LEAPカウンセリング-「目標・選択肢の変更」-仮説実験授業との融合

アドラー心理学と仮説実験授業を融合させたカウンセリングが、わたしが開発した「LEAPカウンセリング」です。
予想した通り、かなりの効果を上げています。

今回は、LEAPカウンセリングについて書かせていただきます。

アドラー流カウンセリングで重要な手続きの一つが「目標の一致」です。
アドラー心理学カウンセラーの資格を取得する時に、その重要性を徹底的に叩き込まれました。

ところで、仮説実験授業の授業の過程では「選んだ予想の変更がないか」必ず確認します。
仮説実験授業の中のとても大切な手続きです。

たのしいカウンセリング

LEAPカウンセリング

LEAPカウンセリングでは、それをあえて仕組んだわけではないのですが、カウンセリングが進んでいく中で、クライエント自身の「目標・選択肢の変更」が多く発生します。

少し具体的に書いてみましょう。

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眠れない日の教師のために

文筆家で暮らしたいということもあって、これまでたくさんの文章をしたためてきました。

研究所を設立後は、予想外の忙しさに、なかなかゆっくりとそれらの文章をまとめ上げる時間がとれないのですけど、チャンスを見て、必ずまとめていきたいと思っています。

その一つが「眠れない日の教師のために」です。

眠れない日の教師のために

2011年8月8日にドラフトとして書きまとめ、たのしい教育研究所を正式に設立した時に全体的な構想がまとまりました。

 

教師をしていた頃から、放課後のわたしの教室にいろいろな先生たちが来てくれました。カウンセリングを本格化する頃からは、いろいろな学校の先生たちが相談に来てくれるようになりました。

たのしい教育講座も数々開催する中で、悩み多き先生方に具体的な提案をすることもたくさんできる様になりました。

ポジティブシンキングとか、考え方の転換ということではなく、
子ども達とのよりよいコミュニケーション
たのしい授業
たのしいイベント
保護者の方達との関係づくり
教育相談を生かすために

など、具体的に何をどのうように工夫していくことができるかをまとめた一冊です。

前書きをお読みください。

 

はじめに

今日はどういう一日でしたか?

子どもたちの笑顔と出会えたでしょうか。

笑いのある一日を過ごせましたか。

授業をたのしくすすめられたでしょうか。

校長先生や教頭先生は、優しく話しかけてくれましたか。

保護者の方たちとのコミュニケーションは調子よくすすんでいるでしょうか。

 

「今日もいい日だったな」と感じながら気持ちよく眠りに就き

「さあ、今日も子どもたちとたのしくやるぞ」

と気持ちよく起きる。

そういう日々を過ごして行けたら、こんなに嬉しいことはありません。

それにしても「教師」という仕事は、たくさんの不安定要素に囲まれた仕事ですね。

4月。

もともとソリの合わなかった子どもが同士が一緒になり、いつ火がつくかしれない状態で過ごしていたり、穏やかだと思っていた子が、何かのきっかけでトラブルを起こしたり、両親の不和がひきがねで心が不安定になって、突然教師に反抗してきたり。

たたでさえ忙しい日々の中、たくさんの行事や研修、これまで無かった分野の仕事が割り当てられたり。

そういう激務の中で体調もすぐれない・・・

ハードな日常故に、気持ちがうまく伝えられず、保護者の方や同僚との関係がこじれることもあります。

家庭の事情で休みをとらなくてはいけない場合にも、なかなか休めず体力的にも、気持ちの面でも追い詰められたり…

その悪循環が連なって、学校の仕事にかける力が分散され、ますますマイナスの状況を生む…

悩みのタネは書き切れないほどです。

わたしはこれまで30年近く、先生という仕事をして来ました。

その中でいろいろ人たちから相談を受けることがありました。また個別カウンセリングやカウンセリング講座、発想法、たのしい授業の実践講座などを幾つも開催してきまた。そういう中で、問題が解決していったり、あるいは解決しないままでも、本人が穏やかに日々を過ごせるようになった相談が幾つもありました。

今回、樹楽庵(きらくあん)文庫の一冊として、この本を刊行したいと思います。ノウハウもの、Q&A的なものではなく、骨格となる理論も含めた、応用の効くものとしてまとめられたらと考えています。

この一冊が、自分の進む先が見えずに困っている、あるいは苦しんでいる皆さんの足元を照らすロウソクの一本になればと心から思っています。

たのしい教育研究所 きゆな はじめ

 

沖縄から世界に「たのしい教育」を発信する
「たのしい教育研究所」です。

届けているのは「力」と「笑顔」と「元気」です!

「アドラー心理学」ではなく深い意図をもって「インディビジュアル・サイコロジー」と呼ぶ

今日のひとこと あまり語られていない様ですが、アルフレッド・アドラーが自ら提唱した心理学を「アドラー心理学」と呼ばなかったことは、とても重要な事実です。後の人たちが、アドラー心理学と呼び始めたのです。

もしもアドラー自身が自ら打ち立てた心理学を「アドラー心理学」と呼んでいたら、彼アドラーが「これがいい」と思った技法は基本的に、アドラー心理学といってよいことになってしまいます。「アドラーがこう言った・こうやった心理学」という意味での「アドラー心理学」ということで何ら矛盾はないからです。

幸いにも彼は自ら提唱した心理学を「インディビジュアル・サイコロジー」と名づけました。
インディビジュアル・サイコロジー-individual psychology
サイコロジーは心理学という言葉です。

インディビジュアルは、個人と訳されていますが、本質的には〈Divide(分割)の否定形〉「分割できない総体」というイメージで in・dividual です。

人間の行動を見ていると、この場合はこうだけど、あの場合は違う、という様にいろいろなパターンがあります。ですから、たとえば「あなたは、お兄ちゃんには反抗的だけど、お母さんには従順だよね」という様に、ディバイド・分割して相手を把握することがよくあります。

ところがアルフレッド・アドラーは〈行動に矛盾のない総体〉として、行動や心理状態を捉えようと試みたのです。
「あなたはお兄ちゃんには反抗的だけど、お母さんには従順だよね」
ということも、「それは自分の目的を達成するための矛盾のない行動パターンだ」と捉え直すと、自分の目的や希望を達成にするためには、お兄ちゃんには反抗する、お母さんには従順な態度をとった方が、それにより近づける、という様に見ることができます。そしてその見方考え方はカウンセリングを組み立てていく上でとても有効に作用するのです。

つまり彼アドラーは〈自分がやるものがアドラー心理学なのだ〉というのではなく、《分割(ディバイド)できない総体》として人々の思考や行動を捉え、それをよりよい状態にもっていける《体系》として「インディビジュアル・サイコロジー」を構成しようと試みたのです。

板倉聖宣が提唱した授業を「仮説実験授業」と呼びますが、それは思考過程や技法を含めて《科学的真理に至る体系》として名づけられました。真理に至るには「仮説をもって問いかける・実験する」こと以外にはないのだ、という意図を含んだ言葉です。まさに《名は体を表す》といってよいでしょう。
もしも板倉聖宣が、仮説・実験によるのではなく「まず信じること」で授業を構成しようとしたら、たとえ提唱者の板倉聖宣が開発したものであっても、それは仮説実験授業とは呼ばないのです。

アルフレッド・アドラーも《名は体を表す》心理学を構築したくて、そう名づけたのです。日本語で「個人心理学」と訳してしまったために、インディ・ビジュアル本来の意図がよくわからなくなってしまいました。

アルフレッド・アドラーの提唱した心理学・カウンセリングの源をたどり、正当に継承する一人として、特別必要がある場合を除いては「アドラー心理学」という言葉は用いません。そして「個人心理学」という言葉も使いません。
深い意図を持ってアドラー自ら名づけた「インディビジュアル・サイコロジー」と呼ぶのがわたしの流儀です。

カウンセリングもたのしく継承
「たのしい教育研究所」です

いっきゅう