〈楽しい〉と〈たのしい〉 言葉にこだわるとたのしい/言葉にこだわることで成長する

 言葉は〈きまり〉だからというので大切にされてきたわけではありません。ほとんどの言葉は、人々が自分の意思で長い間まもり育てて来た大切な文化です。つまりいろいろな言葉の中に、人々の大切な思いがこもっています。

 わたしが学んでいる仮説実験授業研究会の代表 板倉聖宣の初期の文章を読むと、正月のあいさつについても
「〈あけましておめでとう〉とみんないうが、いったい何が〈おめでたい〉なのか」
という話から話し始めるなど、慣習として使っている言葉一つにもこだわっていた頃があったことが分かります

 《授業書》というみごとな財産を残すことができたのは、仮説実験授業の理論的な側面に加えて、こういう〈言葉にこだわる〉側面があったからだというのは間違いありません。

 〈言葉にこだわる〉〈言葉をいいかげんに使わない〉ということは、一見、窮屈(きゅうくつ)そうで、実は創造的な発想につながっていくのでしょう。

 

 ところで私たちの研究所は〈たのしい教育研究所〉です。〈楽しい教育研究所〉ではありません。これは沖縄県の厳しい審査を受けて認可していただいた名前で、固有のものですから〈どちらでもよい〉というわけにはいきません。

 どうして〈楽しい〉ではなく〈たのしい〉と表記したのか?
 それも板倉聖宣の言葉が影響しています。

  講演会の要請に応えて沖縄に来てくれた時、わたしの質問にこういう話をしてくれました。

 〈楽しい〉と漢字で表記すると〈楽だ〉という感覚もある。〈たのしい〉とついつい夜ふかしまでしてそれにとりくむことがあるから、決して〈楽:らく〉というわけではない。だから自分は授業がたのしい、という様な時には〈たのしい〉と平仮名で表記することにしている。

 というのです。私もその言葉の使い方に共感して、研究所の表記を〈たのしい教育研究所〉としたのです。

 〈たのしい〉という言葉、そしてその平仮名表記については、その後もいろいろな場面で考えてきました。
 私にとって、子どもたちに苦痛を与える様な授業や指導は、どれだけ〈短い時間〉ですむにしても〈楽:らく〉とは真逆の〈苦:く〉そのものです。
 どれだけ時間がかかっても、その時間は〈苦しみ〉ではなく〈楽〉なのです。

 たとえば〈魚〉を手に入れる事で考えてみましょう。。
 普通の人にとって魚は〈スーパーで買った方が楽〉です。
 逆にいが〈料理に使う時はスーパーで買わずに自分で捕りに行くこと〉となったら〈苦痛〉でしょう。
 しかし釣り好きにとってそれは〈苦〉ではなく〈楽〉です。「自分で〈時間〉と〈お金〉を費やして魚を捕りにいく」ことなのに〈楽〉に済ませることができるのです。わたしの知人に〈釣った魚をさばくこと〉は苦手だけど、釣りは大好きで、雨の日でも風の日でも毎日釣りに行きたいという人物がいます。
 普通の主婦にとって、釣りの仕掛けを作って、餌をつけて、釣り糸を垂らし、時に太陽の光に照らされながら時間をかけて魚を待つことは〈苦痛〉で、それよりはるかに魚をさばいて調理することが〈楽〉だと思います。

 その〈楽にすむ〉〈苦痛だと〉というもののすぐそばにあるのが《たのしさ》の感覚でしょう。
 そういう様に考えてみると、おおよその場合、〈楽〉というのは〈たのしいから〉だといえると思うのですけど、どうでしょうか。

 意識的な活動、計画的な活動に取り組む場合には〈たのしいものは楽なこと〉と言って間違いないと思っています。

 そうするとかならずしも〈たのしい〉と平仮名で表記するのではなく〈楽しい〉という漢字表記でもよいなと思い始めています。その頃から、板倉聖宣と違って〈楽しい鉄棒運動〉という様な表現ができる様になってきました。おそらく今から三、四年前のことだと思います。

 そのことが、久々に開いた五味太郎の「絵本を作る(ブロンズ新社)」という本に触れられていて驚きました。ずっと以前に読んで線も引いてあったので、わたしの頭のどこかには残っていたのでしょう。それが、数年前からこだったていたことの解決にもつながったに違いありません。

 書き抜いてみましょう。

 楽しくやっているとだいたいうまくゆく。
 いい絵本が出来上がるよ。
 うん、楽しくやるってことは楽にやるということさ。
 生まれつき得意なことをやるのが楽なので、それが楽しいということね。「楽」と「楽しい」を一緒の字で表した最初のやつは偉いね。わかってるね。

 五味太郎 絵本を作る 8p

 〈生まれつき得意なことをやるのが楽なので〉という考え方には異議ありで、たのしい教育研究所の私からみると〈狭い見方〉だと思います。
 苦手なものであっても、自分の可能性を探しながらじっくり時間をかけてやることも〈苦〉ではなく〈楽〉ですし、そういう教育の実験結果は研究所の授業の中でたくさん目にしてきました。たとえば研究所の小禄さんが担当する〈たのしい絵画〉の授業では、たくさんの先生たちから「とても苦手な分野だったのですけど、今日の授業は楽しかったです」という評価・感想をたくさんもらっています。
 そういう異議はありながらも、全体として意義ある共感できる言葉です。

 こうやって〈言葉〉にこだわることは、とても〈楽しくて楽〉なことだと感じています。一緒に〈たのしい教育〉を広げて賢い笑顔を育てる〈簡単な方法〉があります。ここのクリックで〈ブログ評価〉に一票入ります!

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