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  • 学力の定義は法律に書かれているか?/たのしさこそが学力

     大分以前の話、ある方との会話の中で「わたしは学力はないんですけど身体を動かすことは大好きです」という話が出ました。計算などは苦手だということです。私が返したのは「たのしむことが学力ですよ」という言葉に、とても喜んだ表情をしてくれたことを覚えています。

     わたしのその言葉は詭弁ではありません。

     そもそも〈学力とは何か〉というのは結論が出ているものだと思っている人も多いと思います、しかしさにあらず。
     40年くらい前、学力をテーマに卒論をまとめていた頃から非常にあやふやな概念であることが気になっていたのですけど、それは今もあまりかわりません。

     その頃、学力を英訳する時すっきりした言葉が見つかりません。
     学術的な論文などでは〈achievement/アチーブメント〉としていたのですけど、それは本来〈成果〉とか〈到達度〉を示す言葉ですから、日本人が「学力」からイメージするものとは程遠いと言わざるを得ません。そんな英訳をしていたら〈学力〉イコール〈試験の得点〉となってしまいます。実際、沖縄県でも「学力=得点だ」と考える教育関係者もいる様ですから、考えものです。
     そんな単純なものなら〈学力〉という言葉を使う必要はありません。


     学力について議論する人たちの中には「学力は法律で定義されている」とサラリと書いている人もいて驚いたことがあります。
     その人たちの文章を詳しく読むと大抵「学校教育法に学力の三要素としてこうある」という様な書き方にすすんでいます。
     教員試験の合格WSの準備でその関係の法規は何度も読んで来たのですけど、そんな文面を目にしたことはありません。
     そう書いている人たちは学校教育法を本当に読んだことがないのでしょう、誰かの孫引きをさらに孫引きした可能性がある、つまり書いている人の学力が問われなくてはいけないという感じがします。そうでなければ意図的に間違いを広めている、つまりフェイクです。
     

     学校教育法には「入学に際しては、これと同等以上の学力があると認められた者とする」という様な説明の時に出てくるだけで〈学力とはこれこれだ〉という表記はありません。
     たとえばこうです。

    学校教育法
    第五十七条
     高等学校に入学することのできる者は、中学校若しくはこれに準ずる学校若しくは義務教育学校を卒業した者若しくは中等教育学校の前期課程を修了した者又は文部科学大臣の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者とする。

    http://www.kyoto-u.ac.jp/uni_int/kitei/reiki_honbun/w002RG00000944.html

     ちなみに多くの人が「学力はこの様に法律で定義されている」と勘違いしているのはこれです、下線を引いておきます。

    学校教育法

    第三十条 小学校における教育は、前条に規定する目的を実現するために必要な程度において第二十一条各号に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

     前項の場合においては、生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない。

    (昭三六法一六六・一部改正、平一九法九六・旧第十八条繰下・一部改正)

     文科省が説明している〈学力〉もこれです。あ、なるほどその人たちは〈文科省がそういっているから法律なのだ〉と考えているフシもありますね。しかし〈文科省が説明している=法律で定められている〉わけではありません。法律の文面であればそういってよいのですけど、そうでなければ、〈その時の行政の一機関の考え方〉であることだということは意識しておかなくてはいけません。

     とはいえ、私いっきゅうは、その考え方にまるっきり反対というわけではありません。ただし下線部の前提として掲げられているその法律の根幹を大事にしています。

     下線の前に「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう」とありますね。そのために、下線分のこれこれに「特に意を用いなくてはならない」というわけです。

     学力というものは現時点だけの達成度だけではなく将来的な可能性も含んだ概念です、つまり〈もっと学びたい〉という意欲が不可欠です。

     いくら漢字の点数が高くても「もう漢字の学習は勘弁してくれ」という人を〈その漢字はスラスラ書ける人〉だとは認識しても決して〈学力が高い人〉だという様には考えません。
     その人がそのままで、人生の豊かさとして漢字とつきあっていけるとも思えません。

     たのしい教育研究所の学力についての考え方はシンプルです。

     薬物やいじめなど、人権や健康を根幹から損ねる様なものを抜きにしてという前提条件で
    「それをたのしむ力がつくこと」が学力です。

     その学力こそが将来的にも伸びていくことであるし、人生を豊かにすることでもあり、自分だけでなく周りの人たちの笑顔を増やすことでもあります。

     学校現場の先生たち、管理職の皆さん、主導する行政の方たちがそのことをもっと意識する様になると、教育はガタリと音を立ててかわると思います。

     今は地道な取り組みですけど、歯車がガタリと音を立ててかわる時は確実にくると思っています。

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