理想をかかげて妥協する@楽しい教育の発想法 『新哲学入門/仮説社』

 〈たの研〉の設立当初から強く応援してくださった師の板倉聖宣(元文科省教育研究所室長/元日本科学史学会会長仮説/実験授業研究会初代代表)から学んだことはいくつもあります。

 初期の〈たのしい教育メールマガジン〉で書いたものです。

「理想を掲げて妥協する」ということ 板倉聖宣
新哲学入門 p180から
                      

 私が私なりに築いてきた人生論的な教訓の一つに
「理想を掲げて妥協する」
という言葉があります。

 

 「理想のためにガムシャラに頑張る」という考え方とは違った生き方を示す言葉です。
 私は小さいときから
「理想というのは妥協を許さないものだ」
と教えられてきたような気がします。
「理想というのは、いつでも貫き通さずにはいられないものだ。そうしなければ理想の意味がない」と教わったような気がします。

 そこで、私も少しはそのように頑張ろうとしたことがあります。
 しかし、そういう生き方をしようとすると、すごくくたびれるのです。

 たとえば、「科学的な生き方をする」というのが私の理想の一つでした。
 そこで、私は「非科学的なものとは非妥協的に闘わなければならない」と思いました。

 私はなんでも徹底的にやらないと気がすまないところもあるので、反科学的な迷信はもちろん、非科学的な宗教も認めたくありませんでした。

 しかし、人々が迷信に左右されているのをいちいちチェックしていたら大変です。それに、宗教的行事の一つひとつに反発していたら、これまた大変です。

 それでも私は「自分の思想に忠実に生きたい」と思い、自ら「無神論者」と称して、そういう問題をあまり気にしていない大人たちに反発を感じたものでした。

 でも私のように、徹底的に生きていこうとしたら大変なのは明らかです。
 そこで、多くの大人たちは、社会のしきたりに大幅に妥協して生きていくことを余儀なくされたことは明らかです。

 私も、自分が大人になるにつれて、そのことを理解しないわけにはいきませんでした。そこで私は「自分の思想は思想として、他人の考えも認め、多くの人々と妥協して生きていくことが大切だ」ということを認めるようになりました。

 

 こういうと「そんなのは誰もがやっていることで、ことさら新しい考えでもなんでもない」といわれそうです。

 たしかにそうです。

 しかし、私はこれまで理想と妥協をセットにして考えて生きるといったものに出会ったことがありません。

 そこで私は、若い人々に対して「理想を掲げて妥協する」という生き方の重要性について語るようにしました。
 すると、かなり多くの人々から喜ばれたので、改めて「これまで多くの人々が私と同じように、理想と現実との間にはさまって、どう考えたらいいか戸惑っていたのだなあ」と思い知ったものでした。

 「理想を掲げて妥協する」というのは、そんな言葉は知らなくとも、実際に多くの人々がやっていることです。
 しかし「はっきりとそのことを自覚して行動するのと、自覚しないで行動するのとでは、まったく違うところがある」ようです。

 

 たとえば、私は
「大きな数は234,567などと三桁区切りで書くよりも、23,4567などと四桁区切りにしたほうが読みやすくていい」
「昭和とか平成などという元号は、年代がわかりにくいから西暦で書いたほうがわかりやすい」
と思います。
 そこで「できることならみんなに四桁区切り、西暦表示にしてほしい」と思っています。
 これも、私のちょっとした〈理想〉のひとつなのです。
 しかし、いくら私がそう思ったところで、世の中の人々はなかなか西暦表示や四桁区切りにしてくれません。

 仕方なしに、現実と妥協しているのですが、
「妥協をしつつも理想を守る」
「理想を実現できるチャンスがあったらどしどし実行する」
という気持ちで生きていると、けっこう四桁区切り、西暦表示を実行することができます。

 たとえば、私自身が「編集代表」となっている『たのしい授業』(仮説社)という教育雑誌では、数表示は四桁区切りを通し、西暦表示にしています。自分たちで決めて差し支えのないことは、自分の理想通りに実現できるからです。

 世の中には、私と同じように「数字は四桁区切り、西暦表示が便利だ」という意見の持ち主は少なくありません。ところが、それなのに、部分的にも四桁表示、西暦表示がなかなか広がらないのは不思議なことです。

 元号法制定のときにはそれに反対した歴史学者でさえ、自分の著書の奥付を元号表示にしていることが少なくありませんが、これはどうしたことでしょう。

 法律がどうであるにせよ、自分の著書ぐらい元号を使わないで西暦表示する自由はあるはずなのです。
 多くの人々は「自分の理想がそのまま現実化しない」ことを知って、理想を忘れてしまったように思われてなりません。

 私だって公務員ですから、「元号法」の手前、公式文書だけは元号で書かないと法律違反に問われることもあるわけですが、自分たちの編集・発行している雑誌などは公式文書ではないのですから、そこまで妥協する必要がないわけです。
 
「理想を掲げて妥協する」というのは、「妥協せざるを得ない事情が支配するところでは妥協する」ということであって、「理想を捨てる、忘れる」ということではありません。

自分の理想にばかりこだわっていると摩擦が大きくなりすぎるときは妥協し、「妥協しなくてすむような条件下では、日頃の自分の考え、理想をどしどし実現する」ということなのです。
多くの人々はそういう考え方ができないように思われてなりません。

「理想を掲げて妥協する」
 みなさんの生き方にも関わってくるものかもしれません。

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原因追求症候群/問題・課題を楽しく解決「OPTIONS」

先日の楽しいワークショップ OPTIONS で「原因追求症候群」の話をしました。多くの人たちの心に新しい視点が芽生えたようです、少し紹介しましょう。

※

「原因が特定できてよかった、これで解決」となる問題が在るのか?

たとえば〈医療〉ではどうか?

歯が痛い
原因:甘いものを食べて歯をちゃんとみがいてなかったからです、原因がわかってよかったですね。
ではさようなら!

ないない。

体調が悪い
原因:血圧が高くなっているせいです、原因が特定できました、
ではさようなら!

ないない。

 対人関係でも同じです。原因を特定したけれど、それでどうなるものでもない。
 なのに私たちは〈成績が落ちた原因は?〉〈クラスが落ち着かない原因は?〉とやっている…

「あなたがあがり症なのは、小さい頃、親にピアノの練習を強いられて、発表会で失敗した時ののしられたからです。原因がわかってよかったですね、ではさようなら」

で何が解決するの?
しかもそれが本当の原因なのか、はなはだ怪しい。

良い手がありますよ。

PEAL心理学/OPTIONSの基本は「原因ではなく目的・目標をさぐる」ことです。
原因:隣の子と気が合わない
目的・目標⇨ 一人で過ごしたい/穏やかに過ごしたい/仲間に入れてもらいたいetc

 こんな流れです。

 原因追及症候群の人たちが溢れる中で、PEALカウンセリング・ORTIONSの方法は重要なテーマを投げかけていると思います。

 学校や家庭でも、起こった事例の原因を追求してどうどうめぐりする中、前に進み始めるのが「目的は何か?」を整理していくことです。

 興味のある方はご連絡ください、4名程度集めていただければコースを開催することができます。OPTIONS自体は4回コースです、その入り口だけでも使えるので1回コース(3.5時間程度)の開催も可能です。ひとり親世帯、経済的に支援が必要な方たちのグループなど、費用等はご相談に応じます。気軽にご相談ください。

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「部活動の地域移行」とたのしい教育/部活動の地域移行(地域展開)の改革推進期間が最終年度@読者の方からの質問

 読者の方から「行政は部活動を地域に移すといいながら自分たちの周りではぜんぜんそういうことが見られない、どう考えるか」という趣旨のたよりが届きました。これにも応えなきゃと考えながら、少し時間が過ぎてしまいました。たのしい教育の視点で書いてみましょう。
「自分と部活は間暇系ない」と考えている保護者、先生、広く教育に関わる方たちにも関係することだと思います。

※

「子どもたちの数が減ってきたので部活の維持が難しい」という理由が部活動改革の理由のトップで、教師の働き方改革はその後ろに来ているのですけど、教育現場の様子をみていると、管理職からの部活指導の強制は違法だという闘いがいろいろなところで起こっていることがもっと強い動脈になっていることは間違いないと思います。https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/008/479/r060124_setumei2.pdf

 そうやってすすんできた部活動の地域移行(地域展開)の改革推進期間が2025年度が最終年度だといいます。質問の方は、すすまない改革の中で管理職から部活を強制されて困っているのかもしれません。

 たのしい教育の視点でみると
・こうしますからこうしてください
という強制的画一的な方向ではなく
・論理的に納得できる選択肢を提示して実験的にすすめる
ことが大切だと考えています。

 部活をやりたい先生も一定数います。

 たとえばそういう先生たちが、部活の指導をする勤務外の時間と労力を、勤務時間内で引いてあげるシステムがあれば、部活指導を選ぶ先生たちが増えてくると思います。

 放課後の指導と土日の指導時間と労力を換算して、たとえばその先生は学校勤務日を2日減らすとする。

 すると「本当に部活を指導しているのかどうやって管理するのか」「指導時間とイコールな引き算をしなくてはいけないのか」「給与はどうする」「事故の時の保証はどうする」etc. いろいろな反論が出てきます。

 そういうところに知恵を使うわけです。それは、行政にいる有能な方たちにはそう難しくない課題でしょう。

 地域への移行が「今はこういう時代だからこうすることになりました」的なものではなく、実験的・選択的なものとしてすすんでいくことが大切です。

 それは、子どもたちの教育についても言えることです。
 学校だけでなく家庭でも「うちの子は野球をさせて甲子園に行かせる」的なものではなく、実験的・選択的なものですすめる。

 実は会社経営もそうです、農業もそうです。科学的な法則にさからって実験・選択しても逆らうのは無理ですから、実験的に明らかにされた流れの中で新しい実験・選択をすすめていく。

 社会はそうやって豊かで優しい姿にすすんでいけるでしょう。

 さらに詳しくは、いずれメルマガで書くことになる話だと思います。発想法に興味のある方は、お申し込みください。
 おかげさまで〈たのしい教育メールマガジン〉は教師だけでなく、不登校の我が子とつきあう目的で保護者の方たちも読んでくれたり、文筆の道にすすみたいという方や、会社員の方たちにも購読してもらっています。気軽にお問い合わせください。

 

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「楽しい日本」というキーワード/具体的にどうするのか?

 石破首相の所信表明演説で「楽しい日本」というキーワードが出たというので〈たの研/たのしい教育研究所〉の周りが少し騒がしくなってきました。首相が言うのですから「面白おかしい」ではなく『本質的な楽しさ』の向きに向かってほしいものだと思います。

 心配なのは、トップの意向を忖度した人たちが、楽しさを強制するようになっては元も子もありません。「学校の授業を楽しくしなさい」とか「日々の仕事を楽しくしなさい」と強要したら、現場は混乱して反作用が生じます。最近の記事でも書いたように、楽しさと強制は相容れないものです。

 こういうようにすると、たのしくなるのではないか、というように、いろいろな人たちがチャレンジしやすい状況を作ってくれるなら、すばらしいことです。

 授業内容の細かい縛りや時数の細かい管理をゆるめて、才能ある先生たちが、それぞれのアイディアを元に、自由に授業できるチャンスを広げていくことは大切です。

 そもそも教科書は「主たる教材」であって〈必ず使わなくてはいけない〉わけではありません、授業の目標を捉えているなら〈他の教材を利用すること〉も可能です。

 数年前に「教科」となった〈道徳〉に関連した質問で「教科書の取り扱い」についいて、ある校長先生がシンプルに答えてくれています。

 教科書は、主たる教材とされています。ですから、基本は教科書を使って授業を行うことになります。けれども、必ず毎時間教科書を使うとか、教科書に載っている教材は残すことなくすべて授業で扱うとかいう縛りはありません。-小学館が運営しているサイト〈教育技術〉
https://kyoiku.sho.jp/20767/

 そういう具体的な自由度を知らずに先輩教師が見せる授業の後追いをしていく若い先生たちがたくさんいると聞きます。

 先生たちを明治期と同じレールの上で走らせるのではなく、その魅力的な才能を開花させる方向にすすめてほしいと心から願っています。

 教師として長年「たのしい教育」を目指してきた力あるメンバーが創った〈たの研/たのしい教育研究所〉にはその具体的な方法が山ほどあります。

 これまで管理職や行政の方たちからの相談に答えてきた具体的な方法が、いろいろな処に広まってくれるなら、こんなに嬉しいことはありません。

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