たのしい教育関連重要デジタルデータ

わたしの発行しているメールマガジン「教師は辞めても たのしい教育はやめられない」の人気コーナー『たのしい教育の発想法』では、板倉聖宣の語ったことを中心にお届けしています。

その中では、わたしが30年以上集めてきた貴重な資料をたどって、文字打ちしています。

出版されているものでも、すでに廃刊ということもありますから、すでにない「国土社」の書籍などは貴重品です。

それよりもさらに貴重なのは、ほんの数十冊くらいしか世に出ていない資料や、ガリ本といって、手書きガリ切り印刷で作成された資料です。

「ガリ切り」とか「ガリ版印刷」といってもほとんどの人は知らないのではないでしょうか。
わたし自身も、自分でやったことはありません。
昔、印刷機が普及していないかった頃、先生達は、こういう器具でプリントなどを作成してくれていました。
わたし「いっきゅう」が今年たしか55歳です。
わたしを教えてくれていた小学校の先生達は、これを使ってくれていた様な記憶があります。

仮説実験授業資料 仮説実験授業 資料2

 

この下の画像は、1983年、今から35年くらい前の資料です。
もちろんペーパーはすでにありません。
10年以上前にスキャンした時で、すでにこういう状態でしたから、今残っていても、ほとんど読めない状況になっていたでしょう。

板倉聖宣貴重資料 板倉聖宣

 

沖縄にいて、こういう資料を入手し、たのしい教育に関わることを学んでいました。

デジタル化をはじめて、もうかなりの年月が経ちますが、古いものほど、大事なものになっています。

最近のものなら、出展を意識したスキャニングをしているのですけど、はじめの頃、仲間たちが持ち寄ったプリントには、「どこのどういうタイトルのガリ本だったのか」ということがたどれないものがたくさんあります。

たどれないから、これは信用できない、ということはありません。膨大な量の、たのしい教育関係の本を読んできた私には、それが板倉聖宣の発言なのか、別な人の発言なのか、ということはすぐにわかります。
この文脈ならこういう話をするだろう、ということも推測できます。

今週も、こういう古いデータを見ながら、メールマガジンをたのしく綴っています。

 「たのしい教育」をより確かなものにするためには、歴史から学びとることは不可欠です。

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板倉聖宣の発想法入門「基本的見解の相違はおしつけてはいけない」

わたしが発行している有料メールマガジンに板倉聖宣(仮説実験授業研究会代表・日本科学史学会会長・元文部科学省教育政策研究所室長)の発想法を毎回取り上げています。
話の展開が実に新鮮で、毎回取り上げても話題が尽きません。
それは書いている私だけの感想ではなく、読者の方達からの評価に裏付けられたものです。

最新号の一部を載せてみます。
これまでいろいろな研究会やサークルでわたしが入手したプリント資料を元に打ち直して、読みやすい様に構成したものです。30年にもわたって収集してきたものなので、もう紙がボロボロになって、しまっているものをPDFに取り、それを見ながら打ち直し、まとまりをみつけてタイトルを付け、必要に応じて注釈を入れたりしています。すべて文責は喜友名にあります。

 

——— 基本的見解の相違は押し付けてはいけない ———-

〈美しいものが花だ〉と言ったり、〈職場の花〉と言う人がいた時、「いや、それは間違っている。〈花は生殖器官である〉というふうに捉えなかったら間違っている」と言いあってしまうことがありますが、これは〈見解の相違〉なんです。

「花」という言葉をどういうふうに定義するかというと、昔から日本語の「花」という言葉は〈生殖器官〉ではありません。あれはおそらく、植物の端っこのほうにあるから「ハナ」なんです。
それは美しくもある。
「ハナにあって、美しいものが花だ」と。
だから「ケイトウ花」は花なんです。

板倉聖宣の発想法「花」
きゆな注

ケイトウ(左)
花に見えている部分は植物学的な「花」ではなく茎の上部が変化して色づいたもの。

 

 

これは日本古来の言葉使いだから、「それは間違っている」なんて言う自由は、植物学者にはありません。

ただこの〈①美しいものとしての花〉の概念と、〈②生殖器官としての花〉の概念との両方を定義したとき、植物学者は「②のほうが展望がきくから〈花〉をこのように定義しています」ということなのです。

①のように「職場の花」とか「鶏頭の花」と言ってもいいというふうになるわけですが、〈花と実〉という授業書は科学上の花の概念を教える授業書でもあるのですから、それで子どもたちは納得していきます。
ところが、ちゃんとした順番をふまずに
「美しいものを花と言ってはいけない、それは間違いだ。花というのは植物の生殖器官なんだ」
というふうに言ったら、これは押しつけになります。

「花」というのは①のような定義もあれば、②という定義もあるということなのです。

昔は①の定義だった。今もある人たちは①だと言う。
だから〈どんな定義をしたって自由じゃないか〉と言う考え方があるけれど、私はそこまでは考えない。
同じ人が両方の定義を知ったとしたなら、「この場合はこちらの方が一番いい」というような定義があるんです。

そうすると、場合によっては使い分けをして、この場合には「職場の花」という言葉を使おう、という使い方があるのです。花という言葉の概念をそうやって使っていくわけです。

「実験」というものの定義もそうです。

仮説実験授業をやると本当にあきれるぐらいに、生徒実験をたくさんやっていた子どもたちが「これまでは実験が全然なかったが、仮説実験授業をやると実験があって楽しい」と言う様になります。
ところがそのときに先生が、「今まで諸君がやっていたあんな実験は実験ではない。予想を立でなければ実験とは言えない。手で動かしたからといって実験とは言えないのだ」というふうに訴えたりすることがあると、訴えた途端に、子どもから反発を食らいます。
だけど、そんなこと言わないでやれば、「今まで実験がなかったが…」ということを普通に書いてくれるんです。

選択の自由は子どもたちにあるのです。

                                  つづく

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コマであそぼう|たのしい授業「いろいろな形」

たのしいコマづくりは、今年度のグッジョブ授業プランで取り上げましたが、どんどんいろんなバージョンができています。

これは少林寺のような卍マークのコマです。
うまく回るのでしょうか。
どう思いますか?

たのしい授業 コマこれが実に気持ちよく回ります。
回る時の模様もかっこいいですよ。

たのしい授業 コマ2

研究所によく顔を出してくれるS先生の作成・実験でした。

みなさんもいろいろな形に挑戦してみませんか。

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研究所の重要ツール iMacをデュアル・ディスプレイ化する実験開始。

4月に向けて、研究所のわたしの研究室をリニューアルしています。

以前ネット上に《マルチディスプレイ化することで仕事の効率が20〜30%UPする》という記事があって、ずっと気になっていたのですけど、その作業に取り掛かることにしました。

研究所で私が利用しているmacは27インチディスプレイで最も大きなタイプなのですけど、仕事のジャンルが多岐にわたるので、ワープロから表計算、メール、画像処理、BGM、動画作成などたくさんのソフトウェアーを立ち上げて利用しています。

27インチのスペースでも狭く感じてしまいます。

以前、windowsを利用していた頃に買ってあった、気に入りのディスプレイを処分せずにいたので、それを繋いでみました。

最新バージョンがどうなっていのか知りませんが、以前windowsで二つのディスプレイを接続しようとするといろいろなケーブルやグラフィクボード、ソフトウェアなどを揃えるために3万円以上かかりましたし、あまり気持ち良い利用心地ではありませんでした。

Macはどうか?
古いプロジェクターに接続するためについでに買ってあった2700円のケーブルが一本あればOKでした。
ソフトも必要ありません。
ディスプレイの設定の場所を、ちょいといじるだけです。
とてもスムーズな使い心地です。
さすがMac。

これが現在の私のパソコンです。

デュアルディスプレイカーソルが左右2つのディスプレイを、まるで一つの画面のように行き来できます。右のソフトウェアを左のディスプレイに移して作業したり、左の画面で処理したデータを右のデスクトップに表示したりと、とても快適です。

左のディスプレイも普通の学校や官公庁などで利用しているものよりずっと大きめのタイプですから、かなりスペースが広がりました。

これでしばらく仕事をすすめてみます。

仕事率が20〜30%UPするということが本当なら、これまでの仕事量をこなして、しっかり読書時間などをとることができる様になります。
たのしい授業の教材作りも今より進むはずです。
たのしみな実験です。

特に変化がない、という結果になるかもしれませんが、デュアル・ディスプレイが、トリプル・ディスプレイになっているという可能性もありますね。

 

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