歩くほどに楽しさが増える/バッタが松の葉を食べていた@沖縄昆虫野外観察図鑑

 先日、野山を歩いていると不思議な場面に出会った。これはツチイナゴ(バッタファミリー)かなぁ。タイワンツチイナゴの幼虫なのかもしれません。
 松の葉を器用に手で押さえて、もぐもぐと表皮を食べていました。

 人間がお菓子のポッキーを食べるみたいで、とても可愛い姿にみえました。

 表皮だけかじり取るように食べているのは、次第に自分の下のほうに松葉が降りていくことでわかります。
 まさに一心不乱に食べています。

 イナゴは「稲子」と書くこともあるくらいで、イネ科(イネファミリー)の植物を食べると言われていて、「松葉を食べる」と書いた文章に出会ったことはありません。

 実は松の葉も食べるんですね、まさかこの子だけが松の葉を食べるわけではないだろうから。

 周りにはイネファミリーの植物がいろいろあるので、食べ物がなくて松葉に手を出したわけではないでしょう。

 時間ができたら、イナゴをしばらく育ててみたいと思います。
 もちろん松葉を入れて。

 野山を歩いて心動かされなかったことはありません、自然は心のいろいろなチャンネルを開いてくれます。
 暑い日々でも野山ではたくさんの生き物たちがたくましく活動しています、みなさんも外を歩いてみませんか。

☆⭐︎⭐︎☆⭐︎⭐︎☆⭐︎⭐︎☆ たのしいbookレビュー ☆⭐︎⭐︎☆⭐︎⭐︎☆⭐︎⭐︎☆

沖縄の昆虫を調べる時の強力なツールが『東清二編著 沖縄昆虫野外観察図鑑 全四巻』沖縄出版1987年 です。35年以上前の図鑑とはいえ、これだけ充実したものはその後、出ていません。とはいっても、全てこれで解決するわけではなく、今回のバッタファミリーについてもしっかり同定することはできなかったのでwebを参照して「タイワンツチイナゴの幼虫かも」と書いたのですけど、まずはこの図鑑からスタートというのがよいでしょう。古本でも高めですけど、Amazonで入手できます⇨https://amzn.to/3LgsHpD

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「天体の授業が苦手です」という方へおすすめの授業/仮説実験授業『月と太陽と地球』/最新メルマガから

 読者の方から「天体が苦手です、子どもたちに興味を持ってもらえる何かよい授業プランがありませんか?」という相談が来ました。 ※今回の内容は最新メルマガからの抜粋です

 小学校高学年の先生だったので、紹介したのが仮説実験授業の授業書『月と太陽と地球』です。

 始まりの部分を紹介します、皆さんも一緒に予想してみてください。

 その第一問目は「こういう月は実際に見ることができるでしょうか?」という問題です。

 たとえばこういう月の形をみなさんは見たことがあるでしょうか?

 子どもたちにきくと「あるある」とか「マンガに出てきてた」とかいろいろな意見が出てきます。

 こんな月はどうでしょう?


 ドリームワークスのロゴにも利用されていますね。

Aくん「ドリームワークスくらいの巨大企業が、実際には存在しない月をロゴにするかなぁ~」
Bさん「いやいや、アニメーションだからさ…」
Cくん「スピルバーグのドリームワークスだよ、〈ジュラシック・パーク〉とか、あれだけ科学的な根拠をもとに作品を作ることができる会社が、トップのロゴに、存在しない月は使わないでしょ」
Dさん「それ言ったら月で釣りしている少年自体おかしいでしょ!」
 これは私の脳内討論です。

 この月の形にも意見がいろいろ出てくると思います。
 
 みなさんは「あり」「なし」どちらでしょう?

 そうやって月の変化を眺めていくと、けっこうワクワクしながら月を見ることができると思います。

 子どもたち(もちろん大人も)が、どういうことに興味関心をもってくれるか、それをみつけて問いかけることが重要なキーになります。
 その点、仮説実験授業の授業書はほんとうによくできています。
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〈入り口〉的なもの、低学年から使えるものとしたら板倉先生の絵本「北斗七星と北極星」がおすすめです。
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長野県の教育の伝統②板倉聖宣の講演から@たのしい教育の見方・考え方〈後半〉

 板倉聖宣先生(仮説実験授業研究会初代代表/元日本科学学会会長/たのしい教育研究所 初期から支援者)の話の続き、長野県教育の泰斗〈渡部敏〉についてのです。未読の方は一つ戻ってお読みください。

 今でも教研集会などで実験をする人はほとんどいませんね。

 僕はある時、日本科学教育学会というところで話をした時に実験道具を持って行って、実験をして話したのですが.「ああ、実験道具を持って来て話をしてもいいのか!?」と言う人がいてビックリいたしました。

「科学教育では実験が大事だ!」とさんざん言われてきました。

 その〈全国教育者大集会〉でも「実験が大事だ大事だ!」という人がいるにもかかわらず、実験器具を持って来ない。

 日本人は「実験器具を持って来てもいいよ」と上からいわれないと持って来られないんですね…お上の思想に毒されております。

 それにもかかわらず渡辺さんは日本最初の教研集会に実験道具を持って行って見せようと張り切っておりました。

 しかし、そこには宮様が来ることになっています。
「宮様に水がかかったら大変だ」ということで実際には出来ませんでした。

 その集会では長野県代表と石川県代表が特に激しい対立をしました。
 何が大きな対立になったかというと「教育は国家的であるべきか、あるべきでないのか」ということについてでした。

 石川県代表は「国家的であるべきは当然」という論陣を張りました。それに対して長野県代表は「そうではない。教育は民衆の希望によって徐々に進展すべきものだ」と主張したのです。

 石川県は

「教師が家庭訪問をして、学校に子どもを出すように運動をすべきだ」

と主張したのですが、渡辺敏さんたちは

「そんなことはしてはいけない。教師は学校で授業をすればいいのだ。今多くの人たちが学校に子どもを出さないのは、経済的に豊かでないからだ。出せないのだ。それを無理して出させてはいけない。民衆が豊かになればおのずと学校に子どもたちを出すようになる」

という議論を展開したのです。

 長野県は江戸時代に小さな藩がたくさん集まった県です。

 石川県は加賀百万石の大藩でした。

「なんでも国家的に画ー的に考える」という石川県に対して「バラバラがいいのだ」ということを主張したのが長野県です。

 これは非常に対照的であります。

 その後、長島県は教育県として有名になりますが、その渡辺さんは信濃教育会の創始者の一人であります。

 渡辺敏の弟さんを浅岡ー(はじめ)さんといいますが、長野師範学校の校長として来て、この人が確か初代の信濃教育会の会長であります。

 渡辺さんは長野市の、はじめは長野町でしたが、長野町のあらゆる学校の校長でありました。今では考えられないことですが、長野長の全ての学校の校長ということは教育長と同じととです。

 実際に教育長と同じ役割を果たしました。

 自分が「こういう学校があるといい」と思うと勝手に作ってしまう。

 後で予算処置をさせるということで、今より遥かに自由に振舞って、1930年に亡くなるまで大変ユニークな仕事をしてまいりました。

 この渡辺敏さんの伝記については、「かわりだねの科学者たち(仮説社)」という私の本に詳しく書いてありますが、その本の半分ぐらいは渡辺敏さんの話になっております。

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 私は長野にそういう伝統があるのをうらやましく思います。

 ここまで

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長野県の教育の伝統①板倉聖宣の講演から@たのしい教育の見方・考え方〈前半〉

 10年くらい前の〈たのしい教育メールマガジン〉の発送法の章を読んで「沖縄の教師を派遣するとしたら〈長野県〉がいいのに」と考えていたことを思い出しました。

 板倉聖宣先生(仮説実験授業研究会初代代表/元文科省教育研究所室長/たのしい教育研究所 初期から支援者)が2003年に長野県塩尻で「子どもにつけたい本当の学力・生きる力とは」と題して講演した内容を読んでからです。
 私が感動した部分を紹介した中から、今回は長野県教育界の泰斗「渡辺敏 ※わたなべ びん、わたなべはやし 両方の呼び方あり」について書き抜きましょう。

渡辺 敏(読み)ワタナベ ビン/ハヤシ

明治〜昭和期の教育家 長野高等女学校校長

 

 

板倉でございます。
 今日は「子どもにつけたい本当の学力・生きる力と」と言ったテーマで話をしろということで出てまいりました。
 今、ご紹介ありましたように、私は1年半ほど塩尻(長野県)に住んでおりました。
 私が塩尻に住んでいたのは戦後まもなくではなくて、戦争中でございます。

 東京の空襲で焼け出されてここに来たわけです。

 ここが両親の出身地と言うわけではなくて、兄貴がこの塩尻にありました軍事工場に勤めていましたので、そとに緊急追灘をしたというわけです。

 だから地元の方々をまったく知らないというほどで、戦争中・戦後の食糧難の時代を迎えましたので大変困難な生活でありました。

 もちろん私たちの家族に田畑はないのですが、林を切り開いたところにジャガイモを植えて、それが「全滅」になったりして、そういう経験の中で私は農業に対する興味をすごく持ちました。

 私の本で一番売れた『ジャガイモの花と実』というの本があるのですが、それはこの塩尻でジャガイモをつくってほとんど惨敗した経験を元にしております。

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 何となく私が大学教授であると勘違いしてしまう人もいるようですが、私は大学教授であったことは一度もありません。国立教育所の所員で、私のように勝手なこと言うような人はいませんから、きっと国立教育研究所だけではなくて、大学教授だろうと思われるのですね。

 実際に私は国立教育研究所に入っても、かなりの間「大学に転出したい」と思っておりました。

 しかし、それがかなわぬ内に〈仮説実験授業〉というものを提唱いたしまして、それ以降は国立教育研究所に腰を据えて研究をすることにいたしました。

 何しろ大学では講義をしなければなりませんが、国立研究所では朝から晩まで研究していていいのです。


 国立教育研究所ではほとんと研究テーマを押し付けられることないのですけれども.「何を研究していいのか分らない」という段階の方が大部分ですから、そういう人たちは押し付けられることを期待して、なんとなく上から押し付けられたのではないようなテーマで研究をしておりました。

 私は自分のやりたいことがありますので、それだけをやっておりました。

 私は〈仮説実験授業〉を提唱して以来、仮説実験授業以外の、私自身が「意嫌がない」と思える研究は一切しておりません。

 雑用的なものは年間で10時間程度です(笑)。
 後は私自身がやりたいことをやってまいりました。

 そういうことで、ここ塩尻には1年半ほど住んだこともあって、懐かしいというので、特に「来たい」と思いました。

 実は学力問題については、少し前に松本にある教育研究所から講演を依頼されておりましたが、それを断っております。

 なにか「学力低下問題というテーマで話をしろ」ということだったのですが、その頃に「学力低下問題」がかなり大声に叫ばれるようになっていて、それに乗ったような形でシンポジウムをやるような感じだったのですが、私は〈学力低下問題〉の議論が気に入らなかったので、主催者側に詳しく様子を聞いたのですが、ますます気に入らない。

 とくにシンポジウムの同席者に明らかに学力問題なんか研究もしていないし、危機感も持っていない人がいることが確かめられたものですから、「それでは私は絶対に行かない」と行きませんでした。

 その代わりということでもないのですが、こちらに参ったしだいです。

渡辺敏(はやし)という人

 私は塩尻に住んだというだけではなくて、長野県にはかなりの親近惑を持っております。また、民教連というところにも親近感を持っております。

 私は研究者として日本の科学教育や理科教育の歴史から、さらに教育全般の歴史の研究をしてまいりましたけども、その中で特に長野県の方が大きな比重を占めていることが分ってまいりました。

 昔、こには渡辺敏(ビン/ハヤシ)という人がいたのですが、みなさんはご存知でしょうか?

 この人は幕末の維新の戦争の時に、今の福島県の二本松の藩土で、その時に命拾いをして、官立の東京師範学校を経て、長野の大町の小寺椴の校長さんをやっていた方です。

 この人のことは講演の内容に多少とも関係がありますので、もう少しお話しますと大町で自由民権運動に参加しました。

 それから《一瓶百験》という、一つのビン(フラスコ)で100もの実験をするということを始めました。

 1890年(明治の23年)、その年に、日本で始めて全国的な教育研究集会が聞かれました。
 この年は私ども年配の人聞にとってはきわめて象徴的、民主年号です。〈教育勅語〉が発布された年なのです。

〈全国教育者大集会〉という名前ですが、いわば文部省としては新しく総選挙が行われたりするので、教員を文部省の方にもっていきたいと思ったのでしょう。

 文部省関係者が中心になって、今で言えば教研集会のようなものが聞かれました。その時に渡辺敏さんは長野県代表として出席しました。

 そこでー瓶百験の実験をしようと考えたのです。

つづく

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