大きな仕事を一つ終わって、明日のプレゼンテーションの準備の前に、大好きなファインマンの本を手にとっています。
「困ります、ファインマンさん」岩波書店。
リチャード・ファインマンは科学の教師としても、研究者としても世界をリードしてきた人物です。
教師としては「ファインマン物理」という世界的名著を世に出し。
研究者としてはノーベル物理学を得ています。そしてその受賞を知らせる夜中の電話に、「眠い!」と言って切ったエピソード。しかも、授賞式に出るより研究をしていたいからと、受賞を断ろうとしたというのも有名な話です。
加えてわたしは彼の文章センスが大好きです。
この本から、ちょうど彼がチャレンジャー事故の調査委員を引き受けるあたりの文章を書き抜いてみましょう。
私がこれまで何度も読んできた部分です。
その事故の二、三日あと、N A S A の親玉ウィリアム・グラハムから電話がかかってきた。こともあろうにこの僕に、シャトルのどこが悪かったのかを調査する委員会のメンバーになってくれと言うのだ! 彼は学生時代キャルテク(カリフォルニア工科大学)で僕の講座を取ったことがあるうえ、卒業後は、僕が毎水曜日の午後講義をやりに行っていた、ヒューズ航空機会社で働いていたのだそうだ。
そう言われでも、例によってこっちは彼が何者だったかさっぱり思い出せなかった。第一その調査がワシントンであるのだと聞いたとたん、僕はまずまっぴらごめんだと思った。そもそも僕はワシントン近辺や政府機関のあるあたりには絶対近よらない主義なのだ。だから反射的に、こりやかなわん、何とか逃げを打とう、とまず考えたわけだ。
そこで僕は、友だちのアル・ヒップスやディック・デーピスなどに電話で相談してみることにした。
ところが呆れたことに、彼らはみんなして、チャレンジャー号の事故調査は非常に大事だから、ぜひやるべきだと言い出した。
こうなったらもう逃げを打つ最後のチャンスは、家内にうまく話をもっていって、そんな委員会など止めておけと言わせることだ。
「まあ考えてもみろよ」と僕は言った。
「こんなことなら、どこの誰にだってできることだよ。誰かほかの奴にやらせればいいんだ。」
「だめよ。そうはいかないわ」とグウェネスは答えた。
「あなたが引き受けなかったら、12人の委員がみんなで連れ立って、いろいろなところをぞろぞろ調べてまわることになるわ。だけどあなたが行けば、11人は一緒になってあちこちを調べて歩くでしょうけど、12人目のあなたはひとりで飛びまわって、ひとの考えないようないろんなことを調べることになるんでしょ。まあ何が見つかるかはわからないけど、もし何かあったとしたら、それを見つけ出すのはきっとあなたよ。あなたみたいなやり方のできる人は、ほかにはいないんだ
から。」
悲しいかな謙譲の美徳に欠ける僕は、ついうっかり彼女の言うことを信じてしまった。
しかし問題は、シャトル事故の原因がどこにあったのかをつきとめるだけですむかどうかということだ。おそらく次には、いったいN A S A の組織がどうかしているんじゃないかと調べることになってくる。
すると今度は「そもそもシャトル計画を続けるべきか、シャトルより使い捨てのロケットの方がいいんじゃないか?」というような疑問が出てくる。そしてその背後には「では我々はこの先どうすればいいのか? 」「わが国の宇宙科学における将来の方針はいかに? 」というようなもっと重大な疑問が控えているのだ。
しょっぱなはシャトル事故の原因調査に始まったこの調査委員会が、はては国家の政策を決めるところまでふくれあがり、ずるずると果てしなく続いていく、という筋書きが、僕の目にありありと映りはじめた。
彼が生きていてくれたら何としてでも沖縄に招きたかったな。
会えないにしても、こうやって文章で彼の魅力に触れることができることはとても幸せなこと。
「言葉を残す」ということは、何にもまして重要なことだと思えてなりません。
たのしい教育は感動と切り離すことはできません。
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