前に書いた野田先生から学んだ話の反響が続々とどいています。
「あれだけはっきりとしたことを伝える人だったのですか」という声がいくつかありました。
野田先生は一種の天才性を発揮していた人物です、私も歯に絹着せない言葉でたくさん指導してもらいました。
これは認識論全体に関わるので、頭においていただきたいことがあります。
「本などからの引用にしろ、それは切り取られたものだ」ということです。
言葉に心動かされたら・インスパイアされたら、次はそれを全体の脈絡の中で捉える努力をすることが大事です。ぜひ、野田先生が書いた本を図書館などで手に取って読んでみてください。

カウンセリングの技などは実技でしか学べませんから、興味のある方は《たのラボ》にお問い合わせください、アドラー心理学の原型のカウンセリングを知りたいという要望にもお応えしたいと考えています。※お陰様でたくさん方達からの要望に応える日々の〈たのラボ〉はとても忙しく、希望の日程が取れないことが普通です、ご了承ください
⭐️
野田先生が「安全が幸せなのか」という話を書いています。
紹介しましょう。
ちなみに《たのラボ》がこういう考え方をしている、ということではありません。《たのラボ》は「たのしさ」がテーマです、安全を確保することが楽しくすすめられるなら、そのプログラムを作成しますし、その授業づくりもコーチします。
とはいえこういう〈ものの見方・考え方〉を知っていることは、マイナスにはならないと思っています。
野田
ニュージーランドから来た英語の先生と話をしていた時、彼女が言うんです。
「なぜ日本の子どもはあんなにびくびくしているのか、
なぜ日本人の親は、あんなにびくびくしているのか。
なぜ子どもたちを、あんなに無理してまで勉強ばかりさせるのか。
私には全然理解できない。
もっとおっとり暮らせばいいじゃないか。
人生は何とでも生きていけるのに」
それには理由があります。
日本人は幸福というのは安全だと思っているんです。
人生が安全だと幸福だと思っている。
安全保障を何とか手に入れたいと切実に願っている。
ニュージーランドのその先生は、そんな馬鹿な話はないという。
「そんなの羊ではないか。羊は悩まないし、柵に囲まれて一生安全だ。だけど人間はそんなふうに生きてはいけないと思う」
彼女は、実際インドを放浪したり日本まで流れてきて、いろんなことをしているわけです。
三十七、八歳くらいかな。
「安全な人生は最低だ」と言うのね。
私もそう思う。
結局、いい学校へ行かせ、いい企業に勤めさせたいというのは、安全保障が目的なんですよ。
たとえば高校でいい成績をとって、この調子だといい大学へ行けて、いい企業に行けて、二十四、五でお見合いして、最初のお見合いは駄目で、二十七、八でまたお見合いして、結婚して、三十になって子どもができて、一生懸命働いて、三十五で係長になって、三十九で課長になって、四十二でローンで家を建てて、一戸建ての家を手に入れて、それで重役になれるかなと思ってがんばったけど、とうとう最後まで重役になれず、定年になって、子どもが高校に入って、若干非行化して、がっかりして白髪が増えて、六十二になったとき、歯が全部抜けて、七十二ぐらいからボケ始めて、七十四で死んだ——。
これが高校時代に全部予測できるようだったら、その人の人生は何て不幸だろうと思う。
つまんないと思いませんか。
でも、親たちが子どもに与えようとしているのはこんなつまんない人生なんですよ。
これから一生、どんなことが起こりますか?
高校生に聞いてごらんなさい。
知っているから。
だいたいそんなもんだろうと。
それは、すごく不幸な人生だと思う。
高校生の時に先が全部見えているということは、これから先の人生が全部死んでいるとおなじことです。
この間、一寸先は闇だとぼくに言った人がいるんです。「野田さんはえらく楽観的だけど、なかなかそうはいかん。一寸先は闇ですよ」と言うんです。
まさにその通りで、一寸先が闇だからこそ歩く価値があるんで、ずっと先が見えていたら、つまんないじゃないですか。
一寸先が闇ということは、たった今は光だということです。
それに、たった今はずっと続くんだから、明日になったら、また今だし、あさってになったら、また今だし、一寸先の闇のことなんて、考えなくていいんです。自分がいまちゃんと動いていて、次の瞬間もちゃんと動いていたら、その後もちゃんと生きていられるだろう。大事なことは、いつもちゃんと動いているということです。一生懸命生きているということです。それさえやっていれば、どんなことが起こっても大丈夫じゃないかな。
続・アドラー心理学トーキングセミナー p199
いろいろな考え方からあります、「何をやるにも安全が基本だ」という考えもあるでしょう。実際、学校教育はそれで成り立っています。
とはいえ安全第一なら、私たちの健康を維持している「医療」はこれだけ進歩しなかったでしょう。「種痘」も「麻酔」も先人たちが「これでいけるだろう」と予想してチャレンジする中で確立されてきたものです。
食べ物だって「これは食べられるのでは」という予想でチャレンジしてきた古代人たちがいたから、これだけ幅広くなってきたといえると思います。






