宇宙教材とたのしい教育|JAXAの教材もたっぷりあります!

 アポロ13号とジーン・クランツの話にとても興味をもって下さる方達がたくさんいる様で嬉しくおもいます。

 わたしの個人的な興味関心を超えて、「宇宙」は「たのしい教育・たのしい授業」を推進する大きなステージの一つです。

 数年前、たのしい教育研究所の強力な応援団の一人、遠藤純生先生(こちら)と沖縄 北谷のカレー屋さんで語りあった時、こういう話をしてくれました。

「きゆなさん、今度、理科の〈宇宙導入教材〉というのを作ったんだよ」
「遠藤先生、〈導入〉っていうのはもったいない気がします。メインでいきましょうよ」
「ま、いろいろあるからさ、まずきっかけとして〈宇宙〉を利用しようというのもあっていいと思っていてね」
「すばらしい。ぜひいろいろな教科に広がるといいですよね。家庭科の〈ミシン〉の授業でも、〈宇宙服を縫う〉というのはミシンですし」
「そうだね(^^ 」

遠藤先生が関わってたくさんの教材が開発されています。
興味のある方はぜひごらんください。
「算数」「社会科」「家庭科」「道徳」など、いろいろな教科が準備されています。

導入教材「算数・数学」
JAXA宇宙教育センター「教材をさがそう」→こちら

JAXA宇宙教育センター

「たのしい教育研究所」が、たのしい教育・たのしい授業を通して届けるのは
「力」と「知恵」と「笑顔」です!

熊本地震 熊本を中心とした震災と「たのしい教育研究所」

熊本で地震があった日に、メールマガジンに書いた文章です。

熊本で大きな地震がありました。
震度7というのは、かなり大きな揺れです。
はっきりとした数は出ていませんが、死者行方不明も出ているということですから、とても気になります。

幸い、東北大地震のような被害規模ではないようですが、少しでも被害が少なくて済むことを思っています。

熊本の地震

テレビを観ていると、東北大地震の映像に衝撃を受けてテントを背負ってボランティアに向かった時の感覚が沸々とこみ上げてきます。熊本に飛び立ちたい気持ちを抑えて、たのしい教育の普及に全力を尽くそうと思っています。

「たのしい教育」を推進することは、一見、災害とは関係のないようなことにも思えるかもしれません。
しかし人々を元気にし、笑顔を広げることですから、災害時にも元気に活動できる人たちを育てることでもあります。
そしてそれは賢い人たちを増やすことでもあります。

熊本の方達のことを思い、ますます元気に活動をすすめようと思う、今日この頃です。

たのしい授業・たのしい教育を通して届けたいのは
「力」と「勇気」と「笑顔」です!

「スピード・スライムもち」|ほんとに美味しい!|たのしい家庭科

最近、沖縄の清明祭(シーミー)で「スピード・スライムもち」を出したらとても喜ばれました、というメールが届きました。
「スピード・スライムもち」は第一回たのしい教育Cafeスペシャル講座「桜の季節のたのしい教育」でM先生が紹介したものづくりです。
簡単に紹介します。

1a.「電源OFF状態」のホットプレートにかたくり粉(大さじ4)と砂糖(大さじ2)と牛乳(200ml)を入れて、「木製」のへラ(木製のスプーンでもOK)で混ぜる

スピード・スライム

1b.大きめのお皿に、きな粉(大さじ4)と砂糖(中さじ1程度)を入れてまぜておく
→この皿に一口サイズのスライムもちが次々と運び込まれて、ここで丸くする作業をします! こんな感じ ↓

スピード・スライムもち

2.ホットプレートの電源をON(Maxで)して、木ベラで底をすくうようにまんべんなくかきまぜます。すると1分くらいで底から固まりができてきます
で,それを上の方にすくいあげる感じでまぜていきます。

3.次第に全体が固まりはじめますから、「全体が固まるまで待たず」に,部分的にとろっとしてきたところを木や金属製のスプーンで一口の大きさにすくって,皿にどんどん移していきます。皿の上では,モチにきな粉をからめながら転がしてまるくします。とろとろなのできれいな球状にはなりませんが、まんべんなくきな粉がつけばOKです。1bの写真

完成。
形は売られているおモチにはかないませんが、「味」は劣りません。これは、これまでたくさんの子ども達の評価ですから、確かです。

応用編として、ナッツ入りの「スライムもち」も簡単にできます。

スピードすらいむもち ナッツ入り

月刊 たのしい授業2016年5月号にも取り上げられています。
小さな島おきなわから、全国に発信する たのしい教育研究所です。
たのしい授業 たのしい授業 スピードすらいむ2 たのしい授業 スピードすらいむ

たのしい教育活動で届けているのは「力」と「笑顔」と「元気」です!

 

アポロ13号の事故|アポロ計画史上最大の成功!

 以前書いた「ジーン・クランツ」の記事の反響が続いています。→こちら

  前回の内容を補完する意味でアポロ13号の事故について少し書かせていただきます。

アポロ13号は1970年4月に地球を出発しました。世界初の快挙だったアポロ11号が1969年でしたから、その翌年のミッションです。

ちなみに月面へ向かったアポロ探査船は17号で幕を閉じます。1972年のことです。1969年の月面着陸成功からわずか3年でたくさんの月探査線を送ったことに驚ろくのではないでしょうか。

さてアポロ13号は、月に近づいた時に事故に見舞われます。
「2つ積んでいた酸素タンクが両方とも爆発でダメになり、三つあった燃料電池のうちの二つも昨日停止。二つある電力システムの一つもダメになる」という、

つまり、酸素供給と電力システムというライフラインが崩壊した状況で真空の世界にたった3人の宇宙飛行士が投げ出されたことになるのです。

まさに絶体絶命という状況です。

トラブルの中、どうやって彼らを生還させるのか?
アポロ13号に搭乗したジム・ラベルを含む三名の宇宙飛行士たちも見事でしたが、NASAのミッションコントロールでジーン・クランツを陣頭にした地上スタッフたちの、闘いも見事でした。

地上からの指示は、まず宇宙飛行士たちに本体を離れて小さな着陸船に移動してもらうことでした。

アポロ13

しかしその狭い場所ではすぐに二酸化炭素が充満してしまいます。それはつまり、飛行士たちは窒息してしまうことを意味します。

急遽、CO2の濾過フィルターの作成に取り掛かるのですが、そのシーンは、映画アポロ13号でも丁寧に描かれています。

地上と違って、宇宙船にある資材は限られています。

地上のスタッフが、船内にある「袋」や「紙テープ」や「箱」を利用して組み立てる実験をし、それでうまくいくことがわかると、アポロ13号の飛行士たちに伝え、同じものを組み立ててもらいます。まるで子どもが組み立てたおもちゃ箱の様なもので、窮地を脱するのです。

アポロ計画としては失敗したミッションでしたが、次々に見舞われる難題が襲う中、経験したことのない状況を不眠不休で、みごとに彼らを生還させた彼らの活躍は「アポロ計画史上最大の成功だ」とたたえられています。

興味のある方は、映画に加えて、
ヘンリー・クーパー・jr 著
「アポロ13号 奇跡の生還」新潮文庫をぜひ手にしてください。

電力システムが崩れたままですから、コンピュータ制御システムもうまく働きません。地上からコンピュータの命令コマンドを飛ばして、無事着水させるまで、息を飲むシーンの連続を記録した名著です。

アポロ13奇跡の生還

 

この写真は、実際のアポロ13号です。

アポロ13

そして、その着水を見届けて拍手を送るジーンクランツたちです。
(手を挙げた人の右で拍手している人物です)
アポロ13-管制室 宇宙のことを書き始めると、手が止まらなくなりますが、今回はこのへんで。

沖縄から、本格的なたのしい教育・たのしい授業を全国に発進する
「たのしい教育研究所」です!