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板倉聖宣(元仮説実験授業研究会)が毎日新聞(1996年12月4日)に書いた記事から/たのしい教育メールマガジン

 たのしい教育メールマガジンの新年号に書いた「たのしい教育の発想・思想・哲学」の章の反響がいくつも届いています。
 新年スペシャルとして紹介しましょう。

 これは表紙の部分です。
 書きたいことがとてもたくさんあって、新年号だということも手伝って、あらかじめ書いてあった内容をかなり入れ替えて、いつもより時間をかけた号にいなりました。

 

3.たのしい教育の発想・思想・哲学

 

いっきゅう筆

「のみ」「だけ」「唯一」という種類の言葉は〈それこそが正しくて、それ以外は当てはまらない〉という意味を含んだ強い表現です。
 「お金で人は幸せになる」という言葉には〈友情〉や〈挑戦〉などいろいろな幸せも含まれる余地があります。しかし「お金のみで人は幸せになる」という言葉には、それ以外は考えられないことになります。
 つまり「のみ」「だけ」「唯一」という種類の言葉は〈真理〉の表現系でもあるのです。

 1996年、板倉聖宣がまだ元気な頃、毎日新聞紙面に〈「正義」でなく「真理」を〉と題して、近現代史の教育について書いています。
 ちなみに、以前の仮説実験授業研究会の大会では、いろいろな人たちがまとめた膨大なレポートや資料が出されていて、気になるものを一部ずつ取っていっても高さ20-30cmほどにはなる量でした。この資料もその中で入手した資料のひとつです。

 その中には「国家民族の違いを超えた人類史の立場に立った歴史教育だけが世界の平和を維持できる」という板倉聖宣の激しい思いを刻んだ言葉が出てきます。
 語ったものを誰かが文字起こししたのではなく本人が書いたものですから、強い意図から発したものであることは明らかです。
「政治やイデオロギーに利用されることなく、国家や民族による正義感などではなく、人類全体の立場に立った歴史教育だけが世界の平和に繋がるのだという」ことを力説している一文は、社会科という教科にとどまることなく、広くものごとを見ていく時に根幹となるものになると思います。

 その部分を少し紹介させていただきます。

 

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板倉聖宣
正義でなく真理を
近現代史の教育論争に思う
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後半部より

 日本の指導的な歴史家たちは、明治の学者たちと同じように、欧米の歴史を〈そのまま模倣すること〉に固執して間違えたのではないかと最近の私は考えています。

 ところが、東大の藤岡信勝さん達は最近「日本の子供たちに誇りを持たせる」などという政治的な教育目標を入れて、これまでの歴史教育をイデオロギッシュに攻撃する議論を展開し始めました。
 「自由主義史観」と称するその議論には、私自身の研究成果を受け継いだ部分も少なくなく、これまでの歴史教育を「自虐的」とする私的にも同意できる部分もあります。しかし司馬遼太郎さんの小説を引用して、日清・日露の戦争を全面的に肯定するなどとんでもないことです。
 日清・日露の戦争が当事者でもない韓国や中国の人々に大きな迷惑をかけた事は間違いないことではありませんか。
 これまでの日本の歴史教育に間違っている部分が少なくなかったからといって「愛国心」をもとに自国の利害だけで歴史を書こうというのは時代錯誤です。
 他の国々の歴史教育に愛国心による変更が認められるからといって、日本でも愛国的な歴史を書こうなどというのはなんと主体性のないことでしょう。そんな教育は平和を破壊するのに役立つだけです。

 「国家民族の違いを超えた人類史の立場に立った歴史教育」だけが世界の平和を維持できるのです。
 歴史教育にイデオロギーを持ち込めば、本当の歴史が見えなくなってしまいます。歴史教育はいかなる時代にも、いかなる政治にも屈することなく真理の教育に徹する様、訴えたいと思います。

板倉聖宣国立教育研究所名誉所員、板倉研究室長

 

発想法の章 おわり

 

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