前回のアウトドアワークの続きです。
海岸を散歩している時に見つけた石切場の跡の写真を載せました。
この写真の左下側に線を引いた様にして直方体に石を切り取った跡がみえています。
この場所で石を切り取って利用していたのです。
では「昔の人たちどうやってこの大きな石を切ったのか」という話。
昔の人たちがどうやって大きな重い石を切り取ったのか、いろいろな資料に当たりましたが、県外の資料もたくさん目にしましたし、県内の他のものも目にしましたが、もっとも良いのがこれ、浦添市教育委員会がまとめた〈浦添市西海岸の石切場跡2010年〉です。
こういう学術的な報告書は「専門家が分かれば良い」と考えている人たちがたくさんいて、中をひらいてもつまらないもの、言葉もこなれてなくてぶっきらぼうなものが多いのですけど、この報告書は写真から、一般の人の視点に立っています。庶民感覚豊かな方が写したに違いありません。
私たちの大切な税金を使って調査しているわけですから、これくらいはっきりと謎を解いてくれるものを出してくれないとね。
浦添市西海岸の石切場跡 城間‐仲西地区 2010年3月
http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2016072100027/file_contents/isg.pdf
まとめてくださった方達に敬意を評しつつ、その中から引用させていただきます。
石切職人はその地域によってバージョンの違いがあります、これは八重瀬町の石切の様子を聞き取りしてまとめたものです。
シミチブというのは〈すみつぼ/墨壺〉のことです、こんなの。※別資料から
※グリ石というのは、歯車がわりに使う丸みをおびた石をさしています(いっきゅう)
社会科の授業で気になるのは「昔の人は大変だったね」とまとめて終わることがたくさんあることです。
そうでしょうか?
これは、それまでの方法からすると画期的でとても見事な方法だったと私には思えてなりません。
こういう方法でみごとな石積みを作っていったのです。
その感動とくらべれば、他のものはささいなことに思えます。
古(いにしえ)の人たちの知恵と工夫に思いを馳せたアウトドアワークでした。
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