くらいはもっていてほしい」と思っています。
そういう視点があってはじめて、教育についての専門的な判断ができると思うのです。
「学力論」についても、「学力」と「意欲」は、その合計(和)が問題なのではなく、その「積」が問題なのだという観点が必要です(この点については、板倉聖宣『子どもの学力 教師の学力』仮説社2007年でくわしく論じています。参照していただければ幸いです)。
いくら「有名人」であっても、そんな基本的な視点も知らない教育の素人が、教育の「再生」を討論しても、その成果に期待することはできないでしょう。
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