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  • たのしい教育の発想法 「運のよい人・わるい人」① 

    研究所にはいろいろな考え方の人たちがやってきます。
    そういう人たちとの会話の中で時々
    「運がよい・わるい」
    という言葉が出てくることがあります。
    わたしの考える「運のよし悪し」について、ある人たちに語った時、とても感心してくれたので、このサイトにUPさせていただきます。長くなるかと思うので二回か三回に分けて書きます。

    「私は運がいい」とか「運が悪かった」という話は普段よく耳にします。

    スクリーンショット 2015-01-07 19.46.17 そういう「運のよし悪し」が本当にあるのでしょうか。
    あるとしたら、それはどういうことを意味するのか、について考えてみたいのです。

    まず、どういう時に人は「運がいい」と感じるのか考えてみたいと思います。
    典型的な例では「宝くじ」など、抽選に当たった時でしょう。
    「どうかな」と思いながら入ったら、そこが「美味しいレストラン」だったという様な時にも「運がよかったね」というかもしれません。

    かつてわたしがアラスカでキャンプをしていた時、毎日というほどオーロラが出ていました。
    これも運がよい、という表現をする人もいるかもしれません。
    試験に受かって「運が良かった」という言葉を耳にすることもあります。

    そういえば、最近「向こうの宝くじの売り場は当選者がたくさん出ているから、そこで買おう! 」といっていた人がいました。

    それも、ある人たちがすると「運の良い売り場」ということになるかと思います。

    そのほかにもいろいろあることでしょう。

    さて、本当にそういう「運の良さ」ということが存在するのでしょうか。

    みなさんはどう思いますか?

    「運のいい人」は存在するのでしょうか。
    「運の良い売り場」とか、「◯月生まれの人は運がよい」という様なことも本当にあるのでしょうか。

    みなさんはどう思いますか?

    考えてみていただけますか。

    みなさんが考えた頃、また次の項をアップします。

     

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