たのしく島言葉のプログラムを作成する中で、私が子どもの頃から教えられてきた〈芭蕉布の原料のバショウはバナナとは違うとか、実がならない、成っても食べられない〉というのは間違いで、バショウにも実が成るし熟せば食べることができるだろう、と考えました。
バナナのことを島言葉で「バサナイ」と呼びます。
バサは芭蕉のこと、成いは実のことです。
芭蕉(バショウ)の実をバナナと呼んできたのに、バショウ布のバショウには実が成らないとか、成っても食べられないというのはおかしいのではないか、ということが予想のスタート地点です。
研究というのは予想を立てて確かめていく過程です、予想しなくては始まりません。
そして予想するといろいろなものが見えてきます。
沖縄にいて喜如嘉地区のバショウ布、芭蕉の話は身近です、授業でもいろいろな先生たちから「実がならない説」を聞かされてきました、〈たの研〉に来てくれる方達も私と同じような情報を聞かされて育ってきた人たちがたくさんいます。
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さてそうやって予想を元に調べていくと、いろいろなものが見えてくるようになりました。
今回はそのワンステップとして書きたいと思います。
「バショウには実が成らない」と子どもの頃、聞かされた情報は正しかったのでしょうか?
仮説実験授業に『花と実』という授業書があります。
シダ、コケ、藻、菌類などは別にして、私たちの周りにある普通の植物は花が咲き実に成って、タネを作って広がっていくことをたのしく教えてくれるきます、種子植物と呼びます。
「バショウには実がつかない」というのは、生物学的にみておかしいのです。
そうやってネット上をみていくと、バショウにもバナナのような実がついているという内容がたくさん見つかります。
これは喜如嘉の芭蕉布について書いたサイトにたまたま映っていたバショウの実です。※真ん中あたりに見えています
バナナのような実がついた、という記事もあります。
食べられるかどうかは次のテーマにして、バショウにも花が咲いて実がなることは間違いないでしょう。
いろいろな記事を読んでいると、喜如嘉のバショウは〈糸芭蕉〉で私たちが食べているのは〈実芭蕉〉だと説明したものも散見します。
ところが正式な分類にそういう分け方は見当たりありません。
きっと誰かがそう呼んだということなのでしょう。
私は、沖縄のバショウ、芭蕉布のバショウはバナナの原種の一形態なのだと思っています。
食べられるのか、味はどうかというのは次の話にしましょう。
いずれにしても「バサナイ」という島言葉から予想を立ててみたから、いろいろなことが見えてきたのは間違いありません。
まるで推理小説を読むかのようにたのしめます。
みなさんもいろいろなものに予想を立てることからはじめてみませんか。
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