イギリスの〈coffeeハウス〉が〈たのしい教育Cafe〉のモデル−板倉聖宣の科学史研究の紹介

 たのしい教育に興味関心を持っている方向けの〈たのしい教育Cafe〉という月一回のたのしい勉強会があります。「もっと気軽な対話スペースをつくりたい」という目標に近づく一歩でもありますし、実際にいつか喫茶店をつくりたいと本気で考えていることもそのきっかけの1つです。

 しかしそれだけではなく、かつてイギリスにあった〈coffee-Houce コーヒーハウス〉を作りたいという気持ちも、その大きなきっかけとなった1つです。

 コーヒー・ハウスという名前からいわゆる喫茶店だという印象を受けるかもしれませんが、そのイメージとは違う。科学史研究科の板倉聖宣(仮説実験授業研究会代表)の研究から〈ある目的をもった人たちが集う場所だった〉ということがわかります。

 わたしの愛読書の1つ、板倉聖宣の著書「科学と科学教育の源流(仮説社)」にこういう文章があります。

 日本では明治維新以後になって人力車が走り,日刊新聞がでるようになり,近代的な学校教育制度が発足したのでしたが,英国では,ピューリタン革命と王政復古の時期にどんな社会の変化が見られるようになったでしょうか。

 これもなかなかまとめて書いてある本がないのですが,私なりにまとめると
こういうことになります。
 まず,英国で馬車が走りはじめたのはこのころのことです。
 英国あたりでは中世から馬車が走っていたように思われがちですが,そうではないのです。英国では〈エリザベス女王が1564年にはじめて馬車を手に入れた〉といいますが,そうした特例を除けば1600年代に入って馬車が走るようになったといってい
いのです。

 M.Stratton の『車の上の世界The World on Wheel Is』(1878) によると,1625年にはロンドンの街に20台の辻馬車が走るようになり,1661 年にはその数が400台に増えました。

 ピープスのように財産もなく成り上がった役人は,自家用馬車を買うことができませんでしたが,辻馬車に乗ってロンドン中を走りまわることができるようになったのです。
 また,この時代には「コーヒー・ハウス」 という店が設けられてまたたく聞に普及して,人びとが集まっていろいろな情報を交換するようになりました。

 

 コーヒー・ハウスは「喫茶店」と訳してもいいようにも思えますが,日本の喫茶店は知り合い同士がコーヒーを飲みながら話しあう場にすぎません。しかし,この頃の英国のコーヒー・ハウスはクラブ組織にもなっていて,人びとの情報交換の場ともなっていたのです。

 そこで,そこに行けば,誰か新しい情報をもった人の話が聞けたのです。また,酒場と違って酔っぱらうこともないので,真面目な議論が続けられたようです。

 小林章夫『コーヒー・ハウス』 (援々堂,1984)によると,オックスフォードには1650年,ロンドンには1652年に初めてコーヒー・ハウスが設けられたといいます。

 たのしい教育研究所が月に一回開催している〈たのしい教育Cafe〉は、かつてイギリスにあった〈コーヒー・ハウス〉の様に〈新しい情報をもった人の話〉を気軽に、しかもどっしりと聞くことができる場です。
 そして、その人が伝えてくれたことを、自分自身が周りの人達に伝えることができる様、体系化したものを提供しています。
 そういう意味では、イギリスのコーヒー・ハウスよりも、もっとすすんだ場になっていると思っています。
 興味のある皆さんは一度ぜひご参加ください。

 場所の関係で、必ず予約申し込みが必要です。※7月は2日(日)に自然を親しむcafeになっています。たのしいネイチャーゲームを中心に、子どもも大人もたのしめる内容になっています。のこり2席です。1日一回の「いいね」クリックで〈たのしい教育〉を広げませんか-〈人気ブログ〉いいねクリック⬅︎ジャンプ先のページでもワンクリックお願いします

 

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