「信長と秀吉と家康、誰がエライのか? そのどこがエライのか?」 板倉聖宣語る

たのしい教育研究所を応援してくれている方たちに向けてメールマガジンを書いています。

その「たのしい教育の発想法」に、仮説実験授業研究会代表、そして日本科学史学会会長 板倉聖宣が語った「信長と秀吉と家康の誰がエライのか? そのどういうところがエライのか?」という話をまとめています。

ここに少し掲載します。

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 たとえば戦国時代の末期に、信長がいて秀吉がいて、さらに家康がいて、そういう人の伝記はたくさん書かれているんだけど、何が一番素晴らしいのか?
 そういう英雄伝は書かれたけれど、「本当の歴史は書かれてないんじゃないか」という感じがしてしょうがない。

 最後の家康は、戦国時代を終わらせて、平和の時代をつくった。そういうことができたのは、家康がエライのか? 誰がエライのか?

 一番エライのは、家康が周りの意見を聞いたことです。
「お金を統一した方がいい」と平野郷の人たちが言って「銀座」をつくった。

 日本の「銀座」は東京にあると思っているかもしれないけれど、銀座の最初は平野郷なんです。

 その人達が進言したから、家康は「それもそうだな」と受け入れた。

 進言する人が居ないと、なかなか受け入れられない。そういうことを進言するチャンスを権力者はつくって、そう言うときに言うことを聞く。

 すぐれた政治家というのは周りの人たちの意見を聞く。

 それが民主主義なのね。

 多数決で決めるとかいうことでなくて、周りの人達の意見をたえず聞いて、そして自分たちの知恵を新たにすればいい。家康の周りの人達の知恵の出し方、そういう物語をつくりたいと思っています。

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たのしい教育は単なる技法ではなく
哲学・思想を伴ったものです
沖縄の教育をたのしく元気に
「たのしい教育研究所」です!

学力低下論/板倉聖宣2003

先日、某大学の学生さん5人が、「大学の授業で発表したい」ということで、わたしにインタビューを申し込んできました。
隙間のない状況でしたけど、なんとか調整して語りあってきました。

インタビューといっても、一方的に質問に答えるだけでなく、こちらから「コップを逆さまにして水槽の中にいれると中に水が入っていくと思いますか?」という様に、質問や問題を投げかけたりしたので、1時間くらいの予定がけっこう時間がかかりました。

最後の質問が
「私たち若者に何か伝えたいことがありませんか?」でした。
その時に、わたしの授業プラン「近頃のわかものは」の内容になりました。

「近頃の若者はとてもよい」という内容です。
興味のある方は、わたしのプランを手にしてください。
「ものづくり工房」さんが実費でお分けしています。
連絡は、研究所のアドレスでOKです。
⇨ office⭐︎tanoken.com  ⭐︎を@へ

今回は「近頃の若者の学力」に関連して、紹介させていただきます。

 たのしい教育研究所の応援団の皆さん向けのメールマガジンを毎週発行していますが、その中の「たのしい教育の哲学・発想法」のコーナーに取り上げた内容です。

 中身は、板倉聖宣(元文部科学省 教育政策研究所室長)が十年程前に長野県塩尻市で講演した「子どもにつけたい本当の学力」という話からです。
 文意が変わらない程度に少しだけ読みやすく手を入れさせていただきました。

 最近は〈学力低下〉と言うことが、かなり顕著に言われるようになっています。この講演を依頼された頃には、とくにそうだったと思います。「学力低下」と言った時に、「そうだ ! そうだ !」と言う人もいるでしょうし、「いや、学力低下などと、とんでもない!」という感情をお持ちの方もあろうかと思います。

 文部省でさえ今は意見が一致していないのですから、ここでも意見が一致しないことが望ましいことではないかと思います。
 私の考えを結論的に強く言ってしまうと、
「学力というのは年がら年中低下するに決まっているのだ」、「学力は低下するのに決まっているのに、ことさら〈学力低下〉などと言うのは何か魂胆があるに違いない」
と言うことでございます。

 例えば、私の詳しく研究した人に長岡半太郎という人がいます。この人は湯川さん、朝永さんの先生に当たる人ですが、日本の物理学の伝統を確立した人です。
 明治20年に東京帝国大学を卒業した人でありますから、幕末に生まれて、そして親父さんは大村藩士という肩書きで、明治の初めに元藩主にくっついて海外旅行をして、その親父さんが帰って来てすぐに息子の半太郎の前に座って、
「これまでの教育は間違っていた。これからはこれでなければいかん」
と、海外から持ち帰った外国の教科書を示して、
「これからは、これで勉強しろ」
と言われたというほど、明治の初めに恵まれた状況で新しい科学を勉強した人であります。

 その長岡半太郎さんの時代、東大の授業は英語です。教科書も英語だし、教師の大部分は外国人です。だから英語はペラペラしゃべれたりもしました。
 明治の初めには抜群の学力があったことになります。
 しかし、その長岡さんでさえ「学力が低下した」と、みんなから言われたのです。

 なぜか?

 江戸時代の人からすると、手紙は筆で候文で書きます。それが書けないというのです。
 そりゃそうですね。
 英語での対話が十分出来るように勉強したのですから、普通の手紙でも危ないかもしれないのに、候文で、しかも筆で書くなんてことは出来なくて当然です。
 もし、そんなことが出来たとしたら、英語の勉強は疎かになっていたかもしれないし、物理学の勉強も怪しいかもしれない。
 だから〈新しい時代には、新しい学力がある〉ということになります。

 ところが年のいった人たちは新しい学力なんて考えないで、自分たちの知っている知識を、今の若者たちの知識の量と比べて、「今の若者たちはこんなことも知らない」とか、「あんなことも知らない」とか言っているのです。

 とくに最近などは漢字のことで、
「こんな漢字の諺も知らない。あんな諺も知らない」
と言っていますが、あれは大変極端な例を出して、おそらくは皆さんも知らないような言葉をあげて「あれも知らない」と言うように、若者たちは攻撃されているのです。

 すごく古いセンスで古い時代を守ろうとしているのです。

 しかし、「古い時代を守ろう」と言うのでなくて、「新しい時代を切り開く」としたら、古い時代のくだらない知識は「知らない」と言うことが勲章であります。
 若者たちは、そういう年配者たちに特別に反撃はしませんけども、事実として明らかになったのは、「今の若者たちはこんなことも知らない。あんなことも知らない」という人たちは、おそらくパソコンは使えないのです。
 そして携帯電話も持っていないのです。
 そういう文化は自分たちのものになっていないのです。
 新しい時代にはついていけないのですね。

 

いかがでしょうか。
いろいろな意見があるかもしれませんが、こういう考え方もしっていてよいのではないかと思い、紹介させていただきました。
若者よ、くじけるな!
という気持ちと、物理的な年齢ではなく気持ちの面ではわたしも十二分に若者だけどね、という気持ちでつづらせていただきました。

  たのしい教育活動に全力投球の
「たのしい教育研究所」です

板倉聖宣先生が贈ってくれたメッセージ

このサイトでも紹介している板倉聖宣先生(「雑誌 たのしい授業」編修代表/元 文科省教育政策研究所室長)は、「たのしい教育研究所」の応援団の一人としてパンフレットに名前を刻んでくれている大切な応援団の一人です。

その板倉先生が「たのしい教育研究所の皆さんへ」と書いて贈ってくれたメッセージがあります。
この画像の中の大きな地球の写真にマジックで力強く書いてくれたものです。

たのしい教育研究所の皆さんへ
 新しい時代が始まってしまった。
 どうする?!
        板倉聖宣
11464

あたらしい時代を切り開く勢いで「たのしい教育」に全力投球の「たのしい教育研究所」です。

科学者ファラデーも普通の人間

教育の世界で有名な板倉聖宣ですが、教育の世界で注目される前から「科学史」で独自の研究をしていました。
現在は「日本科学史学会」の会長もしています。
子ども達向けの本をかなり書いている板倉聖宣の話は、内容が魅力的であるだけでなく、とてもわかりやすいのですよ。

最近、ガリレオやファラデーの文献をあたっているときに、板倉聖宣が「ファラデー」について講演で語った文章を読みました。

ファラデーの収入や健康状態などを読むと、さらにファラデーのことが魅力的に思えてきました。
皆さんも読んでみませんか。
1991年夏「授業科学の方法論研究会(阿蘇)」で語られた内容です。
古いコピーがあったので、それを書き起こしました。読みやすくなる様に喜友名が少しだけ手をいれました。

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ぼくは、学生時代から〈アリストテレスはどうやって生活していたのか〉ということが気になっていました。
何故そんなことが気になったかというと、ぼく自身が、大学を卒業したらどうなってしまうのか心配だったからです。

ぼくは何かをして稼がないと科学者にはなれません。
アリストテレスみたいになるにはどうしたらいいか。
ガリレオみたいになるにはどうしたらいいか。

ガリレオは大学教授になりました。
大学教授になると食べていけると普通は思います。
しかし、大学教授になるのも簡単ではありません。
ファーブルは、師範学校を出て小学校の先生になりました。
しかし,小学校の先生より中学校の先生の方が収入が良いということで、検定試験で中学校の先生になって物理と化学を教えました。
ファーブルは、書いた啓蒙書が当たってたくさん売れました。
それで校長とけんかして、学校をやめて『昆虫記』を書いたのです。

ぼくはファーブルの収入調査もしました。
ヨーロッパでは収入によって人を差別する習慣があるので、日本よりヨーロッパの方が収入調査ができます。

江戸時代でも100万石しか1万石とか5万石とかの大名がいました。
◯◯石だとわかる、というのは収入調査の一種です。
明治時代には、渡辺敏が40円校長だと新聞に出たことがありました。
戦前は校長の月給が新聞に出ていたのです。
市町村の教育委員会が「今度はいい校長をいくらで連れてこよう」という事を決めていました。

ファラデーは面白い事があったから科学をしたのです。
そしてファラデーはお金を稼ぎすぎて体を壊します。
いくら稼いだかというと今のお金で年間に2000万円ぐらい稼いでいます。
2000万円も稼いでいるのですから、これは出世です。
でも体をこわしたので彼はお金を稼ぐことをやめました。
みんなは体をこわしたファラデーを心配して、アルバイトしなくてもお金が稼げるようにいろいろ援助してくれています。

そういう歴史を見ると、人間らしいファラデーが見えてきます。
天才ファラデーではなく「人間ファラデー」です。

ぼくたちも人間です。
ファラデーやえらい人は人間じゃないみたいに思うかもしれませんが、たのしい事が好きで、つまらないことが嫌いです。
みんな同じです。
私もファラデーだし、あなたもファラデー。
みんなファラデーです。

このように「ファラデーは私と同じ人間だ」という事になると研究の仕方がぜんぜん違ってきます。
「彼は天才だから不思議なことが考えられる」と思っていると、ファラデーの書いたものをみてもまともに読まないうちに「やっぱり天才だ」とすぐ言ってしまうでしょう。
「ファラデーは天才だ」と言ったら何考えなくてすみます。
でもファラデーは私と同じだ、としたら「ファラデーってこういう時にどんな事をかんがえるのだろう?」と考えるのです。

板倉聖宣はその後「わたしもファラデー」という本を書きました。
興味のある方は、ぜひどうぞ。
わたしも、その本をまた再度読みたいと思っています。

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