たのしい国語 〈菅原道真〉さんが気になって/社会と国語を融合された授業の展開

 先週、たの研の近くのリバーサイドパークの梅が満開を迎えていたので写真を撮りにでかけました。虫たちを探しながらのとても気持ち良い時間になりました。

 華やかさは桜が上かもしれません、でも梅もとてもキレイな花です。

 梅の花をみると〈菅原道真〉のことを思い出してしまいます。

 平安時代、学者でありながら天皇に次ぐ右大臣の位置に上り詰めた人物です。〈学問の神様〉といわれたり〈天神様〉と呼ばれたりしています。

 和歌に詳しいわけではないのですけど、梅の花を詠んだ和歌で最も有名なものが菅原道真の句だと思います。

東風吹かばにほひおこせよ梅の花

 あるじなしとて春な忘れそ

 和歌にも堪能な道真は、本来〈漢学者〉ですぐれた漢詩も数々残しています。
11歳の時にすでに漢詩を作ったというのですから、すごいものです。今でいうと五年生くらいです。これがその漢詩です。

月夜見梅花」(月の夜に梅花を見る)
月耀如晴雪(月の耀くは晴れたる雪の如し)
梅花似照星(梅花は照れる星に似たり)
可憐金鏡轉(憐れぶべし 金鏡の轉じて)
庭上玉房馨(庭上に玉房の馨れることを)

 政治的にナンバー2の位置に上りつめながら、道真の晩年は悲しいものでした。

 天皇をないがしろにしているとして、突然、太宰府に左遷され、子ども達も流刑に処されています。

 とはいえ本人は太宰府でそれなりの暮らしをしていただろうと思っていたら左にあらず。あばら家で床が落ち、雨が漏れて衣服を濡らし、大切な書物を損じた。垣根も崩れたまま、自身も胃を病み、病気にも悩まされている、という状況だったとのこと。2年後には命を終えてしまいました。

 ライバルたちにあらぬ罪をでっちあげられて悲惨な最後を遂げたという説が有力のようですけど、いずれにしても、天皇に才能を認められ重用され最高位までのぼりつめた道真は本来的に学者であり優等生であったのでしょう、生馬の目を抜く政治の世界を渡っていくことはできなかったという流れでみることができると思います。

 先にあげた和歌「東風吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」は、罪を咎められ京都から左遷される時、庭の梅に

春風が吹いたら、匂いを、この地(京都)から、左遷させられる太宰府までとどけておくれよ。主人(私)がいないからといって春が来たのを忘れないでくれよ

と詠んだ歌です。

 遣唐使を廃止したのも道真です。
 平安時代の歴史では天皇がどうしたとか藤原氏が栄華を誇ったとかいう話が多くて、国語では〈源氏物語〉とか〈古今和歌集〉、〈伊勢物語〉などが主になるのだけど、菅原道真の人生を通して社会と国語を融合された生き生きとイメージできる教育プログラムができないかなぁ…

 さらに調べてみようと思います。

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たのしい算数・数学の問題/たのしい教育メールマガジン最新号から/楽しい学習・楽しい学力・楽しい教材・楽しい学力向上・楽しい算数・数学

 最新メルマガの授業の章に書いた〈たのしい算数の問題集〉の一つの問題にさっそくいくつも反響が届いています。

100円玉(下)の円周上から離れない様にもう一つの100円玉(上)をぐるりと一周させます。上の100円玉は何回転するでしょうか?

という問題です。

 知っている人もいるかもしれません、そういう人ももう一度考えてみてくれませんか。

⬇︎

予想してからね

⬇︎

 同じ100円玉同士ですから円周の長さはピタリと一致します。
 当然1回転することになりますよね…

 ほんとうでしょうか?

 やってみましょう。

実験

ここからスタート

時計回りに回転しはじめたところです

あれ、真横に来た段階で回る側の100円田は半周(180度)回っています

そろそろ真下まできました・・・

真下に来た段階で回る側の100円玉は一回転しました

右半分は回り終わって左側の回転に入ります

 さっきと同じ様に左半分で180度回転し

 そろそろ真ん中の100円の円周上を一周します

これで一回りしました、回っている100円玉は二回転したことになります

答えは〈2回転〉です

 これは簡単に実験できるので自分でもやってみるとよいでしょう。

 ところで、同じ100円玉なのに、回る方はどうして2回転することになるんでしょう、おかしくないですか?

 しばらくたのしめると思いますよ。

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〈不自由〉が広げる自由/寺田の寅さんが伝えてくれたことをもとにして/大切なことは自由・不自由より「たのしく学ぶ」こと/楽しい学習・楽しい学力・楽しい教材・楽しい学力向上・古を訪ね新しきを知る

 私が寺田の寅さんと呼ぶ「寺田寅彦」の文章は読めば読むたびに新しいことを発見して教えられることがたくさん出てきます、今日はその話。

 板倉先生が仮説実験授業を創出した当時の「自由と束縛」の話を読んで腑に落ちたことの一つが「束縛があってこそ自由に考えることができる」という話でした。作文でも〈自由に書いてください〉と言われると何をどう書いてよいか困る子どたちがたくさんでる、〈最近、家族に喜ばれたこと〉という制限を加えると書ける子ども達が増えてくるという話。

 寺田の寅さんはその何十年も前〈ラジオ雑感〉という題して「最近、とても便利なラジオという機械がでてきたけれど…」という流れでにこういう話を書き残してくれています。

 聞きたいと思う音楽放送がたまにあると、その時刻にちょうど来客があって聞かれないような場合がかなりに多い。

 来客がない時はまた何かに紛れて時刻をやり過ごし、結局聞かれない場合もかなりに多い。

 もしも、これが、どこかへ演奏会を聴きに行くのだと、来客は断れるし、仕事は繰合せて、そうして定刻前には何度も時計を見るであろう。

 しかしこれがラジオであるために、こういうことになるのである。

 つまりあまりに事柄が軽便すぎて(※便利になりすぎて)事柄の重大さがなくなるのであろう。

 パチリと一つスウィッチを入れさえすれば、日比谷公会堂の演奏、歌舞伎座の演技が聞かれるからである。昔の山の手の住民が浅草の芝居を見に行くために前夜から徹夜で支度して夜のうちに出かけて行った話と比較してみるとあまりにも大きな時代の推移である。

 しかしそういう昔の人の感じた面白さと、今のラジオを聞く人の面白さとの比較はどうなるかそれは分からない。
 同じようなことは外にもある。教育でも機関が不完全で不便な時代に存外真剣な勉強家が多くて、あまりに軽便に勉強の出来る時代にはまた存外その割に怠け者が多いようなものである。キリシタンを禁じた時代の宗教の熱心さと、信仰の自由を許されて後の信徒の熱心さとの比較でもそうである。自由を許したとて、信徒の数にしても決してそう驚くほど多くはならないのである。

ラジオ雑感1933から

 「便利になれば便利になるほど、その世界に浸る、没頭する人たちが出てくるかとおもうけれど、案外そうでもないものだ」という話は、本がデジタル化されたら便利になってどんどん読書人口が増えていくかと思ったらそうでもなかったという現状にも繋がっているのでしょうか。

 英語の参考書や教材がどんどん増えれば英語に堪能な人たちがどんどん増えていくかというと、福沢諭吉や夏目漱石など不自由な中で努力した人たちの中に熱心に英語学習に取り組む人たちがたくさんいたということなのかもしれません。

 つまり「昔は不便だったけれど、それがよかった」という話です。

 著名人に多い様に感じるのは、このあたりで思考停止してしまう人たちがほとんどだということです。政治家の中にもかつての日本の教育はすばらしかったと主張する人たちもこういうところに力を置いて主張しているのでしょう。

 ここからが大切なところです。

 ではインターネットがなくなればもっと熱心に調べ物をしたり学んだりする人たちが増えていくのか?
 そんなことはない。

 便利な状況というのは広くいろいろな人たちに知識を広げるために大切なこと、で知識が一部の人たちのものではなく一般の人たちに開かれていることは社会全体が発展していく時に決定的に重要なのです。

 膨大な法律の中からピンポイントで、今の自分の状況に関わる法律を探し出すことができる、判例を調べたり法律家の見解を知ることができる。

 机の中に残っていた病院からの処方薬を〈胃薬〉なのか〈抗生剤〉なのかネットで調べることができます、間違って使う危険も捨てる無駄も減ります。

 寺田の寅さんの中には「たのしく学ぶ」という発想がなかったので、それ以上考えをすすめることはなかったのでしょう。
 調べたり読んだり学んだり鑑賞したりetc. 便利な状況が増えていけばよいのではなく、基本になるのは「たのしく学ぶことができる人たちが増えていくこと」だからです。

 それによって、かつては個人の味を削る様な努力が必要とされていたものについても、たとえば徹夜続きで学んだり、借金をして学んだりすることなく、いろいろな人たちが学べる様になります、かつての人たちの努力の分を、さらに深い学びに持っていくこともできる。
 そうすれば社会は停滞せずに発展していけるでしょう。

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月暦・太陰暦〈元日〉あけましておめでとうございます/楽しい学習・楽しい年賀状・楽しい教材・楽しい学力向上

 一つ前の記事の続きです、未読の方は戻ってお読みくだい。太陰暦・太陽暦について整理しています。

 明治6年に日本が太陽暦に変わる前、日本では〈太陰太陽暦〉を利用していました、旧暦とも呼ばれています。
 月の満ち欠け、潮の満ち引き具体などがわかり、季節の変化にも対応できるカレンダーです。
 

 たのしい教育研究所は太陰太陽暦で、関係する皆さんにご挨拶をしています。

  年末の忙しさの中、やっつけ仕事の様に年賀状をおくることにためらいを感じ、失礼に当たらない方たちへは〈旧暦での年賀〉という方法をとったのは、私が教師を退職する前からで、20~30年続いていると思います。

 これが2023年の年賀状の画像部分です、もちろんここでは画像加工してあります。

 文字部分がよくわからないので、一部、加工前に戻してみましょう。


 以前「こんなにたくさんの笑顔があふれる年賀状は他ではみないです」という嬉しいたよりが届いたことがあります。
 今年もそう感じてもらえたら嬉しいです。

 このサイトの読者のみなさんにも、とてもお世話になりました。

 太陰暦(太陰太陽暦)2023年もよろしくお願いいたします。

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