占いとたのしい教育

 〈占い〉を信じている人や、占いが好きだという人たちは、このサイトを読むことはあまりないと思っていたのですけど、あながちそうでもない様です。
 占いを気にしているという人たちの多くが、〈半信半疑〉でそれとつき合っていて、このサイトやメールマガジン等に出てくる科学的な見方考え方に触れて、逆に、そういう考え方に興味関心を抱いてくれている様なのです。

 今回はそうやってこのサイトに興味関心を持ってくれた方、〈占いを気にする方です〉というAさんからとどいた質問に応える形で書かせていただきます。

 ところで、たのしい教育のサイトに〈占い〉の話を取り上げることに、意味があるのかどうか、気になる方もいるかもしれません。しかし、たのしく賢い生き方をしていくとき、〈騙されないものの見方考え方〉を身につける、ことは、とても価値のあることだと思います。
 実際、占いやスピリチャル的なものに不安を覚えている人や、見えない力によって何かよくないことを起こされてしまう、と怯えている人たちが、科学的な見方考え方を身につけることによって、その呪縛から逃れることができるということ、〈たのしい生き方〉であり〈たのしい教育〉の範疇だと思っています。興味のある方はお付き合いください。

 さて、Aさんから届いたメールにはプライベートなことを例に出しながら「テレビなどの占いが当たることもあるのです」というお話や「どうして科学が発達した現在でも〈占い〉が残っているのでしょうか」という素朴な疑問が記されていました。

 そのどれも、とても重要なことを書いてくれていると思います。
 今回はその後半の質問「科学が発達した現在でもどうして占いが残っているのか」について書いてみたいと思います。

 前半の「占いが当たることもある」ということについては、
1) 私が「あなたが振るサイコロで4の目が出る」と予言した。あなたがサイコロを振ると、一回では当たらなくても〈数回降ればほぼ確実にその予言が当たる〉ということ
2) 「今日は友達から相談が来るでしょう」という予言(占い)がテレビから流れた。その〈今日は〉というのは、1)でいうサイコロを〈数回〉どころか、とてつもない数振っていることでもある。数々の物事が起こるうちには当たることも多い。今日1日の中で友達と触れ合うことはとてもおおいはずなのです
3) 人間は周りのいろいろなことを自分の解釈でとらえていく生き物です。ですから例えば、「何か痩せる方法ないかなぁ」と呟いた同僚の言葉を〈友達からの相談〉とみなせないこともないわけです。わたしは、
 そういうことを手がかりにして、自分で考えてみてくださいね。

 今回は、他でもあまり語ったことがない「科学が発達した現在でもどうして占いが残っているのか」というお話をさせていただきます。

 意外に思う人もいるかもしれません。
 長い歴史の中、人類が自分たちを取り囲んでいる世界の〈仕組みや決まり〉といったものを見出そうという過程で、〈占い〉というものも必然的に生まれてきたきょうだいのようなものなのです。

 たとえば〈占い界〉でかなりのステイタスをしめている〈占星術〉をみてみましょう。
 わたしが学生時代に読んで影響を受けた一冊に「朝永振一郎-物理学とはなんだろう」があります。朝永振一郎は量子力学の研究でノーベル賞を受賞した物理学者です。朝永振一郎が、まさに、そのことを語ってくれています。わたしの心にストンと落ちるような内容でした。引用してみましょう。
※読みやすく少し編集して載せてみます。カッコや下線などはわたしが加えたもの入っています

 岩波新書版 「朝永振一郎-物理学とはなんだろう(上)」10p-

 自然現象の中に一定の法則があるだろうという点に関して最も早く人目を引いたのは〈天体の運動〉でしょう。

 事実、原始的なやり方ながら〈天文観測〉が行なわれ、そこに天文学という学問が成立したのは有史以前にまでさかのぼることができるようです。

 たとえば、中国やオリエント、エジプトはいうにおよばず、アメリカ大陸のインカやマヤの遺跡には天体観測に用いられたに違いない建造物の跡が見られるとか。

 

 こうして天体の運行に〈法則性〉が見られ、その法則から星の動きの余地が可能であることがわかると、それを地上の人間世界の出来事の予知に結びつけることができるのではないか、そういう望みを、いろいろな不安にかこまれて生きていた古代の人々が持ったのは自然でしょう。

 そして、地上世界の気候の移り変わりと天体運行とが密接に関係している経験から〈暦〉をつくる方法が考案され、それが人々に大きな利益をもたらしたように、もっとひろく「〈人間の運命〉や〈社会の出来事〉を《天体》と関連づけて占う方法があるにちがいない」と多くの人が信じたのも無理ないことです。

 

 しかし、そういう願望を離れても、だれもが夜空に輝く星の規則正しい運行を見れば、深い神秘感に打たれ、自然の奥の奥の深いところに何か大きな力があって、それがああいうふうに星を正しく動かしているのだということを実感させられるでしょう。そしてその奥深いところで自然界を統べている法則は、どんなものかと問いたくなるでしょう。
 幸いにして、星の動きは自然現象のうちで最も規則正しいものです。ですから、有史以前から、そういう問に答えを求めて星の動きの規則を追求し続けた人がいたにちがいありません。


 朝永さんの語っていることについて「証拠は?」と言われても、これこれが証拠です、とはいえないかもしれません。しかし、わたしたち人間の思考過程として、十分すぎるほどに〈ありえる〉ことだと思うのですが、どうでしょうか。

 人間は天体の動きを元にカレンダー(暦)を発明し、この頃は大雨の季節であり、この頃は大地が乾ききっていく、だから大雨の後に穀物を育てて、大地が乾く前に収穫すれば大丈夫だ、という様な、かなり確かな未来予測を可能にしていきました。
 ナイル川流域では、なん年後に洪水がくる、ということまで、正しく予測できる様にもなっていたのです。何しろ海の水の満ち引きまで一定の周期をもっていて、それが満月、新月といった月の動きと関連していることも早くから気づいたことでしょう。その中で一日に二度、潮が引いていき、貝やタコなど、海の獲物を収穫しやすい時間があることや、15日に一度程度、潮の干満が特に大きな時日があって、海の獲物をさらに収穫しやすい日が来ることも〈予言〉できる様になっていったのです。

 そういった予想を「〈人間の運命〉にも応用できるにちがいない」と考えていった人たちもたくさん出て来たことでしょう。
 私たち人間は〈ものがたり〉をつむぐことが大好きです。ですから、そういう天体の運行を支配するものとしての〈神〉という仮説が出て来てきたのも十分想定できることです。
 様々な民族が、大地の中に眠っていた神、遠くの星からやってきた神、雲の上に乗っている神、海の向こうからやって来た神など、さまざまなストーリーが、世界中で生み出されて来たことをみても〈神という仮説を作り出した〉ということが納得できると思うのですけど、どうでしょう。

 大昔から〈病気は悪霊によって起こる〉と信じた人たちがたくさんいました。医学に興味のある皆さんはぜひヒポクラテスについて調べてみてください。その頃の人々は悪霊を退治するお祈りで病気を治そうとしてきたのです。そしてヒポクラテスは、安静と衛生と香油などの薬でそれらに立ち向かっていった人物の一人なのです。

 人類が、この世界の仕組みを見出そうとしてきた歴史は、少なくみても何万年前に遡ることができます。たとえば暦のルーツをたどると3万5000年前に遡ることができるという話もあります(ウィキペディア〈暦〉)。突然、暦ができたわけはありませんから、それまでにも数々の発見をしていたことでしょう。

 少なく見積もっても何万年の歴史を持つ前科学的なものの見方考え方に対して、それに反証できる〈近代科学〉が誕生したのはわずか400年ほど前のことです。
 〈原子論〉をもとにした〈予想を立てて実験する〉手法でガリレオが確立したました。今でいう〈科学〉とは、そのガリレオの打ち立ててくれた科学を意味すると思っていて良いでしょう。医学も物理学も化学も、その近代科学をもって大きく発展したのです。

 ガリレオが近代科学を低使用し始めた頃には、前科学的なものの見方、考え方は減っていたのでしょうか?

 いいえ、そうではありません。占星術も、魔女狩りも、錬金術もかなりの勢いだったのです。ガリレオと並び称されることもあるニュートンですら、錬金術に傾倒していた人物だということが科学史家の研究によって明らかにされているほどです。

 科学が発達した今でさえ、前科学的なものの見方、考え方がどうして残っているのか?
 前科学的なものの方がはるかに長い歴史と伝統と財産を背負っているからだということが、その答えの一つです。
 近代科学は、それと比べて少なくとも〈100分の1くらいの歴史と伝統しかない〉のです。 

 近代科学が、前科学的なものの見方や考え方を駆逐していくには、まだまだ時間がかかるでしょう。占いを信じる人達も、そう簡単には減らないと思います。しかし、ゆっくりとではあっても、確実に、原子論を元にした近代科学の目で観ることができる人たちが増えて来ています。そして、そういう前科学的なものの見方考え方を

 たのしい教育研究所の授業や講演は、間違いなく、そういう子どもや大人を増やしていると言って間違いないでしょう。

 もう一つ、板倉聖宣(仮説実験授業研究会代表・日本科学史学会会長)は「近代科学が広まることと並行して迷信も広まる」という現象を証拠をあげて説明してくれています。この事については、またいずれチャンスがあれば紹介させていただきます。1日1度のここの「いいね」クリックで〈たのしい教育〉を広げませんか➡︎ いいねクリック=人気ブログ!=ジャンプ先でもワンクリックお願いします!

 

自由研究こそ本物の研究「二十日大根・ラディッシュの実験」その後/名前通り20日で大根になるか?

 さて、5月初旬に始まった〈二十日大根は名前通り20日で大根になるか?〉という実験の結果を報告させていただきます。皆さんの予想したものと比べてみてください。
 これが約24日たったハツカダイコンです。20日後にあたる日に紹介できずにすみません。

 根本がふくらんできた様子はみられません。数本調べてみましたが、同じです。
 「20日大根」というと名前がついてはいても、24日たってもまだこういう状態です。二十日大根なのに二十日では収穫できないのです。

 沖縄の5月は、降水量も、気候も、野菜の成長にとって好条件がそろっています。
よその県の夏と同じでしょう。陽の光もたっぷりで、水も十分なのに、その名にある〈20日〉という日数では20日大根(ラディッシュ)に成長するまでの日が全然足りていないのです。

 ちなみにこの結果は、今回一回だけのものではなく、これまで教師生活の中で子どもたちと20回以上試してきた結果と同じです。
 わたしやわたしの教え子たちが特に栽培が下手だということはありませんが、念のため、植物好きの友人たちにお願いしてためしてもらった結果も同じでした。※もしも「いや自分がやると20日で大根が収穫できる」という方がいたら、ぜひお知らせください。首をながくしてまっています

 これは実は、〈七色の虹〉と言われているけれど実はどう見ても7色には見えないということと似ています。重要かつ、人間の認識のたのしい問題を含んでいると思うので、もう少し書いてみます。

 実は二十日大根を収穫するには一ヶ月とか一ヶ月半くらいはゆうにかかるのです。つまり〈40日大根〉といった方が名が体を表していると思うほどです。

 しかし、大人も子どもも「二十日大根・ラディッシュは20程度で収穫できる」と思っている人達がたくさんいます。

 それなのにweb上ではこういう説明がいくつも見つかります。

 わたしがよく利用するウィキペディアにもこうあります。


 巷にあるwebの説明は明らかに実験結果と一致しない説明にあふれていることになります。

 多くの人達は〈予想を立てて確かめる〉ということをしないので、何が正しいのか見えてこないのでしょう。webで二十日大根について書いている人達も、自分で確かめたわけではないと思います。もしも確かめたにしても、自分の育て方が悪かったのだろう、くらいに思って、まさか〈名前がへんだ〉とは思わないのでしょう。
 きっと農業を専門にしている方たちは気づいているのでしょうけど、ことさらそれを〈人間の認識の問題〉として重視することもなく、「まあそういうものだ」という様にしてあえて取り上げずに気にせずにいるのではないかと思っています。

 わたしが、いぜん問題としてかかげた「20日大根は何日くらいで収穫できるでしょうか?」という問題に予想してもらったところ
「だって〈二十日大根〉なんだから20日くらいではできるとおもう」
 という話が多数でした。
「沖縄ならもっと早く収穫できるのではないか」という方もけっこういて、
「20日以上かかる」という方も少数でしたけど、いました。

 多くの人達が間違ってしまったのです。間違いを間違いだと簡単にいうよりも、それを元にして、いろいろたのしい学び方ができると思います。

・沖縄の真夏なら20日で大根になるのか?
 →しかしもしそうだとしても、日本全体で〈二十日大根〉というのは無理があると思うのですけどどうでしょうか。ある特殊な状況ならそうだ、ということをもって、一般的な名前にしてしまっていることになりますから

・いつから「二十日大根」という様になったのか? 
 海外ではラディッシュ(赤かぶ)と呼ばれていて、二十日という名前はついていません。日本で〈20大根〉というネーミングで売り出したおかげで、タネがどんどん売れる様になったかもしれません

・「800の野菜」は並んでいなくても「八百屋」と呼ぶ様に、大げさないい方なのかもしれない、ということです

・二十日大根は実は四十日大根、という様な知識が広まるまでにどのくらいかかるだろうか、予想を立ててみる  というのもよいかもしれません

 自由研究として、そういうところも考えてみるとおもしろいと思うのですけど、いかがでしょうか。1日1度のここの「いいね」クリックで〈たのしい教育〉を広げませんか➡︎ いいねクリック=人気ブログ!=ジャンプ先でもワンクリックお願いします!

沖縄の未来と宇宙と子どもたちを語る/10年来の友 琉球放送 上村さんと

 つい最近のこと「喜友名先生の活動のことがずっと気になっていて、沖縄に戻って落ち着いたのでやっと連絡致しました」という元気な声で電話をかけてくれた方がいます。琉球放送の上村さんです。

 上村さんとのつきあいは10年前に遡ります。
 その頃は私もまだ現職の教師で、仲間たちとすすめてきた「たのしい授業in沖縄」がどんどんグレードアップしていきました。
 わたしがNASAで開催された宇宙探査教育者会議で授業させていただいた時に知り合うことができた宇宙博士の的川泰信先生(今でもたのしい教育研究所の応援団長をしてくださっています)とのジョイント授業、固体燃料ロケットの森田泰弘先生とのジョイント授業、宇宙飛行士の古川聡さんとのジョイント授業という様に、超一流の方達と一緒に沖縄の親子向けの授業を推進していくことになりました。
 そうしてとうとう〈宇宙ステーションにいる若田光一さんと交信授業をする〉というところまできました。JAXAとNASAが全面協力してくれて沖縄と宇宙とを結んで授業するわけです。

 それを知ったいろいろなメディアから数々のアプローチがありました。当時の様子は、たくさんのテレビや新聞で取り上げてくれました⇨こちら

 そういう中で「喜友名先生をテーマに番組を作りたい」と熱心にアプローチして下さったのが琉球放送の上村さんでした。
〈ひとりの教師の夢が宇宙への扉をひらいた〉というタイトルで番組を作成したいというのです。

 具体的な予算案もできていて、会議も重なり、積極的に話がすんんでいたのですが、〈なるべく目立ちたくない症候群〉の私は、その時の上村さんの熱き思いをどの程度、どの様に受け止めていけばよいのかわからず、アメリカのNASAの宇宙ステーション運行スケジュールで、期日の確定が先延ばしになっているうちに、上村さんは突然、県外で仕事をすることになりました。

 上村さんは、その時のことが十年間ずっと気になっていて、やっと沖縄に戻って落ち着いた今、私に電話してくれたのが冒頭の言葉です。
 嬉しいことです。

 10年を経て、お互いいろいろな役職を経験する様になった今、沖縄の未来、宇宙への魅力、そういった、あの頃の熱い思いが変わらずにいるお互いを確認する時間になりました。
 たのしい教育で沖縄が日本一元気でたのしい県になり、世界に発信できる教育を推進する、という私の活動は、上村さんが放送という場で〈沖縄の魅力を県外、国外に発信する〉ことをテーマに推進して来た取り組みと重なるところがとても大きく、放送の世界で志を同じくする方がいることに、とても嬉しく感じたひと時になりました。

 何より、そして10年経った今も、お互いがとても生き生きと活動していることがとても嬉しく、途切れることなくたくさんのことを語り合っていました。上村さんからの具体的な番組の提案もありましたが、私の多忙さと、若い実力ある教師を育てるワークショップへのウェイトのかけ具合、そして〈めだちたくない症候群〉の症状との兼ね合いもあり、すこしゆっくりと語り合っていきましょう、ということになりました。
 実現できるできないは別にして、放送局で上村さんの様な夢と元気を伴った方がいることがとても嬉しくてなりません。きっと上村さんの周りにも、そういう方達がいるのだと思っています。

 上村さんが「顔を出してもよいです」というので、熱く語りあった時のワンショットを掲げます。書類なども入っているので水彩画調にしておきます。

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マツバボタンはポーチュラカと同じものか? 植物図鑑(たのしい教育研究所)

 前回紹介したマツバボタンについて、ポーチュラカと同じものでしょうか、というお話がありました。生物の分類と関係があるので、少し書いてみようと思います。お付き合いください。
 スタッフが調べてみると、web上では〈同じ〉〈違う〉の両方が混在しています。

 これがマツバボタンです。

 そしてポーチュラカと呼ばれている植物はこれです。

 似ているようにも見えますし、細かい部分を目にすると違うようにも感じます。

 混乱する時にまずたどりたいのは、その植物なり動物の分類です。何度かこのサイトにも書いてきましたが、分類のキーはそれが〈何科の生物か〉です。

  学名を整理してみしましょう…   wikipediaより

: 植物界 Plantae
: 被子植物門 Magnoliophyta
: 双子葉植物綱 Magnoliopsida
: ナデシコ目 Caryophyllales
: スベリヒユ科 Portulacaceae
: スベリヒユ属 Portulaca
: マツバボタン P. grandiflora

 スベリヒユ科>スベリヒユ属>マツバボタン です。

 スベリヒユのことをポーチュラカ(Portulacaceae)といいます。日本ではそれをスベリヒユとも呼びます。
 その知識をもってもう一度学名を整理したものを見ると…

スベリヒユ科 Portulacaceae
スベリヒユ属 Portulaca
マツバボタン P. grandiflora  です。

 リンネの整理してくれた学名は〈属名+種〉で表します。
 マツバボタンを P.grandiflora と表記してありますけど、そのP.は ポーチュラカのP、つまりマツバボタンの学名は Portulaca.grandiflora ⇨ ポーチュラカ・グランディフローラ です。

 マツバボタンはポーチュラカの仲間なので、その意味から〈ポーチュラカ〉という場合もあります。

 

 さて、一般的にポーチュラカと呼ばれている植物は「スベリヒユ」とも呼ばれています。

 スベリヒユ

: ナデシコ目 Caryophyllales
: スベリヒユ科 Portulacaceae
: スベリヒユ属 Portulaca
: スベリヒユ P. oleracea

 ここも、「種」をよく見ていただくと スベリヒユ の P. oleracea は
 Portulaca oleracea ⇨ ポーチュラカ・オラレシア です。

 ですから、マツバボタンもポーチュラカも両方とも学名で読んでいれば間違うことはありません。マツバボタンは〈ポーチュラカ・グランディフローラ〉で、スベリヒユは〈ポーチュラカ・オラレシア〉です。

 しかし〈花〉はこういう分類が整理させるずっと前から私たちの生活と深く関わってきたので、ニックネームをはじめとしていろいろな呼び方があって、学名よりずっと慣習的な呼び方が一般的です。

 マツバボタンをポーチュラカと呼ぶ人たちは、グループとしてみる、あるいはマツバボタンの学名の前の部分 Portulacaを示してそう呼んでいるわけです。

 マツバボタンとポーチュラカは違うものです、という人たちは、慣習的(あるいは園芸的)な呼び名を重視しているというわけです。

 

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