今週、夏の忙しさのピークを乗り切ったのではないか
という予感がしています。
外れていませんように。
本日、たのしい教育メールマガジン
第714号を配信しました。
軽く紹介します。

はじめに
毎年のように、夏休みは〈たのラボ〉にとってとても忙しい日々です。
今週もたくさんの活動が目白押しでした。
どれも《たのラボ》の根幹になる活動です、やっつけ仕事はできません。
みんなで全力を注いでいます。
たのしい教育が着実に広がっている成果だと思います。今週号もお楽しみください。

人気の板倉聖宣先生(たのしい教育研究所の設立期からの支援者/日本で最もたくさんの科学絵本を出した人物/仮説実験授業研究会初代代表/元文科省教育研究所室長/元日本科学史学会会長)の発想法を少し紹介させていただきます。
1999年10月に行われた四條畷小学校での講演「21世紀に向けての教師論」からです。
板倉聖宣
■日本の近代化の推進役は文部省
「最近、学校が荒れてきた」とか「子どもたちが荒れている」といわれています。
目の前の子どもたちは、良くなったり悪くなったりと振動しているので「いつからそういうことが始まったのか?」と問われても答えるのは難しいのです。
「ここから始まった」という人がいるし「いや、ここからだ」という人がいます。
社会の問題は常に小刻みな運動をしつつ、ある方向に変わっていくのです。
だから「いつからか?」という時に「ここで変わった」「いや、ここだ」というように、いろいろ解釈をする人が出てくる。
社会の問題には、そういういろいろな解釈をする余地が生じるのです。
たとえば明治維新で変わったという見方にも、
「幕末に変わった」 「ペリーの来たときだ」 「いや、その前に変わったのだ」
とか、いろいろな考え方があります。
歴史学者というのは、そういう細かいことを議論するのが商売みたいにしていたりしますが、私はそういうものには興味がありません。
私は『日本歴史入門』の中で「ここから変わった」というようにせず、「この辺から変わってくる」といえば間違いがないと考えて「開港から明治維新の間で変わったのだ」と幅を持たせました。
しかし「本当に明治維新で変わったのか?」というと、これは怪しい。
「明治四年に変わった」というほうがいいのです。
明治四年に文部省ができます。
文部省ができたことは、日本の近代化にとってすごく大きな事件です。
みなさんの中には「文部省なんかないほうがいい」と考えている人もいるかもしれませんが、文部省が日本の近代化の推進役なのです。
明治維新は「尊王攘夷から始まった」という人がいます。
尊王攘夷とは「天皇を押し立てて夷である外国を追い払う」という革命です。
しかし西南諸藩は勝った途端に「外国のように文明開化しよう」というのですから、ずいぶん無責任な話です。
外国を追い払うために革命を起こして、革命後はその外国を受け入れることになったのです。
そういう〈尊王攘夷〉のスローガンを本格的に下ろして〈日本を近代化する〉とはっきり決めたのが明治四年です。
次の明治五年に学校制度(※学制)ができて、それで全面的に近代化の方向に進んでいくようになりました。
「日本は諸外国と比べて徹底的に遅れている」という危機感があって「江戸時代を全部ご破算にする」という考え方が明治四、五年から本格的に始まり、そして学校制度ができたのです。
だから文部省という役所、そして学校は〈日本の近代化の推進役〉だったのです。
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