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ゆとり教育と円周率 たのしい教育の発想法

ゆとり教育は一般的に否定されている感じがあります。わたしは教育実践のプロであって教育施策の専門家というわけではないので、ゆとり教育の隅々まで知っているというわけではありません。しかし、もしも「ゆとり教育に反対」の立場の方達であっても、ゆとり教育の全てが否定できるわけではないという気がするのですけど、どうでしょうか。

 宇宙研究開発機構JAXAの選考でアメリカNASAの研修に参加させていただいた時、「ゆとり教育はなっていない」と強く主張する方と夕食を共にしましたことがありました。

 熱く語るその主張に、特に反論することはしませんでしたが、その方が「たとえば円周率が3.14ではなく3で計算しているというのは愚の骨頂である」という話を出した時に、経験を元にこういう話をしたことがありました。

 わたしは 3.14 より 3 で計算した方が使えるという感じがあるので、ゆとり教育とか言われるずっと以前から、3.14と並行して「円周率を3で把握する有用性」の授業をしてきましたよ。

 たとえば池のおおよその円周から直径を出す時にも、円周を歩測(自分の歩幅でおおよその長さを出す)で「だいたい10mだ」と見当をつけて
10÷3.14 ではなく 10÷3 で計算して
「直径は3mと少しくらいだな」と予測する力があるといいと思うんです。

%e3%82%86%e3%81%a8%e3%82%8a%e6%95%99%e8%82%b2%e3%81%a8%e5%86%86%e5%91%a8%e7%8e%87%ef%bc%92 頭のおおよその直径から、帽子の生地の長さを見当つけたりできたりして、子どもたちもとても喜んでくれるんですよ。

 その人はとてもバランス感覚のある人物で、「ほー、そうなの」と興味深くわたしの話を聞いてくれて、期せずしてその場は「たのしい教育」のテーマになっていきました。

「円周率はおおよそ3なんだ」とイメージしていると、ノートやペン、計算機などが側になくても、自分でちょっと計算してみよう、という気持ちになります。
 しかもそれは算数・数学が大切にしてきた「概数」の概念を大切にしていることでもあります。

 四捨五入は概数・近似値をとらえる時の重要な数処理で、簡単にいうと
「概数にする方法の1つで、必要な位の1つ下の位の数が4,3,2,1,0のときは切り捨て、5,6,7,8,9のときは切り上げること」です。

 つまり概数・近似値で考える際には、4,3,2,1,0は「無かったこと」にして計算をすすめるわけです。そしてそれがとても役立つので、算数・数学で大切にしてきているということです。

 3.14の小数点以下は「1」です。四捨五入の数の中でも切り捨て側にとても近い側です。小数点第二位の数も「4」で、これもまた切り捨てられる数です。「概数」で考えれば良いのです。

 例えば 直径が10mの池があった場合でいうと
 10×3=30 池の周りはおよそ30mだ と概算するわけです。

「いいや、そんな数ではなく、3.14で計算しなくてはいけないのだ」という考え方もわかります。ただし、それでも「正確な値に少し近づいた」ということで「近似値」であることでは同じなのです。

   10×3.14=31.4m  ですね。
   この1.4mの差をどう見るか?
 おおよそ30mだと見たときに、自分が手を開いたくらい長さ分足りない、ということです。これは決定的にまずいことか?

徒競走で幼稚園生や1年生が走る距離をイメージしてみてください。その走った長さからさらに1.4m、走ってみると「1歩幅」くらいです。
それを正確に把握することが決定的に重要なことか、ということです。

 それが重要である場合も出てくるし、大雑把にまず把握できる力が重要であるということもある。

 たのしい教育では、円周率3という素晴らしい数を利用して、大雑把に池の周り(円周)のは30mだと把握できる感動を伝えたい。どうみても池の周りが30mには見えないけれど、測ってみると約30mと言って良い、ということの素晴らしさを伝えたいと思っています。
 わたしの授業に感動したある子が、
「先生、もしも富士山にトンネルがあって、その長さがわかれば、富士山だいたいの周りの長さがわかるんですね」と言ってくれたことがあります。きっとその子は〈人間の英知〉に感動してくれたのだと思います。
 わたしはすかさず
「そうそう。逆にね、富士山の周りを車で走らせて長さを測れば、計算していって〈もしもトンネルを掘ったらどのくらいの長さになるのか〉っていうのがわかるんだよ!」という話につなげていきました。あの子もすでに成人している頃です。どういう人生を歩んでいるか、とても興味があります。

 話を戻します。
 そうやって、大雑把に把握できる素晴らしさに感動してもらってあと、「じゃあもっと正確に近い数を計算してみようか」ということで 3.14 に入るという方法があるのです。感動してくれた子ども達にとって、3.14の計算はさらに魅力あふれるものになるからです。

「とにかくはじめから3.14という三つの数字が大切だ」と考える方たちについては「なぜその3つの数字を大切にするのか/なぜ小数第二位までが大切なのか?」という意味で不思議なことでもあります。

 ご存知の通り円周率は永遠に続く数です。教師をしていた頃に教室に張ってあった表があります、これです。

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円周率は3.14でおわるわけではない。
四捨五入で言えば、3.14の後の数値の方がむしろ無視できない「5」や「9」です。

3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679821480865132823066470938446095 5058223172535940812848111745028410270193852110555964462294895493038196442881097566593344612847564823378678316527120190914564856692

永遠に続く円周率の中のわずか3つを取ることが本当に教育にとって決定的なのか?
大雑把に「3」を利用することは決定的にまずいことか?

 逆に「3」と大雑把に把握することで見えてくるいろいろなことがないか。
 それが池の問題であったり、富士山のトンネルの話です。

 何しろ正確な数に勝るものはない、と考えている人たちも多いと思いますが、人間は「大雑把に把握する力」があったから発展進化できた、ということは科学の歴史で事欠きません。
 逆に、たとえば〈人口の正確な数〉で計算するということは不可能だといってもよいことです。沖縄県の人口の正確な数で算出しなさい、といったら計算は成り立たちません。誕生した子どもの数というのは把握ができないからです。

 数回前に書いたように「沖縄島の距離はおおよそ100km」という知識をもとにしてものごとをみる素晴らしさということがあるのです。

 「おおよそでとらえるすばらしさ」といテーマで授業プラン化しようと思っている題材の一つです。

 たのしい題材に事欠かないたのしい教育研究所です