たのしい生物学 進化と品種改良 その②

 二つ前の記事に書いた〈品種改良と進化の違いのイメージ〉は伝わったでしょうか、まだそれに対するお便りは届く前にこの項を綴っています、ここからが書きたいところなのでお付き合いください。

 以前このサイトで「強いものが勝ち残って来たのではない、周りの環境に適合した者たちが生き残ってきたのです」と書きました。その時にたくさんお便りをいただいたのですけど、今回の話はそれとも関わる〈進化〉の話です。

〈進化〉というと、言葉のイメージからも「進んでいる」という感じがすると思います。ところが生物の歴史を調べていくと、マイナスの方向に進んでいくこともあるのです。

 この生き物をご存知でしょうか、シカの仲間で〈オオツノジカ/大角鹿〉といいます。学名は〈ギガンテウスオオツノジカ/Megaloceros giganteus 〉、こちらの方がかっこいいですね。

 かなり大型の生物です、人間と比較すると、その大きさが伝わるでしょう、ウィキペディアに〈体長3.1m、体重700kgに達した大型のシカ〉とあります。

http://www.prehistoric-wildlife.com/species/m/megaloceros.html

 こんなに大型のシカは他にはいないだろうと思うかもしれませんけど、さにあらず。アラスカでキャンプをしている時、野生のムース(ヘラジカ)と出会ったことがあります。
 恐るべき大きさでした。ウィキペディアに〈頭胴長2.4-3.1m、尾長5 – 12cm。肩高1.4-2.3m。体重 オス平均500キロ、メス平均380キロ。最大のオスは800キロに達する場合もある〉とありますから、ツノを別にすれば体の大きさではムースも負けていません。
 下の写真がムースです。

 オオツノジカはどこに住んでいるのでしょう?

 残念ながらどこにも住んでいません、約1万年くらい前に絶滅してしまいました。

 なぜか?

 こういう進化の歴史がありました。

 オオツノジカはツノが大きくて立派なオスほどメスの注目関心を集めました、モテたんです。
 今でもシカは、そういう傾向があります。
 シカのオス同士は闘うことがあります、そういう場合にはツノが大きな個体が有利でした。

 結果として大きなツノを持った個体が子孫を残しやすくなるので、大きなツノをたたえた子ども達が生まれる確率も高くなります。

 誕生した子ども達が成長していく過程でも、より大きなツノをもった方が有利です。より大きなツノをもった個体が子孫を残す確率も高くなりますね。

 そうして千年、万年、百万年・・・ とたつうちに、オオツノジカのツノはどんどん立派で大きくなっていきました。

 

 

 ところが、このツノのお陰で困ったことも起きました。

 知っている人もいるでしょう、シカは一年に一度ツノが生え変わります。
 これだけ大きなツノのためにはカルシウムやリンなどの栄養がとてもたくさん必要になります。
 シカの食べ物は〈植物〉です、当然、森などに入ることも多くなります。
 木々の間を通る時など、大きなツノがじゃまで、うまく通れません。通れないどころか、森の木々にツノが引っかかり、身動きできずにそのまま命を落とすオオツノジカ達も出て来ました。

 またオス同士の戦いの時、お互いの大きなツノガチッとはまって身動きが取れなくなり、そのまま両方とも死に至ることもありました。

 結局オオツノジカは、自分のツノが大きくなりすぎて絶滅したのです。

 進化というのは〈より進んだもの〉というイメージがあるかもしれませんけど、結果としてマイナスに作用することがあるのです。

 オオツノジカたちは、進化の過程でツノがどんどん大きくなり、結果としてそのせいで絶滅に至ったわけです。

 生物は、多様な個体が生まれ、その中で自分の生命を維持するために有利な個体つまりその時の周りの環境に適した個体が生き残っていきました。強いものが生き残ったのではありません。その時の環境に適したものたちが生き残っていったのです。最強の生物である恐竜は地球環境の変化の中で、結局生きていくことができなくなり、絶滅しました。強いものが生き残るなら、そういうことは起こりません。

 有性生殖(オスメスに分かれる生き物たちの生殖)は多様な子孫を残します。その多様な子孫たちが、周りの環境に合わせて生き残り、環境に合わないもの達は命を落としていきました。

 進化というのは、より環境に適した様な方向に、進み方が決まっている様に考えている人たちもいると思います。しかしそうではありません、動物や植物は〈多様な個性をもった子孫〉をどんどん作り出して、その中で環境に馴染んだものたちが生き残っていくという〈トライ&エラー〉で進んできたのです。生物自身が〈変化していく環境〉に適合していける様に多様な子孫を残していったと言えるでしょう。

 有性生殖(オスメスに別れた生殖)をする生物だけではありません、最も単純な生命体である〈ウイルス〉もそうです。
※ウイルスは生命ではないと主張する人たちがいます、それは〈過去の人たちがつくった定義〉にしばられてしまい、新しい状況の中にあって〈知的な進化ができなくなっている〉様に思えます。いずれそのことについても書きましょう


 ウイルスは人間の体のタンパク質を利用してどんどん自分のコピーを作り出していきます。自分のコピーを作っていても、親と少しずつ違った遺伝情報・DNAをもった個体もどんどん生まれていきます、〈変異/変異株〉といいます。

 今問題になっている新型コロナウイルス(COVID‑19)も、以前存在していたコロナウイルスから変異したウイルスです、だから〈新型〉とつけたわけです。
 新型コロナウイルスは爆発的に世界中にひろがりましたが、私たち人間もマスクや手洗い、ワクチンなど、いろいろな対策をしてきましたから、当初のコロナウイルスは次第に少なくなってきました。

 しかし新型コロナウイルスも必然的に変異したタイプ、違った性質をもったコロナウイルスがたくさん誕生していきます。

 その変異したコロナウイルスの中で、より人間に感染しやすいものたちが生き残って広がっているわけです、今はオミクロンと呼ばれている変異種が増えていますね。
 〈オミクロン株〉の前にたくさんの変異株が波の様に広がっては静まってきたわけです。

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20210921000658.html

 コロナウイルスも、オオツノジカの進化の様に、多彩な個性を生み出して、より広がりやすいものが増えていく〈トライ&エラー〉の結果として感染が拡大してきたわけです。

 パパヤの品種改良の話から、コロナのオミクロン株の話まで発展してきました。イメージづくりを優先して細かい部分にも突っ込むのではなくナタを振るう様に書いてみました。ご意見、感想お待ちしています。

たのしい教育全力疾走RIDE(たのしい教育研究所)、みなさんの応援が元気の源です。一緒にたのしく賢く明るい未来を育てましょう。このクリックで〈応援〉の一票が入ります!

〈たのしい学力向上〉と〈家庭学習〉/読者の方からの質問に答えて②

(前回の続き)いろいろな意見があると思います。「子どもはつべこべ言わずにどんどん机に向かうことが大切だ」という方もいるかもしれません。もしかするとそれと真逆で「家庭学習そのものが要らない」という人もいるでしょう。質問してくれた方のように「自主的に考えて力を伸ばすのが家庭学習だ」と考える人もいるでしょう。

 ところで40年近く取り組んできた〈学力向上〉の取り組みの中で得たものは何でしょう、失ったものは何でしょう?

 沖縄県の小学生の学力テストの点数が全国平均を上回り、県外の大学に入学するこども達も増えました。

 教師が背負わされる仕事の量がどんどん増え、リミッターを超えてしまった先生たちもたくさん出て、病休をとる先生たちがかなりの数にのぼっています。

 教育の対象、主人公であるこども達の暴力行為、いじめ、不登校の沖縄県の実数はどんどん上昇しています。琉球新報の記事に2020年度の統計が出ていました、2021年の統計はみあたりませんから、これが最新かもしれません、ご覧ください。

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1212373.html

 管理職の先生たちと話しているとき「コロナのせいで不登校が増えた」という言葉を時々聞かされるのですけど、もっと大きな流れがあるのです。

「家庭学習とどういう関係があるのか」と疑問をもっている方もいるかもしれません。

 学力向上の取組みの中で、学校はこども達の家庭での学習にも強く入り込む必要があるという考えが提唱され、それが普通になってきました。

 教育行政と学校現場の努力で全国学力テストの得点を上昇させてきました。

 そうやって一方向的に40年力を注いできた中でマイナス面にも視点をあてる必要があるでしょう。

「先生が〈どこどこをやってきて〉と言わなかったから家庭学習しませんでした」というこども達や「もっとちゃんと家庭学習について指示してください」と主張する保護者のみなさんが増えていくとしたら、学校にいる時間精一杯教育に力を注いでいる先生たちの限界を超えてしまうこともあるでしょう。

 未来を切りひらいていけるこどもたちは、やらされ型のタイプからはうまれないということは、日本全体の閉塞感からも言えるでしょう。

 教育が夢と一緒に語ることができる様に、世界の先端からどんどん下降していく日本の現状を打破してくれる人たちがどんどん育っていくためには、「たのしさ」がカギを握るでしょう。

 こども達にとっても教師にとっても、そして保護者のみなさんにとっても「たのしいから学ぶ」という感覚、して「学ぶたのしさを教えてくれる場所が学校だ」という概念が広がることで、きっといろいろな問題が解決していくでしょう。「先生が言わなかったから何もしなかった」というこども達も減っていくことでしょう。

 みなさんはどう考えるでしょうか。

たのしい教育全力疾走RIDE(たのしい教育研究所)、みなさんの応援が元気の源です。一緒にたのしく賢く明るい未来を育てましょう。このクリックで〈応援〉の一票が入ります!

 

自由研究 パパイア・パパイヤ・パパヤの研究/呼び名・品種改良

 パパイア・パパイヤ・パパヤをご存知でしょうか、沖縄ではけっこう目にする植物です。話を進める前に、二つの呼び名について書きましょう。知っているという皆さんは〈パパイア〉と〈パパイヤ〉のどちらで読んでいますか?

 私が子どもの頃、大人たちは〈パパヤ〉の末尾に来る〈ア〉の音もはっきりと発声したり、〈パパヤ~〉と伸ばして呼んでいたのを覚えています。

 ネット検索サイト〈コトバンク〉には

沖縄県、沖縄本島方言で、青パパイヤのこと。同県の伝統的農産物(島野菜)のひとつで、熟する前の緑色のものを調理して食する。
          https://kotobank.jp/word/3

とあります、ただしこの説明は大いに疑問です。
熟する時を隔てて呼び名を変えていた記憶はありません。それからパパヤを〈沖縄本島の方言〉と断言しているところに異議ありです。

妖しい感じの作品なので私は見ていないのですけど、ベトナムの映画に〈L’odeur de la Papaye verte/邦題:青いパパヤの香り〉という作品があります、ベトナムでは〈パパヤ〉と呼んでいることがわかります。

 外国から渡ってきて時の正式な呼び名を沖縄では残していたのではないかと考えられます。

 さっそくウィキペディアで学名を調べてみるとこうありました。
 呼び名の部分を強調表記しておきます。

パパイア(パパイヤ、蕃瓜樹[3]、万寿果[3]、英語: Papaya、papaw、pawpaw、学名:Carica papaya L.   https://ja.wikipedia.org/wiki/

 つまりグローバル(世界的)には〈パパヤ〉です。
 琉球はもともと一つの国でした、グローバルな感覚を残しているのです、すばらしい。

 ウィキペディアには続いてこうあります。

 日本の園芸学会での正式呼称は「パパイア」だが、農業界では「パパイヤ」を正式呼称とするため、農薬登録名は「パパイヤ」となる。

 園芸学会は〈パパイア〉、農業界では〈パパイヤ〉、世界的には〈パパヤ〉。
 つまり「どっちも正しい」ということでよいでしょう。

 私は琉球の言葉を敬愛しているのと、グローバル感が好きなので「パパヤ」と呼ぶことにします。

 名称の整理で少し長くなりました、ただし、名前・名称というのはその本質に深く関わっているので、何かを調べていく時には重視しなくてはいけないものだと思います。

 さて最近、要請された仕事があって歩いている時に、二階建てくらいの高い位置に実をつけているパパヤを目にしました。

 

 普通に目にするものよりずっと実がたくさんついています、こちらの側で50くらいありますから、全体では100くらいの実がなっているでしょう。
 この記事の最初のパパヤの写真と比較、ずいぶん違うことがわかると思います。

 別の日、フィールド散歩していると、びっくりするくらい低いパパヤを目にしました。
 一番高い位置でも1m少しくらいです。

 実がつくのかなぁ、とのぞいてみたら、すでに実がいくつもありました。

 同じパパヤでも、これだけ特徴的なものがあるんですね。

 美味しさ、糖度の研究もすすんでいるでしょう。

 自然界は多様です、植物も多様です、その多様な中から自分たちに都合のよい性質もの同志を交配させて種を取り、それをどんどん繰り返していくうちに、実がたくさん成る品種とか、身長が低い品種とか、いろいろなものを育てていくことができます。

 みなさんの周りにもいろいろな特徴のある植物がたくさんあると思います、自由研究してみませんか。

 最近「このサイトの記事を学級で利用したい」という問い合わせがきました。〈たのしい教育研究所の記事です〉ということを公開していただければ利用は自由です。写真などをみせながら、どんどんこどもたちにも伝えてください。

たのしい教育全力疾走RIDE(たのしい教育研究所)、みなさんの応援が元気の源です。一緒にたのしく賢く明るい未来を育てましょう。このクリックで〈応援〉の一票が入ります!

 

〈たのしい学力向上〉と〈家庭学習〉/読者の方からの質問に答えて①

 読者(沖縄県の小学校の先生)の方からこういう質問が来ました。「自分が子どもの頃は家庭学習を自分で決めてすすめていたのですけど、今、学校では〈今日の家庭学習はこれこれ〉という様に指定するのが普通になっています。いつからそうなったのですか?」という内容です。
 学校の学力向上推進の話合いの中で「先生が家庭学習の内容をちゃんと指示してくれなかったので、家庭学習をやってきませんでした」という子がいて、それが一人二人ではないということがわかったのだそうです。

「家庭学習というのは自分の力を高めるためにとりくむものであって、ここをやるようにと言われたらやる、そうでなければやらないというものでよいのか?」それが、質問してくれた先生の問題意識のようです。

 みなさんはどう考えますか?

 私は大学を卒業して1984年から小学校の教師をしてきましたから、今の若手中堅の先生たちより、学校の教育に長く関わってきています。私が大学で学んでいた頃、沖縄県の教育委員長をしていた大浜法栄(おおはま ほうえい)氏が著した「教師は学力低下の最大責任者」という本が話題になっていました、1979年の出版です。

 大浜方榮は沖縄県医師会の会長をしていたのですけど、教育に関わるようになり、教育委員長の位置につき、のちに自民党参議院議員となり、農林水産政務次官をつとめています。※写真は著書(上記)から


 教師に最大の責任があるのか、行政に責任があるのか、社会環境にあるのかなど、最大の原因を誰にもっていくのかは別にして、次第に沖縄県のこども達の学力の低さは教育界の大きなテーマとなり、1988年には沖縄県教育委員会の取り組みとして正式に「学力向上対策」がスタートすることになりました。それは現在も続いていて、数えると34年目に入ったことになります。
 学力テストの得点を〈学力の数値〉だといってよいのかどうかは別な議論として考えておく必要があるのですけど、小学校では全国学力テストの得点で全国平均を上回る位置にいます。中学校は次第に全国との差を縮めてきています。

 

 沖縄県教育委員会のデータからhttps://www.pref.okinawa.jp/edu/

 実は家庭学習の出し方についてもこの学力向上の取り組みとかかわりがあります。

 沖縄県の学力向上対策の中で「家庭学習を授業と結びつけていこう」という指導が行われ、次第に、こどもたちそれぞれの問題意識による家庭学習ではなく、学校の授業の補完という位置付けになっていきました。これも私が教師を初めて数年後のことだったと記憶しています。

 学習が進んだ子ども達はどんどん先の内容を家庭で学習したり、算数が苦手だという子が前の学年の内容に戻って家庭学習していくスタイルはなくなっていき、「国語教科書の◯ページから◯ページまで写本」とか「算数の◯ページの問題」など、教師が指定するスタイルになっていったわけです。

 質問してきてくれた先生は、これで「なるほど」と納得したわけではありません。はじめに書いたような問題意識がひかえていたからです。

「はたして、こういうやらされ型でいいのか?」
「家庭での学習が〈学校の7校時目〉として位置付けられるようなものになっていないか・・・」それを一人の教師として問いかけているのです。

 たのしい教育側の答えを書くのは簡単ですけど、読者の皆さんの意見も聞いてみたいのでワンクッションおかせてください。

 先生中心の指示・指定型の家庭学習のままでいいのか?

 みなさんはどう考えますか。意見を聞かせていただけたら幸いです。

たのしい教育全力疾走RIDE(たのしい教育研究所)、みなさんの応援が元気の源です。一緒にたのしく賢く明るい未来を育てましょう。このクリックで〈応援〉の一票が入ります!