スライムづくり・スライム遊びの歴史/沖縄で広めたのは〈たのしい教育研究所〉の原点〈名護仮説サークル〉

 自由研究などの題材としても目にする〈スライム〉ですが、沖縄県ではじめて〈スライムづくり〉〈スライムあそび〉を実施したのは、わたしたちが今から30年以上前、この〈たのしい教育研究所〉の原点でもある〈名護仮説サークル〉で企画した〈たのしい授業〉シリーズの講座が初めてだろうと思います。わたしが教師をはじめた一年目1984年に伊良波さん主宰で設立された組織です。

 講座で取り上げるにあたって、たくさんの先生たちにインタビューしてみましたが「自分で作ったことがない」「そういう講座内容も耳にしたことがない」という答えでした。他にいろいいろ調べてみても講座などで取り上げたものは皆無でしたから間違いないと思います。

 〈べっこうアメづくり〉や〈プラ板〉も、そのシリーズの中で取り上げてきました。

 今の若い先生たちは「初任者研修」で研究授業など忙しく過ごしているのですけど、わたしの頃は、研修会が組まれたり、レポートが幾つか組まれたりするくらいで、今の様な忙しさはありませんでした。そういう中で広く教育関係者を対象に講座を開催していましたから、たのしく挑戦的な日々は、あの時から今も変わりません。

 ということで、わたしのスライムづくりの歴史は、もう30年くらいになります。
 授業や講座などでつくったスライムの量は〈ドラム缶〉を単位として数えるくらいだと思います。
 理科の担当も長かったので、学期のまとめのときなど20分くらい時間があると、子ども達のリクエストに従って「スライムづくり」を楽しむこともあり、それを年に数回はとりあげていたと思います。

 理科では三年生以上を持つことが多かったので、多い人数のときには500人くらい教えていました。一回分だけでもかなりの量です。
 バケツいっぱいくらいのスライムを作って、手が完全にスライムにかくれたりする様なあそびもしましたし、ペットボトルに入れて〈スライム時計〉を作ったりしましたから、ドラム缶単位のスライムというのも、大げさではないことがわかると思います。


スライムの歴史

 スライムは、もともとはゴム不足に困ったアメリカで〈人工的なゴム〉を作ろうとして研究している途上で生まれたものです。
 それをアメリカの玩具メーカーが発売しました。日本ではツクダオリジナルという会社が1978年に出しています。

 スライムの歴史については、仮説社『月刊 たのしい授業』の1988年7月号に由良文隆さんが『スライムの出典(121p)」として詳しくまとめてくれています。


 すでに30年くらい前の雑誌なのでもっている皆さんもかなり少ないに違いありません。スライムづくりでたのしむ皆さんにも参考になることが大きいと思うので、抜粋して掲載します。
 まとめてくれた由良さんは私と同じく古い頃からの仮説実験授業研究会のメンバーです。その由良さんが、スライムを紹介した方にいろいろ問い合わせてくれた内容です。

「スライムづくりは, 1985年8 月に東京で国際化学教育学会があったとき, 米国のマイアミ大学のA . M . Sarquisという女の先生が発表していたものが最初だ」とのことでした。彼女は,高分子やスライムが水と仲のよいことを子どもたちに教えるために利用していたようです。食紅の利用は、宮城二女高の化学クラプの生徒がみつけたもので, 翌年( 1986年) の8 月に,日本化学会東北支部主催の〈化学への招待〉に, この実験を紹介したそうです( その前に極地方式研究会にも紹介しであるとのこと)。

 スライムづくりは、1980年台後半に日本で広まっていったことがわかります。
 沖縄で私たちがスライムづくりを広めたのも、ちょうど日本全国と時期を同じくしているので、私たちが初めてであったと言って良いでしょう。

 さて、はじめに広めたからどうだというわけではなく、はじめに広めたものとして、もっとスライムのいろいろなたのしみかたや注意についても書いておきたいと思っています。おたのしみに。1日1度のこの「いいね」で〈たのしい教育〉を一緒に広げましょう➡︎ いいねクリック=人気ブログ!=ジャンプ先でもサイトをワンクリックすると尚うれしい!

良く読まれている記事