(質問)自動車はいつ誕生したでしょう? アイディアの生まれる自由度・民主主義 × たのしさ・熱意 ②

 前回からの続きです、手違いで、下書き途中の原稿が二時間くらいアップされていたようです、すみません。読んだ方もいるかもしれませんけど、それからいくらか手を加えているので、読み直していただければと思います。
 日本では他の力を利用して移動するときの主なものが駕篭(カゴ)だった時代、ヨーロッパでは自動車が誕生していました。

駕籠 wikipediaより

 その差はなんだったのでしょう?

 日本人の能力が劣っていたという考えあるでしょう。

 欧米には〈○○民族は優等で○○は劣っている〉という優勢主義思想も見受けられますから、かつては民族による能力差だと考えた人たちもいるでしょう。

 あるサイトには、こういう内容が記されていました。

「産業革命、技術革命が起こった西洋と対照的に、日本は鎖国に代表される様に、外国から先端の技術・知識などが入りにくかった。それによって西洋と大きな差がついた」

 そうなると論点がぐるぐる回っていきます、ではなぜ、産業革命や技術革命が起こったのか? なぜ鎖国したのか?

鎖国-長崎・出島 wikipediaより

 つまりなんらかの要因が西洋の産業革命・技術革命、日本の鎖国を生んだと考えると、もっと根元のところを考えてみる必要があります。。

 みなさんもいろいろな要因が浮かんだことでしょう、それぞれが大切な視点だと思います。

 わたしは二つあると考えています。

民主主義を基盤とする〈自由〉つまり、上下の立場で発想が制限されるのではなく、いろいろな立場の人たちが自由にものごとを考え、そのアイディアを周りに伝えることができる社会であること

それがベースで

そのことを、たのしく熱意をもってすすめることができる人々が増えていくこと

だと考えています。

 ヨーロッパも王様とか法王とか臣民・庶民など立場の違いはたくさんあったでしょう、それでも日本ほどではなかった。庶民もたくさんのアイディアを周りの人たちに伝えることができた。
 それらの積み重なりがとても大きな差をうんだのでしょう。

 明治になって、そのしばりが解けていく中で、日本も世界の中で次第に頭角を現しはじめました。昭和期にはアメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルによって「ジャパン アズ ナンバーワン-アメリカへの教訓/1979年」という本がでるほど、世界の中で日本の経済的・社会的成功を象徴するフレーズが広く用いられるようになりました。〈ジャパン アズ ナンバーワン Japan as Number One 〉というのは「ナンバーワンとしての日本」という意味です。


 日本のSONYがアメリカ大手の映画会社コロンビア・ピクチャーズを買収したのは、それから10年後です。

 自由な発想でいろいろなアイディアを出し合える土壌、そして、たのしく熱意を持って行動する人たちが増えていく中で、日本が世界最先端の国々の中に入ることができたのでしょう。

 とすると、現在の日本の停滞はどうしてか、それを突破するにはどうしたらよいのか、をテーマに話をすすめなくてはいけません。

 が、それはいずれメルマガのテーマとして残しておきたいと思います。

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仮説実験授業の授業書の変化球-実験中

 仮説実験授業という画期的な授業があります、たのしい教育研究所を強く応援してくださった〈板倉聖宣先生:仮説実験授業研究会初代代表・元文科省教育研究所室長〉が開発した授業方式です。

 板倉先生に「仮説実験授業の問題を二、三問取り出して〈自分の考えを語ることが苦手な子どもたち〉に実施してみたいのですけど」と相談したことがあります。
「きゆなさん、そういう実験はそれなりに価値があるかもしれないけれど、その時には〈仮説実験授業〉とはいえないから、そう言わないでやるんだよ。仮説実験授業は一連の問題やお話などを連続的にやる必要があるから」と返してくれました。
「仮説実験授業とはいえない」というのは、ダメな授業だということではありません。数問実施しただけでは仮説実験授業が提唱する効果が得られない、ということです。

 私は仮説実験授業暦40年です、いつの間にかかなりのベテランの仲間に入りました。教師時代の年間授業書実施回数は少なくても週数時間、多い時には20時間を越していましたから、累積すると全国的にみても上から数えた方が早い方でしょう。その私の経験を活かして〈自分の意見を伝える〉ことをテーマに実験的にプログラムを作って、何人かの先生に試してもらっています。

 気に入ってくれた先生たちが、授業書を手にして《仮説実験授業》を実施してくれる様になることも、目標の一つです。

 結果がハッキリしてきたら広く紹介していきたいと考えています。

 仮説実験授業の問題はたのしく、自分の頭がどんどん動いていきます。
 いくつか問題を経験していくうちに、「こういう意見をいいたいな、いえるかもしれないな」そう感じてくれる子どもたちが増えていくというのが私の予想です。

 それもまた〈意見をいうたのしみを味わうプログラム〉として十分価値のあることだと思っています。

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板倉聖宣の発想〈森鴎外〉と〈脚気〉と〈論争で真理は決まらない〉ということ/たのしいブックレビュー「模倣の時代(板倉聖宣著)」

〈たのしい教育メールマガジン〉に書いて反響がいくつも届いた記事を紹介します、板倉聖宣(仮説実験授業研究会初代代表、元文科省教育研究所室長)が著した大河小説「模倣の時代」に絡めて、脚気と森鴎外の関係をもとに真理を追求する方法について語った内容です。《論争で真理を決めてはいけない》という迫力ある話です。では何で真理を決めたらいいのか?
 読者の皆さんはどう思いますか?

 私の書籍解説が気に入ったという方もいたので、まず私のブックレビューから引用します。

いっきゅう
「模倣の時代(上下)」 
 板倉聖宣執筆の小説
明治以後、日本は欧米を徹底的に模倣し発展してきた。
しかし日本特有の病気である〈脚気〉は欧米に例がなく、日本人が創造性を発揮して解決しなければならない大きな課題であった。
ドイツのコッホから最新の細菌学を学んだ森鴎外は「脚気は〈脚気菌〉によって起こる感染症である」という予想をたてたが結果的にそれは間違っていた。
一方、堀内利国らは「栄養素が不足して起こる」という予想を立て、実験的に「麦飯を食べることによって脚気が予防できる」と明らかにした。
かなり時を経てから〈脚気はビタミンB1欠乏症だ〉と解明され、堀内利国らの研究の原理的な正しさがはっきりしたが、森鴎外を中心とする東大医学部系の医学者たちは、それらを無視し反撃を開始する。
 当時、森鴎外は陸軍軍医のトップであり、その間違った医療方針の結果、日露戦争ではロシア軍との戦いによる死者数より脚気によって死亡した兵士の数が上回った。
 明治期の医療史をテーマに、模倣と想像のダイナミックな歴史を描いた快作。

 追記:日露戦争時の戦死者⇨日露戦争の陸軍の脚気患者は25万人、うち2万8千人が死亡。 戦死者の総数は4万7千人であるから、銃弾の犠牲者を越えている。
https://www.city.shirakawa.fukushima.jp/page/page005750.html

板倉聖宣

 WOWOWの番組で、そのことに関連して語ることになるのですけど、メルマガでは、明治の前、江戸時代、脚気の治療に正しい予想を立てた人がいたか、という話から始まります。全文ではなく、メルマガの一部のみの紹介になります、ご了承ください。

 1740年に脚気の治療に関わる論文があって、大阪と江戸で「脚気は恐い病気じゃない」という感じになった。 ※いっきゅう補足:明治は1868年なので約130年前前のこと
 それでもダメなんです。

 将軍が脚気になって死んじゃうしね。

 それがまたここで堀内利国の監獄の問題をきっかけに復活したんです。

 天皇まで支持したんです。

 それでもまた日本全体としてはダメでした。

 森鷗外が「自分が責任を負わない」ということでがんばったんですよ。恐ろしいのは「科学者は信用できない」ということです。科学者は半分は官僚なんだよ。官僚だから責任を取らないんだ。そういう科学者を信用する政治家がたくさんいる、これは恐いね。
 たとえば「臨時脚気病調査会」では、脚気の問題で一番責任のある森鷗外を会長にしちゃうんだからね。責任を取らせようと思ったら飛ばせばいいんだね。責任を取らせる人を会長にしたら、
責任を取らないように工作するわけだ。「科学者は客観的に研究するだろう」と思うから、そういう人を平気で会長にするでしょ。
 その当時の総理大臣や、陸軍大臣とか天皇とかがそういう連中に責任を取らせようとするけども、その連中はごまかす。だから「科学者は信用してはいけない」というんだ。
「真理は実験で決まる」ということをはっきりしなきゃいけない。

 論争で決めるようなやり方、つまり多数決で真理を決めるようなやり方をしてはいけないんです。

 

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仮説実験授業の書籍の寄贈から-板倉聖宣の科学論-楽しい理科

 先日、たのしい教育研究所の関係者を通じて、仮説実験授業の書籍の贈呈がありました。かなり古く貴重な叢書もあります。

 今回はこの中から〈授業書集成1磁石〉の中の板倉聖宣先生(仮説実験授業研究会初代代表・元文科省教育研究所室長)の文章を紹介しましょう、下の写真の中ほどの本です。

 こういうところから板倉聖宣が科学の本質的な改革を目指していたことがわかると思います。

第 1 章 授業書〈磁石〉のねらい

 磁石は,小さな子どもでも容易に取扱うことができ,しかもその性質が新奇で実用的にも役立ち,小さな子どもの興味をひきつけることができるために,これまでもしばしば科学教育のもっとも初期の段階の教材としてとりあげられてきた。
しかし,19世紀後半以後の物性物理学や工業技術の発展は,当然のこととして磁石の科学教材としての意義にも大きな影響をもつにいたっている。ところが筆者の知るかぎり,これまでの磁石教材の取扱い方は,磁石という新奇な人工的産物をいじくりまわさせるというにとどまり,表面的な興味本位の断片的な知識の教育にすぎなかったように思われる。もちろんなかには,磁石を材料として「科学的な態度・考え方を育成しよう」とした人々もあった。しかし,それらの人々も「磁石教材というものはいかなる点で日常性をこえた科学上の概念を必然のものとするか」ということについて十分反省するところがなく,したがってその「科学的な態度」とか「考え方」というものも事実を「くわしくしらべる」とか「比較して考える」とかいう,日常的な考え方の延長にすぎず,多分に観念的なものにとどまっていたといってよいであろう。そこで筆者は,磁石教材についてその教育的意義を全面的に検討しなおして,磁石教材を全面的に再編成することが必要だと考えた。本論に示す授業書〈磁石〉の内容が,従来の磁石教材の内容といちじるしく異っているのはそのためである。

板倉聖宣 

 小さな足取りではあっても、たのしい教育研究所も教育の本質的な改革を目指しています。

 おかげさまで着々とアクセス数を伸ばしてきています、応援よろしくお願いいたします。

 

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