2023春の講座〈出会いも別れもたのしい教育〉講座事務局より

みなさん、こんにちは。

新しい一年がスタートしましたね。ちらほら桜の花びらが顔を出してきました。
今年もスタッフ一同、「子どもたちの笑顔」をイメージしながら教材づくりなどたのしく進めていきます。今年もよろしくお願いします。

さて、学級の子どもたちと過ごす時間もあと3ヶ月。思い出に残る日々にしていきたいですね。毎年大好評の「春の講座」のお知らせです。

 

ー受講した次の日に同じようにたのしく授業できますー

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 2023年 春の講座
出あい も別れも たのしい教育
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子ども達が笑顔になり「もっとこういう勉強をしたい」と感じてくれる、それがたのしい教育です。別れそして出会いの「春の季節」をたのしい教育で「先生に受け持ってもらってよかった」と感じてもらえる、思い出になる授業をしませんか。それは教師にとっても心に刻まれるものになるはずです。これまでたのしい教育研究所〔RIDE〕の講座に参加したことがない方たちも、クラスでそのまま真似て実施できる様にプログラムしています。
参加人数には限りがあります、お早めにお申し込みください。
 
日時:2023218日(土) 9:20受付/ 9:30~12:50
会場:石川青少年の家 大研修室(建物2階)※高速石川インターより約5分
対象:教育関係者に限らず、たのしい教育に興味関心のある方
 小学生以上なら子どもと一緒の参加も可能です(子どものみの参加はできません)
参加費 大人3000円、RIDE会員(本人のみ)2700円、学生(大・高)2500円 子ども(小・中学生)1600円 子どもは大人とペアで教材1set
★早割り:2/4()17:00まで  大人2700 円,RIDE会員2400,学生2200円、子ども 1400円
持ち物等:筆記用具、マスク、飲み物、教材持ち帰り用のバッグ、動きやすい格好で
  〜 予定プログラム〜
①みんなで仲良くゲームプラン
② パーティーでもりあがる〈クイックちんすこう〉づくり
③出会いと別れを彩る〈ものづくり〉
④思い出にのこる読み語り
⑤いっきゅう先生の〈思い出に残るたのしい教育授業書〉
⑥たのしい教育教材の紹介 他
★ お問合せ 090-1081-7842 (平日 18:00まで)申し込み★★ 下記QRコード、URLからhttps://forms.gle/FaVjS5AwTPfKVebo8
メールからも可能 ⇨office@tanoken.com
件名に「春の講座申し込み」と書き ①名前 ②所属(会社・団体・学校学年など)③ 電話番号(緊急連絡に利用) RIDE会員の方は「RIDE会員」と明記して申し込みください(週1回のメルマガが届いている方は会員です)※受講の可否メールが研究所から3日以内に届きます、届かない場合はお電話ください

講師代表:いっきゅう先生(喜友名 一)たのしい敎育所所長。アメリカNASAと連携し宇宙に滞在中の〈若田光一宇宙飛行士〉と地上を結んだ教育イベントを成功させ、自らも1000人近くの参加者に一斉授業するほか〈たのしい教育〉の第一人者として活躍。マスコミにも多数取り上げられている。学校教師を早期退職し「たのしい教育研究所」を設立。県内だけでなく全国そして海外を飛び回る。国や県との連携、医師会の要請で副読本を作成するなど幅広く活動中。

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寺田の寅さん〈寺田寅彦〉/楽しいブックレビュー 寺田虎彦〈チューインガム〉/もう一人の〈寅さん〉寺田寅彦/楽しい学習・楽しい学力・楽しい教材・楽しい学力向上・私の寅さん

 忙しくなって読書量は激減したとはいえ一時期より明らかに増えてきました。わくわくドキドキ系から科学系哲学系まで幅広くたのしんでいます。気に入りの作家の一人は〈寺田寅彦〉、100年くらい前に活躍した人物ですです。

wikipediaから引用校正してみましょう。https://ja.wikipedia.org/

寺田 寅彦/てらだ とらひこ
1878年明治11年)11月28日1935年昭和10年)12月31日
日本の物理学者随筆家俳人。吉村 冬彦(1922年から使用)、寅日子、牛頓(ニュートン)、藪柑子(やぶこうじ)の筆名でも知られる。高知県出身(出生地は東京市)。

東大物理学科卒。熊本の五高時代、物理学者田丸卓郎と、夏目漱石と出会い、終生この2人を師と仰いだ。

東大入学後、写生文など小品を発表。

以後物理学の研究と並行して吉村冬彦の名で随筆を書いた。

 随筆集に『冬彦集』(1923年)など。

 何ヶ月か前、DVDで〈フーテンの寅さん〉を観た日に〈寺田寅彦随筆集〉を読んだことがあって「あ、寺田寅彦も寅さんだな」と気づいたことがありました。

 時代のもつ背景と写真がとても貴重だった状況が重なって寺田寅彦は難しい人物に映るかもしれません、でも寅彦のエッセイなどに出てくる真剣な遊び心、誠実さ、人好きなところ、不器用なところetc. 私にとって寺田寅彦も親しみを込めて〈寅さん〉です。

 フーテンの寅さんはたくさんの名言を残しています、たとえば

何て言うかな、ほら「あ-生まれて来てよかったなって思うことが何べんかあるだろう」
そのために人間生きてんじゃねえのか

第39作「寅次郎物語」(1987)

 寺田の寅さんも名言をたくさん残しています、有名どころは

天災は忘れた頃にやってくる

 弟子の中谷宇吉郎が朝日新聞 1938年7月9日 第7面に「天災は忘れた頃に来る。 之は寺田寅彦先生が、防災科学を説く時にいつも使われた言葉である。そして之は名言である」と書いてとても有名になりました。

 ということで今回は寺田の寅さんのエッセイの話です。

〈たのしい教育メールマガジン〉に寺田寅彦「茶わくの湯」という作品を詳しく紹介して、その抄編をこのサイトにも載せたことがありました。

たのしい読書案内「科学絵本 茶わんの湯」寺田寅彦 窮理社2,200円 学校の図書館に一冊!

 寺田の寅さんの紙の本もたくさん持っているのですけど、出先とかポッと空いた時間が読書タイムになるので電子書籍Kindleで読むことが多くなります。

 以前紹介した〈茶碗の湯〉のとなりがチューインガムです。

 寺田の寅さんの〈チューインガム〉という短めのエッセイがあって、私の手元にある全集では、先に紹介した〈茶碗の湯〉のとなりに収録されています。

 100年くらい前にすでに日本にチューインガムがあったことに知的好奇心がゆれ、ガムの歴史を調べてみました。それはいずれ書くとして、エッセイはこうはじまります。もうすでにチューインガムに対して良いイメージがないのだろうという書き出しです。

 銀座を歩いていたら、派手な洋装をした若い女が二人、ハイヒールの足並を揃えて遊弋(ゆうよく)していた。そうして二人とも美しい顔をゆがめてチューインガムをニチャニチャ噛みながら白昼の都大路を闊歩(かっぽ)しているのであった。

 

 読んでいくと、寺田の寅さんは、実はアメリカの税関でチューインガムをニチャニチャ噛んでいる職員にカバンの底の底まで徹底的に探られたとのこと。

(アメリカに)上陸早々ホボケンの税関でこのチューインガムの税関吏のためにカバンを底の底まで真に言葉通り徹底的に引っくり返されたのであった。これが、ついちょっと前に港頭にゆる有名な「自由の神像」を拝して来た直後のことなのである。
 カバンは夏目先生からの借りものであった。先生が洋行の際に持って行って帰った記念品で、上面にケー・ナツメと書いてあるのを、新調のズックのカヴァーで包み隠したいかものであった。その中にぎっしり色々の品物をつめ込んであった。細心の工夫によってやっとうまく詰め合わせたものを引っくら返されたのであるから、再び詰めるのがなかなか大変であった。これが自分の室内ならとにかく、税関の広い土間の真中で衆人環視のうちにやるのであるからシャツ一つになる訳にも行かない。実際に大汗をかいて長い時間を費やした後に、やっと無理やりに詰め込む事が出来たのであった。

 カバンに入れたものをひっくり返されて、その後それを詰めようにも詰められなくて焦ったところも目に浮かんでくる様です、ちなみに私も同じような経験が何回かあります。

 日本への土産にドイツやイギリスで買って来たつまらない雑品に一つ一つ高い税をかけられた。その間に我が親愛なる税関吏はみなくチューインガムをニチャニチャ噛みながら品物を丹念に引出し引っくら返しては帳面に記入するのであった。アメリカ人にしても特別に長い方に属するかと思われるこの税関吏の顔は、チューインガムを歯と歯の間に引延ばすアクションのために一層長く見えるのであった。

 顔の長いその職員の顔がチューインガムを噛む仕草でさらに長く見えたというところなど、笑えます。

 寺田の寅さんはアメリカの入管でよほど頭にきたのでしょう、「日本人もチューインガムの流行で生理的心理的にアメリカ人に近付いていってしまい、日本魂も消滅してしまうのではないか」と心配したりします、おいおい。

 チューインガムの流行常用によってその歯噛みの動作の反応作用から日本人が生理的並びに心理的にだんだんアメリカ人のようなものに接近して行くというようなことはあり得ないものか。そういう日が来れば我国の俳諧は滅亡するであろう。

 そうして同時に日本魂もことごとく消滅してしまうであろう。こんな極端な取越苦労のようなことまで考えさせられるのである。

 日本の著名な科学者の中でとてもよい文章を綴る人をあげると、寺田の寅さんはそのトップ集団にいます。いろいろな人たちが寅さんの文章に親しんでくれることを期待しています。

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月暦・太陰暦〈元日〉あけましておめでとうございます/楽しい学習・楽しい年賀状・楽しい教材・楽しい学力向上

 一つ前の記事の続きです、未読の方は戻ってお読みくだい。太陰暦・太陽暦について整理しています。

 明治6年に日本が太陽暦に変わる前、日本では〈太陰太陽暦〉を利用していました、旧暦とも呼ばれています。
 月の満ち欠け、潮の満ち引き具体などがわかり、季節の変化にも対応できるカレンダーです。
 

 たのしい教育研究所は太陰太陽暦で、関係する皆さんにご挨拶をしています。

  年末の忙しさの中、やっつけ仕事の様に年賀状をおくることにためらいを感じ、失礼に当たらない方たちへは〈旧暦での年賀〉という方法をとったのは、私が教師を退職する前からで、20~30年続いていると思います。

 これが2023年の年賀状の画像部分です、もちろんここでは画像加工してあります。

 文字部分がよくわからないので、一部、加工前に戻してみましょう。


 以前「こんなにたくさんの笑顔があふれる年賀状は他ではみないです」という嬉しいたよりが届いたことがあります。
 今年もそう感じてもらえたら嬉しいです。

 このサイトの読者のみなさんにも、とてもお世話になりました。

 太陰暦(太陰太陽暦)2023年もよろしくお願いいたします。

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月暦・太陰暦〈元日〉あけましておめでとうという前に/楽しい学習・楽しい年賀状・楽しい教材・楽しい学力向上

 たのしい教育研究所では基本的に〈太陰暦:太陰太陽暦〉で新年のごあいさつをしています。今年もスタッフが心をこめて、応援してくださる方たちに年賀状を送ってくれました。

 今年2023年の太陰暦正月は1月22日(日)です。

 このサイトでもみなさんに丁寧にご挨拶したい問い考えています、その前に〈太陰暦と太陽暦〉のお話をさせてください。いずれ〈たのしい教育研究所の授業書〉としてまとめようと考えているものの一つです。

月の動きを元にした暦(太陰暦)

 現在の暦・カレンダーは地球が〈太陽〉を一年かけて一周する動きを中心にして作られています、太陽暦といいます。
 それに対して〈月〉の満ち欠け〈満月から次の満月まで〉の長さを元にしたものが〈太陰暦〉です。

※NASAのサイトより

 今の様に夜の照明がほとんどないかった頃、月の明かりはとても貴重でした。

 満月が近づくと夜でも足元を照らしてくれます。遅くまで外で仕事をすることができるだけでなく、お祭りをすることもできます。

 海の水も満月と新月の頃に〈大潮〉になります。
 遠くまで潮が引き、海岸でいろいろな生き物をとることができます。
 満潮の時には海岸近くまで大きめの魚が寄ってきます。

 そういうことを知るためにも月の満ち欠けを元にしたカレンダーはとても便利でした。

「では太陰暦のままがよいのに」と考える人たちもいるでしょう。

 けれど多くの国々では月の満ち欠けではなく地球が太陽を一周する長さを元にした〈太陽暦〉を採用しています。

 太陰暦では何か困ったことがあったのでしょうか、太陽暦に優れているところがあったのでしょうか。それとも大した理由はなくそうなったのでしょうか。 

 みなさんはどう思いますか。

太陽の動きを元にした暦(太陽暦)

 現在、多くの国々では太陽暦を採用しています。

 地球は太陽をぐるぐる回っています。
 一周してくる長さが一年で、その一年を12に分けてカレンダーを作ったのが〈太陽暦〉です。

 夜の月明かりや大潮・小潮などはわからなくても、季節の変化にはピッタリなのが太陽暦です。日本など北半球にある国々では太陽の光が斜め下側から差し込む角度の時、下の図で右側の位置にある時は地面の温まりが弱く〈冬〉の季節になります。太陽に顔を向けてたくさんの光の矢が地面に突き刺さると強く温まり〈夏〉の季節になります、下の図の左側の地球です。春夏秋冬の季節をカレンダーで知るには太陰暦がピッタリです。

※NASAのサイトより

太陰暦を続けていくと

 月の満ち欠けの周期は約29.5日です。
 満月から次の満月までを12回繰り返すと〈354日〉、本来の太陰暦でいくと太陽暦より11日短くなります。〈去年の12月は雪が降っていたのに、今年の12月は紅葉の頃だ〉というくらいの季節のズレがなので、まぁそのくらいはいいでしょう、と感じるかもしれません。

 けれどそれが続いていくとどうなるか?

 三年で太陽暦より33日早くすすみます、たとえば〈去年の11月は初雪の頃だったのに、今年は紅葉が始まる頃だ〉、十年で3ヶ月以上早くなるので〈去年の11月はずいぶん寒かったのに今年の11月はとても暑いぞ〉となるでしょう。

 どんどんズレていって、30年で半年程早まります、60年経つと60年前と同じくらいの季節がと一致するでしょう。

 季節の変化は暑い寒いだけでなく〈植物の収穫〉とも強く関わります。
 タンカン(下写真:wikipediaより)の収穫は1月ごろだ、マンゴーの収穫は7月ごろだということも太陽暦なら去年と同じ様に判断できます、月を元にした太陰暦だと無理です。

 動物たちにとっても〈暖かい寒い〉という季節の変化は重要です。

 渡り鳥が来る頃も、セミがなく頃も季節と一致します。「去年と同じ頃にセミが鳴きはじめた」とか「去年より4日早く渡り鳥がやってきた」いうことも太陽暦ならわかります。

 季節の変化にどんかんな生き物たちは絶滅していったでしょう。

 沖縄だと「そろそろ台風に気をつけないといけない季節になるぞ」ということもわかります。

 太陰暦のままだと、月の光の強さや大潮小潮などはわかっても、季節の変化を元にして「去年と同じ◯月◯日頃にはこれこれ」という様なことはわからなくなってしまいます。

 やはり太陽暦がよい。

どっちのよいところもとる

 季節の変化が大事だから太陽暦にしようという中で「それでも月の満ち欠けや潮の満ち引きも知りたいという」欲張りなことを考えた人たちもいました。そしてそういう欲張りが社会を発展させることもあります。

 現在〈太陰暦〉と呼ばれているものは、その両方のよいところをあわせた「太陰太陽暦」がほとんどです。

 太陰暦は太陽暦の一年より11日短いと書きましたが、その11日を〈閏月/うるう月〉としてプラスして一年を13ヶ月にして、できるだけ季節がずれない様に工夫したのです。
 〈季節のズレが大きくなったら閏月を入れる〉という荒削りな方法をとっているので、ある時は春3月の後に閏3月を加えたり、暑い7月に閏7月を加えたりしていました。
 季節の変化にピッタリ合わせた太陽暦に、その点では勝てないのですけど、それでも決定的なズレは生じないようになっています。

 世界には今でも月の動きを元にした太陰暦を利用している国々があります、中国もその一つです。

 けれどそれらの国々でも純粋な太陰暦ではなく季節がずれないように調整した〈太陰太陽暦〉がほとんどです。

さて我が日本のこと…

 日本が太陽暦にしたのは明治6年になってからです、国のシステムをつくる手本にした西洋の国々にならってのことです。

 江戸時代のカレンダーを旧暦と呼ぶことがあります。

 それは純粋な太陰暦(季節がずれていく)だったのでしょうか?

 それとも太陰太陽暦だったのでしょうか?

 みなさんはどうだったと思いますか?

 つづく

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