進化のダイナミズム

ダーウィンが提唱した頃と違って、進化は科学上の事実であり、いろいろな研究が進むとともに、進化の揺るがしがたい証拠がどんどんあがっています。
進化は事実ではあっても、哺乳類の祖先が、恐竜時代に生きながらえたネズミに似た生き物にいきつくことは、感覚的に納得しがたいものがあります。
しかし納得しがたいからといってそれが間違っているとはいえません。
人間の感覚というのは、えてして間違うものなのです。
だって、誰がどう眺めても、この地球が動いているなんて感覚的にはなっとくできないでしょう。
どう見ても太陽が地球の周りを回っている様にしかみえないじゃないですか。

ですから納得しがたいものであっても、これだけ証拠が連なる進化という事実は否定できないのです。

とはいいつつも、何かこども達が感覚的に納得できる例が見つからないだろうか、と探している時に、獣医さんのところにはられたポスターが目につきました。

オオカミからいろいろな種類の犬が分かれてきた図です。

これが使えないかと思ってこども達に投げ出すと、かなりいい評価でした。
わずか数千年の歴史の中で、これだけたくさんの種類の犬が生まれてきたのです。
チワワとセントバーナードが同じ種だなんて、驚きですけど、同じ犬族なのです。
そして、それをこども達は違和感なく受け入れてくれました。
試してみたいかたは、ぜひどうぞ。
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たのしい研究の日々/ストローを長くして吹き矢をつくる

前回「吹き矢で科学」を紹介させていただきました。

61YEXXXV2lL._SX371_BO1,204,203,200_吹き矢で科学―ものを動かす力 (いたずら博士の科学だいすき1)

 わたしの好きな授業の一つで、研究所を立ち上げてから何度も授業にかけたことがあります。

ストローで吹き矢を作って飛ばしながら「加速」「力積」をたのしく学んでいく授業です。

これはわたしが研究所で予備実験をしているところです。
見えにくいかもしれませんが、手にしているのはストロー4本でつくった吹き矢です。
これに綿棒を入れて玄関先まで飛ばしているところです。
的のボードにパチンと勢いよく当たります。

スクリーンショット 2015-07-24 14.40.51  大人でもたのしく実験をすすめることができます。
おすすめですよ。

たのしい教育活動は子ども達だけのものではありません
たくさんの人たちの夢と希望と元気を育てる「たのしい教育研究所」です授業・講座の問い合わせは ⇨ office⭐︎tanoken.com (⭐︎を@へ)

 

一部の人だけが学んでいるだけのものなら役に立つ/学力論②

前回の板倉聖宣の学力論の反響が届いています。
板倉聖宣の発想は科学史に裏付けられた迫力があります。
板倉聖宣は、理論・哲学だけでなく、じっさいにたのしい授業を保証する教材をいくつも開発しています。
興味のある方は、ぜひインターネットで著作物を入手して読んでみてください。
どれも読み応えがあると思います。

何か一冊、ということなら理論と実践が重なった一冊、この本をお勧めします。
わたしも時々利用しています。

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 さて、反響に答えて前回の講演の中で板倉が語っていることを切り抜いてみます。
30年近く「たのしい教育」に関する資料を集めてきていますが、その中のペーパーに残されていたものです。そのペーパーを読みながら文字化しています。読みやすく最小限で手を加えています。文責はわたし喜友名にあります。

学校で教えるいろんな知識がありますね。
いろんな知識はあるけど、それはほとんど役立っていません。

 

江戸時代の知識は身分社会の上に立つための知識でありました。
そして明治以後、上級学校に行っている人たちもすごく勉強しました。

哲学も勉強しました。
哲学なんかすぐに役立たないけども、万物の根本を明らかにすることはすごくロマンチックなことだからです。

 

その時代の人は、なぜ勉強したのか?
上級学校に行った人たちは出世の当てがあったのですね。そして実際、明らかに出世しました。

 

ここには小・中・高と、いろんな段階の学校の先生がいるでしょうけども、明治時代だったら、同年輩でも中学校の先生は小学校の先生の2倍近い給料でした。

高等学校の先生であれば4倍近い給料でした。
そうであれば、少しは勉強したくなるでしょう。
やりたくなくてもやるでしょう。

 

明治の時代には「勉強をするな!」と言っても、勉強をする子どもはたくさんいたのです。

 

渡辺敏はあとで「明治の初めにはみんなが勉強して困った」と自己批判しています。
「勉強するなと言うことが大事だ」と言うのですが、勉強をしすぎて結核で死ぬ子どもがたくさんいたのです。だから学校の先生の仕事は勉強を教えることと同時に、「あまり勉強し過ぎるな!」と言わなければいけなかったのです。
今そういうことを言っている人はほとんどいませんね。
江戸時代から明治になった時は出世競争が激しくて、そのチャンスのある人たちは時間を惜しんで勉強しました。

自分にはよく分らなくても、いろんな知識を覚えたのです。

 

例えば英語の出来る人がほんの少ししかいなければ、その英語の能力は確実に役立ちます。

 

ローマ字が読める人がいれば、例えば塩尻という駅前に、SIOJIRIとローマ字を書くことができます。すると「あの人は中学校を出ているから塩尻という英語が書けるだろう」と言うことになる・・・その知識は使えたのです。

 

つまり、ごく一部の人だけが学んでいる時には、その知識は役立ちます。
だから、勉強しても無駄にならなかったのです。

 

みなさんは英語をずいぶん勉強しているし、第2外国語のドイツ語とか、フランス語とか、中国語を勉強しているけれども、その後ほとんど使ったことはないでしょう。

 

昔の大学の卒業生は2ヶ国語を確実に使えました。会社に入っても、今までイギリスとだけ取引をしていたけど、今度フランスと取引をやらなければならないという時には、フランス語の出来るのは大学出に決まっていたのです。
だから、大学を出てなくても、フランス語を勉強するという人たちがいたりしたのです。

 

ごく一部の人たちだけが勉強をしている時には、その知識は役立つのです。
しかし今や、全ての人が勉強するようになってしまいました。
ですから自分の学力を期待してくれる人が誰もいない。

 

時々社会問題に理科的な話があると、理科の先生はその理科の知識を聞かれることがあります。
例えば、白装束の集団が現れた時に、「電磁波って何だ?」と聞かれたりします。
本当は「電磁波は何だ?」というのは、理科以外の学校の先生もみんな教わっているはずなのだけど、みんな身についていない。
だから、理科の先生だけが電磁波について知っていることになっていて、そして理科の先生も、その電磁波についての知識は怪しかったりしますね。   続く

 

板倉聖宣の話は、ここで語られたような〈一部の人たちだけの知識・優等生的な学習〉が成り立たないからだめなのだ、という結論でありません。
「本質的な学習とはなにか」という話にすすんでいきます。
これについては日を改めて紹介させていただきます。

 

たのしい教育/たのしい教師を育てる教員採用試験特訓
に全力をあげている「たのしい教育研究所」です

たのしい教育研究所 初年目/日食イベント

たのしい教育研究所のデータ整理をしています。
写真画像だけでT(テラ)単位のボリュームがあるので、それらをどう整理するかで、かなり頭を使うのですけど、実際にハードディスクを媒介にデータを移動させることにも長い時間を使うことなります。

そういう中で、とてもたのしいことがたくさん起こります。
懐かしいデータに触れることです。
その一つを紹介させていただきます。

たのしい教育研究所に「NPO」としての認可が下りたのは2012年10月ですから、それから数えるとまだ三年に満ちていません。しかし「たのしい教育研究所」を正式に名乗ったのは、わたしが教師を辞めた、その年2012年の5月からで、実はその頃からひっそりと新聞には登場していたのです。

この新聞は、かつて勤めていた、うるま市の具志川小学校が開催した「日食観測イベント」に呼んでいただいた時の記事です

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よく読むと「午前7時ごろ」と記されています。
私たちもそうですけど、学校側は朝の6時前から海岸で準備をすすめてくれていました。

しかも、その日の天気はたしか「曇り時々雨」。
集まってくれたはいいものの、太陽は見えないかもしれません。
予報通り、空は一面の雲。
そんな中でも親子・祖父母と、たくさんの人たちが海岸に集まってきてくれます。
待つ間は、万が一、太陽が出なかった時のために「巨大シャボン玉」や「宇宙のたのしいお話」などを織り込みながらすすめることになっています。
きっと、企画してくださった学校側はもっとドキドキしたことととおもいます。

日食の時間も終わろうとする頃、ある先生が
「みえた〜」
 その声を合図に、みんなで太陽メガネを取って観測。

すばらしい姿でした。

来てくれた方達も大満足でした。
新聞に新垣創也くんが
「宇宙ってこんなにすごい力があるんだ」
と語った言葉がありますが、そこにいたみんなが感じたことだとおもいます。

スタートの頃から、たのしい日々が続いていることを、データ整理の中で味わっています。
きっと、整理している間に、その時の写真も出てくるとおもいますから、このサイトに掲載させていただきます。
ところで、具志川小学校は、PTAの方たちや若葉会(おじいさんやおばあさん達の会)がとても元気で、わたしがいた頃から、子ども達でのキャンプを大々的に企画したりと、魅力的なとりくみを数々すすめていた学校です。そしてたのしい思い出にたくさんあふれた学校です。

 たのしい教育に全力投球の日々です
みなさんも、沖縄を元気に賢くする活動に参加しませんか。
応援してくださるみなさんが一人でも増えてくれることを

たのしみにしています