「継続は力なり」という言葉を聞いたことがあるとおもいます。
私は《たのラボ》を作る時、琉球空手の先輩に「うまくいかなくてもずっと続ければ必ずうまくいく」と言われたことがあります、それも〈継続は力なり〉と似ています。
本当に継続すればいつかうまくいくようになるのでしょうか?
もしそうだとすると、ギャンブルで負けている人たちは、負けても負けてもギャンブルし続けることが大切なのでしょうか?
そうすれば幸せが手に入るのでしょうか?
そんなことはない、というのは実験結果としていくらでも見ることができます。
師の板倉聖宣がとても元気だった頃、北海道でこんな話をしています。
いつも「継続は力なり」なのか?
どんなことでも力を加えつづければ効果を表すか?
「馬鹿を言ってはいけない」と思います。
巨大な岩を「継続は力なり」といって一人で10年押しつづけたって動きませんよ、体を傷めるだけです。
このことは、アリストテレスが非常によく知っていました。
アリストテレスは「力を加えてモノを動かす効果が成り立つには、動力が抵抗力より大きくなければいけない。抵抗力が大きいと全く動き出さないことがある」と言っているのです。
当たり前ですね。
あまり相手の抵抗力が大きいときには、休むに似たりです。
「継続は力なり」といってそのそのかされて、力をずーっと加えれば無駄なだけです。
問題なのは「いま我々が変えようとしている、動かそうとしているその社会というものが、なぜ動かないのか」です。
抵抗力が私たちの力よりもはるかに大きくて、いや少し大きくてもいいのですが、私たちの出せる力よりも大きければ原理的に動かないのです。
原理的に動かないものを動かそうとするのは、間違いです。
でもこれは判断が難しいのです。
たとえば、私は仮説実験授業を30年つづけています。
これを「継続は力なり」と見るか「継続は馬鹿げている。押してもしょうがない。動きっこない」と見るかです。
私たちか社会を動かそうとしたり、人間を動かそうとしたりするとき、この見極めが大切です。社会を見る目ということがありますか、これはその社会を見るときに、
「私たちが動かせるような状態なのか動きえないのか」という問題です。北海道仮説実験授業体験講座1993.1.12
仮説研究会ニュース2017-7より
社会を一気に動かすことは無理です、一人で巨大なタンカーを持ち上げようとするようなものでしょう。
けれど巨大なタンカーの船室のドアのネジくらいは動かせます。
それをしっかり見据えて少しずつ歩んでいく、それが《たのしい教育ラボ》の活動です。
いろいろな処で福祉活動にがんばっている方たちがいて、《たのラボ》にもお便りが届きます。
その中には「今年で活動を終えようと思います」という話もあります。
こちらではわからないいろいろな事情があると思います。
とはいえ、活動にはいろいろな方法があります。
もうやめよう、それも一つの結論だとはいえ、それまでにうつ手はいくつも考えられます。
《たのラボ》では事業のスーパーバイズも実施しています。
やめる結論を出す前に、ぜひご相談ください。
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