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発想法の章「文章を理解するとはどういうことか」
文章に手を加えながら読む
国立教育研究所 板倉聖宣
「月刊たのしい授業」を1986年8月号
再校正 いっきゅう版
※途中から区切りのよいところまで紹介します
板倉聖宣
実はいま、T・H・ハクスリーの『一塊の白亜』という文章をまた読みはじめています。それは昔から時々気になっては引っ張り出して読みはじめ、すぐに読むのをあきらめてしまう、というのを繰り返してきた文章です。
いや、講演記録といった方がいいでしょう。
小泉丹さんが翻訳されたハクスリーの『科学談義』という論文集が岩波文庫にあって、それに収録されています。
T・H・ハクスリー(1825~95)は進化論の普及のために文字どおり「闘った人物」として有名ですが、それだけではありません。イギリスの科学教育の歴史の上で重要な役割を果たした人でもあるので、私はとくに注目してきた人です。
ハクスリーは、いまのように学校制度が整う前から労働者に対する科学教育に熱心で、労働者を対象とする科学講座を開いたり、労働者を対象とした科学の本を何冊も著しています。
イギリスというのは階級意識の強い国ですから、「これまで上流階級に独占されていたような自然科学を大衆のものにする」といった科学啓蒙運動は、たいてい「労働者向けの科学啓蒙」といった意味をもつものなのかもしれません。
ともかく、上流階級以外の一般大衆のために科学普及運動に力を注いだ人なのです。
そればかりではありません。
「先進国イギリス」でも、近代的な小学校教育制度、つまり義務教育制度が発足したのは、日本の〈学制〉よりもわずか2年前の1870(明治3)年のことです。
そのときハクスリーは、自らロンドン市の教育委員に立候補して、その委員長にもなっています。
そして、ロンドン市をはじめとするイギリス全体の小学校の教育を、科学教育を中心に組織するようにリードする役割を担って、自ら小学校での自然科学の授業をして、その教科書も執筆していたのです。
そこで私はその仕事の全貌を詳しく知りたくて、昔から関係文献を片端から集めるようにしているのです。
今回は仮説会館でやっている授業書開発講座で「石灰岩」の授業書の開発が進んでいるので、その参考文献とすることと、もう一つ、私の進めている『理科教育史資料集』の中に「石灰岩教材」を取り入れるための資料にしようと考えて、またその「一塊の白亜」を取り出して読むことにしたというわけです。
『科学談義』という岩波文庫は絶版で、いまは手に入らないので知っている人は少なくなっています。
その中の「一塊の白亜」という講演は、労働者を対象にして行った自然科学講演として有名なものでした。
〈白亜〉というのはチョーク、つまり〈白墨〉のことで、軟らかい石灰岩のことです。
ハクスリーはそれをどのように取り上げているか知りたかったのです。
講演の始まりの文章
この講演は岩波文庫本で37ページもあって、講演記録としてはかなり堂々としたものです。
その講演は次の文章で始まっています。
ハクスリー
ノールウィッチ市の真中で、吾々が立っている足もとで一つの井戸を掘り下げるとすれば、井戸掘人は直ちに、岩石と呼ばれるには軟らかすぎるような白色の物質で仕事をしていることを知る筈である。それは〈白亜〉として各々が皆よく知っているものである。
あなたはこのような文章を読んですぐに意味がつかめますか?
私にはなかなか飲み込めません。
何か身近なことから説き起こしているようなのですが、取っつきが悪いのです、それに分かりにくい文章です。
これまで何度もこれを読もうとしたのに途中で断念したのは、こういう分かりにくい文章だったからだと気づきました。
しかし今度はすぐにはあきらめずに、まるで学校の国語の問題を解くように、なんとかちゃんと理解しようと頑張りました。
まず「どうしてここにいきなりノールウィッチ(ノリッチ)市などという市の名前が問題になるのだろう」と気になりました。
そこで「そうだ、この講演はその市で行われたのだろう」と考えて、文末の「解題」のところを見ると、予想通り〈これは1868年にノールウィッチ市で開かれた英国学術協会の年会での講演だ〉ということが書いてあったので納得できました。
そうならそうと「皆さん! このノールウィッチ市で、いま私たちの立っている足もとで」とでも訳してくれればよいのです、そう訳してくれないから戸惑ってしまうのです。
まだまだ続く
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