忙しくなって読書量は激減したとはいえ一時期より明らかに増えてきました。わくわくドキドキ系から科学系哲学系まで幅広くたのしんでいます。気に入りの作家の一人は〈寺田寅彦〉、100年くらい前に活躍した人物ですです。
wikipediaから引用校正してみましょう。https://ja.wikipedia.org/
寺田 寅彦/てらだ とらひこ
1878年(明治11年)11月28日 – 1935年(昭和10年)12月31日)
日本の物理学者、随筆家、俳人。吉村 冬彦(1922年から使用)、寅日子、牛頓(ニュートン)、藪柑子(やぶこうじ)の筆名でも知られる。高知県出身(出生地は東京市)。東大物理学科卒。熊本の五高時代、物理学者田丸卓郎と、夏目漱石と出会い、終生この2人を師と仰いだ。
東大入学後、写生文など小品を発表。
以後物理学の研究と並行して吉村冬彦の名で随筆を書いた。
随筆集に『冬彦集』(1923年)など。
何ヶ月か前、DVDで〈フーテンの寅さん〉を観た日に〈寺田寅彦随筆集〉を読んだことがあって「あ、寺田寅彦も寅さんだな」と気づいたことがありました。
時代のもつ背景と写真がとても貴重だった状況が重なって寺田寅彦は難しい人物に映るかもしれません、でも寅彦のエッセイなどに出てくる真剣な遊び心、誠実さ、人好きなところ、不器用なところetc. 私にとって寺田寅彦も親しみを込めて〈寅さん〉です。
フーテンの寅さんはたくさんの名言を残しています、たとえば
何て言うかな、ほら「あ-生まれて来てよかったなって思うことが何べんかあるだろう」
そのために人間生きてんじゃねえのか第39作「寅次郎物語」(1987)
寺田の寅さんも名言をたくさん残しています、有名どころは
天災は忘れた頃にやってくる
弟子の中谷宇吉郎が朝日新聞 1938年7月9日 第7面に「天災は忘れた頃に来る。 之は寺田寅彦先生が、防災科学を説く時にいつも使われた言葉である。そして之は名言である」と書いてとても有名になりました。
ということで今回は寺田の寅さんのエッセイの話です。
〈たのしい教育メールマガジン〉に寺田寅彦「茶わくの湯」という作品を詳しく紹介して、その抄編をこのサイトにも載せたことがありました。
寺田の寅さんの紙の本もたくさん持っているのですけど、出先とかポッと空いた時間が読書タイムになるので電子書籍Kindleで読むことが多くなります。
以前紹介した〈茶碗の湯〉のとなりがチューインガムです。
寺田の寅さんの〈チューインガム〉という短めのエッセイがあって、私の手元にある全集では、先に紹介した〈茶碗の湯〉のとなりに収録されています。
100年くらい前にすでに日本にチューインガムがあったことに知的好奇心がゆれ、ガムの歴史を調べてみました。それはいずれ書くとして、エッセイはこうはじまります。もうすでにチューインガムに対して良いイメージがないのだろうという書き出しです。
銀座を歩いていたら、派手な洋装をした若い女が二人、ハイヒールの足並を揃えて遊弋(ゆうよく)していた。そうして二人とも美しい顔をゆがめてチューインガムをニチャニチャ噛みながら白昼の都大路を闊歩(かっぽ)しているのであった。
読んでいくと、寺田の寅さんは、実はアメリカの税関でチューインガムをニチャニチャ噛んでいる職員にカバンの底の底まで徹底的に探られたとのこと。
(アメリカに)上陸早々ホボケンの税関でこのチューインガムの税関吏のためにカバンを底の底まで真に言葉通り徹底的に引っくり返されたのであった。これが、ついちょっと前に港頭に聳ゆる有名な「自由の神像」を拝して来た直後のことなのである。
カバンは夏目先生からの借りものであった。先生が洋行の際に持って行って帰った記念品で、上面にケー・ナツメと書いてあるのを、新調のズックのカヴァーで包み隠したいかものであった。その中にぎっしり色々の品物をつめ込んであった。細心の工夫によってやっとうまく詰め合わせたものを引っくら返されたのであるから、再び詰めるのがなかなか大変であった。これが自分の室内ならとにかく、税関の広い土間の真中で衆人環視のうちにやるのであるからシャツ一つになる訳にも行かない。実際に大汗をかいて長い時間を費やした後に、やっと無理やりに詰め込む事が出来たのであった。
カバンに入れたものをひっくり返されて、その後それを詰めようにも詰められなくて焦ったところも目に浮かんでくる様です、ちなみに私も同じような経験が何回かあります。
日本への土産にドイツやイギリスで買って来たつまらない雑品に一つ一つ高い税をかけられた。その間に我が親愛なる税関吏は止みなくチューインガムをニチャニチャ噛みながら品物を丹念に引出し引っくら返しては帳面に記入するのであった。アメリカ人にしても特別に長い方に属するかと思われるこの税関吏の顔は、チューインガムを歯と歯の間に引延ばすアクションのために一層長く見えるのであった。
顔の長いその職員の顔がチューインガムを噛む仕草でさらに長く見えたというところなど、笑えます。
寺田の寅さんはアメリカの入管でよほど頭にきたのでしょう、「日本人もチューインガムの流行で生理的心理的にアメリカ人に近付いていってしまい、日本魂も消滅してしまうのではないか」と心配したりします、おいおい。
チューインガムの流行常用によってその歯噛みの動作の反応作用から日本人が生理的並びに心理的にだんだんアメリカ人のようなものに接近して行くというようなことはあり得ないものか。そういう日が来れば我国の俳諧は滅亡するであろう。
そうして同時に日本魂もことごとく消滅してしまうであろう。こんな極端な取越苦労のようなことまで考えさせられるのである。
日本の著名な科学者の中でとてもよい文章を綴る人をあげると、寺田の寅さんはそのトップ集団にいます。いろいろな人たちが寅さんの文章に親しんでくれることを期待しています。
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