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〈自由研究こそ本物の研究〉オオゴマダラ羽ばたく

 先週「自由研究にもおすすめ−オオゴマダラのさなぎ〈たのしい教育研究所 動物図鑑〉⇒こちら」という記事を書きました。今週そのオオゴマダラが羽ばたきました。

 オオゴマダラの斑点を見るとハート型に見えるものもあります。オオゴマダラの斑点はすべて同じかというと、かなり個性があって、一羽一羽とも違うのですよ。それも自由研究のたのしいテーマの一つになると思います。

 スローでオオゴマダラが羽ばたいているシーンをややスローで御覧ください。

 オオゴマダラに関してはゴールドメタリックの〈さなぎ〉の美しさに感動したというメールがいくつも届きました。これが研究所に届いた時のサナギです。ほんとうにピカピカして、よく見ると鏡の様に周りを映し出してします。

 以前、たのしい教育研究所の講座で「仮説実験授業の授業書 自由電子が見えたなら」という授業をしました。その中に〈特別なものを除けば、金ピカ、銀ピカなものをみたら金属だと思ってよい〉というお話がありました。

 さて、オオゴマダラの金ピカは金属光沢なんでしょうか? もしそうだとすると電気が流れる可能性がありますね。
 たのしいことが一つあると、それからまたいろいろなたのしさが広がります。いつ

か調べてみたいテーマです。

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ワークショップ〈おきなわ野の花さんぽ〉参加者募集(満席となりました)/「おきなわ野山の花さんぽ」の著者 安里さんと歩く朝の野山

 たのしい教育研究所の推薦本〈おきなわ野山の花さんぽ〉の安里肇栄(あさと ちょうえい)さんと沖縄の野山を歩く『野草観察ワークショップ』を開催することが決定しました。安里さんはたのしい教育研究所の応援団の一人で、研究所の活動にも積極的協力して下さっている方です。これまで電話や、直接お会いしての語らいの場を何度かもって来ましたが、何より〈花に親しむ〉ことが伝わってくる数少ない花のスペシャリストです。

「沖縄花散歩」の画像検索結果 この写真はワークショップの打ち合わせで、たのしい教育研究所で一番の花好き、小禄さんと語らい合っている一コマです。研究所のスタッフと、いろいろなアイディアを出しつつ、たのしい企画の時間となりました。

 小さな花をみんなで囲んで見ながらたのしく学ぶ流れを充実させるため、少数での実施とします。

 今回はおきなわ県〈中部の野山〉の植物がテーマです。参考図書として安里さんの「おきなわ野山の花さんぽ」をお持ちください

1.場所:うるま市石川
 ※沖縄高速〈石川〉インターから降りて移動

 (詳しくは参加者に直接お伝えします)
 ※坂道などを歩きますが登山ではありません

2.日時: 2017年6月11日(日) 
    現地集合時間 08:20 解散12:30(予定)

3.参加費:1500円

4.募集:教育関係者 7名 程度

5.準備等
 ・安里 肇栄「おきなわ野山の花さんぽ」
  ボーダーインク社 (販売はありません、
  各自で入手してください)

 ・飲み物(水か薄めのお茶がよいです)
 ・動きやすい服装(長袖・長ズボン)

  ・帽子
  ・折りたたみ傘

 ・必要な方はカメラ
 ・その他各自で必要なもの
 ※ナップザックやリュックなどに入れて両手が
  使える様にしておきましょう

5.小雨なら実施しますが、安全面が考慮される天候の場合は、たのしい教育研究所 第三ラボ(沖縄市登川)で、安里さんと喜友名(いっきゅう先生)のトークに写真を交えてたのしい野草などのお話しを聞かせていただく予定です

申し込み(電話番号明記でお願いします)⇒ こちら

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占いとたのしい教育

 〈占い〉を信じている人や、占いが好きだという人たちは、このサイトを読むことはあまりないと思っていたのですけど、あながちそうでもない様です。
 占いを気にしているという人たちの多くが、〈半信半疑〉でそれとつき合っていて、このサイトやメールマガジン等に出てくる科学的な見方考え方に触れて、逆に、そういう考え方に興味関心を抱いてくれている様なのです。

 今回はそうやってこのサイトに興味関心を持ってくれた方、〈占いを気にする方です〉というAさんからとどいた質問に応える形で書かせていただきます。

 ところで、たのしい教育のサイトに〈占い〉の話を取り上げることに、意味があるのかどうか、気になる方もいるかもしれません。しかし、たのしく賢い生き方をしていくとき、〈騙されないものの見方考え方〉を身につける、ことは、とても価値のあることだと思います。
 実際、占いやスピリチャル的なものに不安を覚えている人や、見えない力によって何かよくないことを起こされてしまう、と怯えている人たちが、科学的な見方考え方を身につけることによって、その呪縛から逃れることができるということ、〈たのしい生き方〉であり〈たのしい教育〉の範疇だと思っています。興味のある方はお付き合いください。

 さて、Aさんから届いたメールにはプライベートなことを例に出しながら「テレビなどの占いが当たることもあるのです」というお話や「どうして科学が発達した現在でも〈占い〉が残っているのでしょうか」という素朴な疑問が記されていました。

 そのどれも、とても重要なことを書いてくれていると思います。
 今回はその後半の質問「科学が発達した現在でもどうして占いが残っているのか」について書いてみたいと思います。

 前半の「占いが当たることもある」ということについては、
1) 私が「あなたが振るサイコロで4の目が出る」と予言した。あなたがサイコロを振ると、一回では当たらなくても〈数回降ればほぼ確実にその予言が当たる〉ということ
2) 「今日は友達から相談が来るでしょう」という予言(占い)がテレビから流れた。その〈今日は〉というのは、1)でいうサイコロを〈数回〉どころか、とてつもない数振っていることでもある。数々の物事が起こるうちには当たることも多い。今日1日の中で友達と触れ合うことはとてもおおいはずなのです
3) 人間は周りのいろいろなことを自分の解釈でとらえていく生き物です。ですから例えば、「何か痩せる方法ないかなぁ」と呟いた同僚の言葉を〈友達からの相談〉とみなせないこともないわけです。わたしは、
 そういうことを手がかりにして、自分で考えてみてくださいね。

 今回は、他でもあまり語ったことがない「科学が発達した現在でもどうして占いが残っているのか」というお話をさせていただきます。

 意外に思う人もいるかもしれません。
 長い歴史の中、人類が自分たちを取り囲んでいる世界の〈仕組みや決まり〉といったものを見出そうという過程で、〈占い〉というものも必然的に生まれてきたきょうだいのようなものなのです。

 たとえば〈占い界〉でかなりのステイタスをしめている〈占星術〉をみてみましょう。
 わたしが学生時代に読んで影響を受けた一冊に「朝永振一郎-物理学とはなんだろう」があります。朝永振一郎は量子力学の研究でノーベル賞を受賞した物理学者です。朝永振一郎が、まさに、そのことを語ってくれています。わたしの心にストンと落ちるような内容でした。引用してみましょう。
※読みやすく少し編集して載せてみます。カッコや下線などはわたしが加えたもの入っています

 岩波新書版 「朝永振一郎-物理学とはなんだろう(上)」10p-

 自然現象の中に一定の法則があるだろうという点に関して最も早く人目を引いたのは〈天体の運動〉でしょう。

 事実、原始的なやり方ながら〈天文観測〉が行なわれ、そこに天文学という学問が成立したのは有史以前にまでさかのぼることができるようです。

 たとえば、中国やオリエント、エジプトはいうにおよばず、アメリカ大陸のインカやマヤの遺跡には天体観測に用いられたに違いない建造物の跡が見られるとか。

 

 こうして天体の運行に〈法則性〉が見られ、その法則から星の動きの余地が可能であることがわかると、それを地上の人間世界の出来事の予知に結びつけることができるのではないか、そういう望みを、いろいろな不安にかこまれて生きていた古代の人々が持ったのは自然でしょう。

 そして、地上世界の気候の移り変わりと天体運行とが密接に関係している経験から〈暦〉をつくる方法が考案され、それが人々に大きな利益をもたらしたように、もっとひろく「〈人間の運命〉や〈社会の出来事〉を《天体》と関連づけて占う方法があるにちがいない」と多くの人が信じたのも無理ないことです。

 

 しかし、そういう願望を離れても、だれもが夜空に輝く星の規則正しい運行を見れば、深い神秘感に打たれ、自然の奥の奥の深いところに何か大きな力があって、それがああいうふうに星を正しく動かしているのだということを実感させられるでしょう。そしてその奥深いところで自然界を統べている法則は、どんなものかと問いたくなるでしょう。
 幸いにして、星の動きは自然現象のうちで最も規則正しいものです。ですから、有史以前から、そういう問に答えを求めて星の動きの規則を追求し続けた人がいたにちがいありません。


 朝永さんの語っていることについて「証拠は?」と言われても、これこれが証拠です、とはいえないかもしれません。しかし、わたしたち人間の思考過程として、十分すぎるほどに〈ありえる〉ことだと思うのですが、どうでしょうか。

 人間は天体の動きを元にカレンダー(暦)を発明し、この頃は大雨の季節であり、この頃は大地が乾ききっていく、だから大雨の後に穀物を育てて、大地が乾く前に収穫すれば大丈夫だ、という様な、かなり確かな未来予測を可能にしていきました。
 ナイル川流域では、なん年後に洪水がくる、ということまで、正しく予測できる様にもなっていたのです。何しろ海の水の満ち引きまで一定の周期をもっていて、それが満月、新月といった月の動きと関連していることも早くから気づいたことでしょう。その中で一日に二度、潮が引いていき、貝やタコなど、海の獲物を収穫しやすい時間があることや、15日に一度程度、潮の干満が特に大きな時日があって、海の獲物をさらに収穫しやすい日が来ることも〈予言〉できる様になっていったのです。

 そういった予想を「〈人間の運命〉にも応用できるにちがいない」と考えていった人たちもたくさん出て来たことでしょう。
 私たち人間は〈ものがたり〉をつむぐことが大好きです。ですから、そういう天体の運行を支配するものとしての〈神〉という仮説が出て来てきたのも十分想定できることです。
 様々な民族が、大地の中に眠っていた神、遠くの星からやってきた神、雲の上に乗っている神、海の向こうからやって来た神など、さまざまなストーリーが、世界中で生み出されて来たことをみても〈神という仮説を作り出した〉ということが納得できると思うのですけど、どうでしょう。

 大昔から〈病気は悪霊によって起こる〉と信じた人たちがたくさんいました。医学に興味のある皆さんはぜひヒポクラテスについて調べてみてください。その頃の人々は悪霊を退治するお祈りで病気を治そうとしてきたのです。そしてヒポクラテスは、安静と衛生と香油などの薬でそれらに立ち向かっていった人物の一人なのです。

 人類が、この世界の仕組みを見出そうとしてきた歴史は、少なくみても何万年前に遡ることができます。たとえば暦のルーツをたどると3万5000年前に遡ることができるという話もあります(ウィキペディア〈暦〉)。突然、暦ができたわけはありませんから、それまでにも数々の発見をしていたことでしょう。

 少なく見積もっても何万年の歴史を持つ前科学的なものの見方考え方に対して、それに反証できる〈近代科学〉が誕生したのはわずか400年ほど前のことです。
 〈原子論〉をもとにした〈予想を立てて実験する〉手法でガリレオが確立したました。今でいう〈科学〉とは、そのガリレオの打ち立ててくれた科学を意味すると思っていて良いでしょう。医学も物理学も化学も、その近代科学をもって大きく発展したのです。

 ガリレオが近代科学を低使用し始めた頃には、前科学的なものの見方、考え方は減っていたのでしょうか?

 いいえ、そうではありません。占星術も、魔女狩りも、錬金術もかなりの勢いだったのです。ガリレオと並び称されることもあるニュートンですら、錬金術に傾倒していた人物だということが科学史家の研究によって明らかにされているほどです。

 科学が発達した今でさえ、前科学的なものの見方、考え方がどうして残っているのか?
 前科学的なものの方がはるかに長い歴史と伝統と財産を背負っているからだということが、その答えの一つです。
 近代科学は、それと比べて少なくとも〈100分の1くらいの歴史と伝統しかない〉のです。 

 近代科学が、前科学的なものの見方や考え方を駆逐していくには、まだまだ時間がかかるでしょう。占いを信じる人達も、そう簡単には減らないと思います。しかし、ゆっくりとではあっても、確実に、原子論を元にした近代科学の目で観ることができる人たちが増えて来ています。そして、そういう前科学的なものの見方考え方を

 たのしい教育研究所の授業や講演は、間違いなく、そういう子どもや大人を増やしていると言って間違いないでしょう。

 もう一つ、板倉聖宣(仮説実験授業研究会代表・日本科学史学会会長)は「近代科学が広まることと並行して迷信も広まる」という現象を証拠をあげて説明してくれています。この事については、またいずれチャンスがあれば紹介させていただきます。1日1度のここの「いいね」クリックで〈たのしい教育〉を広げませんか➡︎ いいねクリック=人気ブログ!=ジャンプ先でもワンクリックお願いします!