⭐️New 〈たの研〉への寄付が税の優遇措置・控除の対象となります。ひとり親世帯など経済的に支援の必要な方達へたのしい教育を普及する活動に寄付していただける方、少ない額でも大歓迎いたします⇨https://tanokyo.com/archives/158358
⭐️New 手のりブーメランをたのしむ動画⇨https://www.youtube.com/watch?v=nR9LHbrci_s
⭐️ ゆーぬくだんごで島言葉・動画教材➡︎https://www.youtube.com/watch?v=cYA6QgwLZ0k
✨教育カウンセリング・論文ドクター 随時受付、リモートでのカウンセリングも可能です
⭕️企業研修、団体研修、校内研修についても気軽にお問い合わせください

〈近頃の子どもはこんなことも知らない〉〈子どもの学力は低下している〉という批判について考える①

 教育の場で走り回っていると、いろいろな方たちから〈子どもたち批判〉〈若者批判〉を受けることも多々あります。

「いっきゅう先生、最近の子ども達はひ弱で困るんですよ」という意見から始まって

「何でも長続きしない」

「いじめ方が陰湿だ」

「ゲームばかりやっている」

「何をやりたいのだかわからない」

「昔は先生のいうことをしっかり聞いたのに、聞かない子がたくさんいる」etc.

 わたしのスタンスは決まっていて「今の子どもたちは素晴らしい」「今の若者はすばらしい」という考えです。大抵はこういう受け答えになります。

「長く教育現場にいましたけど、全体としてみると明らかに、わたし、いっきゅうの子どもの頃や◯◯さんの子どもの頃よりも、とても良くなってきていると思うんですよ」

 そう話しはじめて「たとえば・・・」と例示する内容は事欠きません。

 決定的なものは〈近頃の若者は〉という授業プランにまとめてありますから、興味のある方はプランを入手してください。送料込650円でお頒けしています。

 ところで、日本の科学をリードしてきた「長岡半太郎」という人物がいます。
 1865年8月19日生まれですから、明治(1868年〜)に変わる少し前に生まれました。
 彼は、ノーベル賞を受賞した湯川秀樹や朝永振一郎、鉱石などから有用な金属を採取・精製・加工する冶金学の父と言われる本多光太郎など、たくさんの科学者を育て、自らも〈土星型原子モデル〉を提唱して世界の物理学者から注目された人物です。

 

 板倉聖宣は科学史家でもあって、長岡半太郎についてかなり深く研究しています。
「長岡半太郎でさえ〈学力がない〉と批判されていたのだ」ということを板倉聖宣の講演記録で読んだことがあります。

 古い時代の教育文化を背負っている人たちから見たら、新しいことを学んでいる人たちは〈自分たちが学んだものを基準〉にして「学力がない」といってしまうのだと、という話です。

「たのしい教育メールマガジン」で以前紹介したのですけど、多くの反応が帰って来た一つです。

 少し紹介しましょう。

 2003年8月6日 塩尻市総合文化センターでの講演会からです。論点がずれない様に途中を抜粋しています。

板倉聖宣

 私は、みなさんが非常識に思える事をたくさん言う可能性があります。

 私は基本的には「考えてからしゃべる」ということはなくて、「しゃべってから考える」という(笑)大変ズルイ思考法を取っております。

 せっかくこれだけの人が聞いてくれるところで話すのですから、「これはよさそうだ」と思ったことは口に出してしまう。そうするとみなさんが反応して、嫌な顔をされたり、いい顔をされたりされる。
 それで「ああ、これはいいらしいな」とか「これは少なくとも仲間にはいいかもしれないけど、みなさんには分らないことらしいな」(笑)と言うようなことで、その後の私の原稿にそれを反映することになります。

 ですから、私はしゃべったその当座はその話には無責任であります。私の話が分らなかったら「分んない!」と言ってくださって結構です。そしたら私も気がついて、もっと丁寧に説明をしたり、「あ!それは間違いでした」と言うかもしれません。

 

 私の考えを結論的に強く言ってしまうと、「学力というのは年がら年中低下するに決まっているのだ」、「学力は低下するのに決まっているのに、ことさら〈学力低下〉などと言うのは何か魂胆があるに違いない」と言うことでございます。

 例えば、私の詳しく研究した人に長岡半太郎という人がいます。日本の物理学の伝統を確立した人です。

 明治20年に東京帝国大学を卒業した人でありますから、幕末に生まれて、そして親父さんは大村藩士という肩書きで、明治の初めに元藩主にくっついて海外旅行をして、その親父さんが帰って来てすぐに息子の半太郎の前に座って、「これまでの教育は間違っていた。これからはこれでなければいかん」と、海外から持ち帰った外国の教科書を示して、「これからは、これで勉強しろ」と言われたというほど、明治の初めに恵まれた状況で新しい科学を勉強した人であります。

 その長岡半太郎さんの時代、東大の授業は英語です。

 教科書も英語だし、教師の大部分は外国人です。だから英語はペラペラしゃべれたりもしました。

 明治の初めにあって抜群の学力があったことになります。

しかし、その長岡さんでさえ「学力が低下した」と、みんなから言われたのです。 

 

 なぜか?

 

関心のある方は、自分で「なぜか?」の続きを考えてみませんか。

続きは次回に掲載しましょう。一緒に〈たのしい教育〉を広げませんか→このクリックで〈応援票〉が入ります!