楽しい環境教育@挿し木の実験スタート:シークワーサーを育てよう(実験開始)/自由研究の大切さ

 気に入りのシークワーサーは、読者、応援団の方たちからたくさん届いているのですけど、〈たの研〉でも育てて収穫できるようにしたいものです。

 植物の再生能力は動物たちより遥かに高いので、それを利用して増やすことができます。以前〈挿し木〉で希少種のリュウキュウイチゴを育てたことがあります、その方法で、増やしてみましょう。

挿し木の実験 リュウキュウイチゴ(貴重)

 さっそくたくさんの実がつく美味しいシークワーサーの木の枝をもらってきました。
 葉っぱを少し残して、斜めにスパンと切った枝を差し込みます。
 写真には葉がたくさん写っているのですけど、それは水分が飛んでいくのをふせぐために土の表面にかぶせたものです、枝にはカットした葉が二、三枚ついているだけです。

 今回は葉を一枚のものと

 葉が一枚もついていないものも一緒に挿し木してみました。

  

 発根したら(根っこが出てきたら)成功です。

 たのしみが増えてきました。

 〈たの研〉のたのしい環境教育のテーマ『減らして増やしてエコロジカル』の増やすの一つは「植物」です。ホームセンターなどでお金を払って植物を増やすことは、子どもたちにとってハードルが高いでしょう。

 植物の再生能力に感動してもらうプログラムはすでにできていますから、その応用編として挿し木の実験をたのしんでもらい、身近なところに気に入りの植物をどんどん増やしていく、それは、とても有効な環境教育になるでしょう。

 みなさんも、身の回りに自分が気に入った植物を増やしていきませんか。

 こういう実験だけでなく、自分の知的好奇心で自由研究をどんどんすすめていく子どもたちや先生、大人が増えていけば、環境の問題だけでなく、医学、工学(エンジニアリング)、生物学、天文学etc. いろいろな分野に新しい可能性が広がっていくでしょう。

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銀のサナギ(蛹)と金のサナギの話

 子どもたちに授業していた頃、メタリックな蛹(さなぎ)に魅了されていました。金属光沢は金属独特の自由電子の働きの結果なのだけど、するとこの金のサナギには金属粉が含まれているのかな・・・?

オオゴマダラのさなぎ

オオゴマダラをよく知らない方は以前の記事をどうぞ⇩

オオゴマダラと言葉の力

 サナギの色がメタリックである謎がとけたのはフリーになって〈たの研〉を立ち上げてからです。

 その話は後半にもっていくとして、先日、ツマムラサキマダラを見つけました。紫に発色していないのでメスでしょう。

 タテハチョウファミリー独特の夕方飛び方をする蝶です。愛用のカメラを手にしていなかったので、飛んでいるシーンはピントボケでうまく撮ることはできませんでした。

 このツマムラサキマダラのサナギをごらんください、銀メタリックです。

 チョコボールの金のエンジェル、銀のエンジェルみたいで貴重です。

 夏の頃なら、写真を撮った場所で見つけることができたかもしれません。

 オオゴマダラやツマムラサキのサナギがメタリックに見えるのはなぜか?

 以前、軽く紹介したのですけど〈構造色〉という独特の屈折・分散・干渉によってそう見えているのです。

たのしい昆虫学ー近くから眺めてみよう〈美しいルリ色/瑠璃色〉/生きた教育・生きた学力

 私たちが普通目にするのは赤い花や紫色の花、青いカーテンや白いカーテンのように、その色素をもった色です、〈化学色〉と言ってよいでしょう。

 それに対してたとえばシャボン玉や虹は、そこで起こる屈折・分散・干渉によって発色しています。
 赤い花は見る角度によって赤が消えたり別の色に見えたりしません、でも構造色によるシャボン玉や虹などは見る角度によって消えたり見え方が異なったりします。

 タテハチョウ、ツマムラサキマダラの金や銀の色は、金属の原子が存在しているのではなく、その表面の独特な構造によってキラめいているわけです。

 なので金属のように電気を通すこともありません。

 自然の中には不思議さたのしさがいっぱいつまっています。
 それが本物の学力に繋がって、押し付けでない、自分の可能性を伸ばしていくでしょう。

 みなさんも、のんびりフィールドを歩いてみませんか。
 まず近くの公園からはじめてみましょう。

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すごい雲の写真@読者の方から/偶然というのはたのしい

 本島北部にすむAさんから「なんだかすごい景色で、思わず写真に撮りました。こんな曇ってあるんですね」というたよりが届きました。Aさんは私の〈野山さんぽのすすめ〉の記事に心動かされた1人です。

 その雲がこれです、私が野山さんぽで撮る写真より遥かに迫力があると思います。

 超巨大なタツマキのように見えたり、忌まわしい爆弾の雲をイメージさせたり・・・

 上中下段三層のコントラストもすばらしい。

 一つの大きな雲が全体を覆っているように見えていても、頭上の灰色の雲と正面の入道雲は別の塊でしょう。頭上の雲の視線の向こう側と入道雲の本体が明るく輝いていることで、それがわかります。もしも入道雲まで一体の巨大な雲なら、光は入り込まず、黒から灰色が視線の先をずっと覆っているでしょう。

 こちらから詳しく尋ねると〈北部から中部の方向〉に向けて撮ったことがわかりました。

 撮った日時を知って驚きました。

〈たの研〉のメンバーが金武町で仕事をして後、突然の雨に見舞われていた頃と一致していたからです。

 一つの大きな仕事終えて、珈琲を呑もうと夕暮れの彩りの空の下を歩きはじめると、空も街も夕暮れのやわらかな明るさに彩られているのに、突然どこからか隙間の大きな雨たちが舞い込んできて、傘をさして彷徨っていました。
 明るい街に雨、不思議な光景です。

 そうか、その巨大な入道雲が金武町から外れたところにあって、そこから雨粒が流れてきていたのか・・・

 その時の自分たちを二つの方向からながめる、不思議な感じでした。

 読者の皆さんからの便りは、全て目を通しています。量が多く、全てにダイレクトに返事はできていないのですけど、時期を経てこうやって記事に書いたり、資料を差し上げたりと、必ずなんらかのお返事は差し上げています。
 ぜひ気軽におたよりください。

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楽しい科学/原子があるとしか考えられないと主張したドルトンさんより2000年以上前に物質は目に見えない原子でできていると主張したデモクリトスさん

 ドルトンさんが「原子の存在がなくては化学反応が特定の比率で起こること(定比例の法則)は説明できない」と〈原子論〉を主張したのは1803年のことでした。

 ところが1800年代は「原子など存在しないし、そんな目に見えないようなものを想定して科学を組み立てていくのは間違っている」と主張する有名な科学者たちもたくさんいたので、ドルトンの主張は有力な位置をしめることはできませんでした。

 1900年に入って、アインシュタインが花粉の中から放出された粒子のブラウン運動の研究から「分子運動」の存在を解明し、ラザフォードが金箔にアルファ粒子を照射する実験をして、原子の構造を明らかにしました。マックス・フォン・ラウエが1912年にX線回折によって原子が結晶内で規則正しく配置されていることを示し、やっと原子の存在に疑いをもつ科学者たちはなくなっていったのです。

 その後、原子の写真画像はどんどん鮮明になっていきました。

 ドルトンさ んの予測は100年以上たってこうやって明らかになったのですけど、実はドルトンさんはそれよりずっと前のデモクリトスの原子論に強く影響されていたというのは、いろいろな研究者が明らかにしています。

 デモクリトスは紀元前500年のギリシャの哲学者です。
 原子の存在が証明される2400年も前に、物質の基本単位が原子であることを予測していたわけです。

 デモクリトスは単に原子を空想したわけではありません。
 「何かのお告げ」といった宗教的なものでもありません。
「こう考えると、こういう結論になる」というように、予想を組み立てていったのです。
 板倉先生が、1964年、つまり今から60年前にデモクリトスについて書いた文章が残っています。『発明発見物語全集 第三巻 原子-デモクリトスから素粒子まで-』の中にある「デモクリトス物語」です。
 図書館にあったら、読んでみませんか。

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