何で化石が生きているの?/最新のメルマガから@たのしい理科

 最新のメルマガ『たのしい教育研究所の日々』の一コマとして載せた記事にさっそくいくつかのお便りが届いています。

 その項を紹介しましょう。

 教師を退職して自治会長さんをやっている友人Mさんから

「いっきゅうさんシーラカンスの魚拓もらう?」

という話があって

「もちろん」

と応えたのが先週のこと。


 今週Mさんがそれを手に〈たの研〉に顔を出してくれました。

広げてみたらタタミ一枚くらいの大きさのシーラカンスの魚拓です。

シーラカンスは「生きた化石」として知られる深海魚です。

子どもの頃〈生きた化石〉という言葉を聞いて私が感じたのは大きな違和感です。

「どうして化石が生きてるんだ、おかしいでしょ!」

 読者の方の中にも、その時の私の感覚を共有する人たちもいるのではないでしょうか?

ということで〈生きた化石〉という言葉について少し説明しましょう。

 もともとシーラカンスはヨーロッパ・アフリカ・アジアなどいろいろなところで化石が発見されていて、恐竜たちより古い時代に生きていた生物として知られていました。
 ところが今から90年くらい前(1938年)に生きて泳いでいるシーラカンスが南アフリカで発見され、大騒ぎになりました。

 その後、いろいろなところで見つかっています。
 これもその一つです、ダイビングのサイトにあった写真を参照させていただきます。

https://oceana.ne.jp/oversea/56153 に感謝して

 シーラカンスは恐竜より前の時代から生きてきて、恐竜絶滅後もほぼ姿形を変えずに、種を保持し続けてきました。

 そういう意味で〈生きた化石〉と言われるようになりました。

それより「絶滅せず恐竜より長く生きてきたシーラカンス」というのはどうでしょう。
 もっといいアイディアがあったら教えてください。

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高村光太郎研究@たのしい読書の日々

 高村光太郎が東北の自然を描写した随筆が好きで、ここでもいくつか取り上げてきました。興味のある方は検索してみてください。

 研修などで出る時には、少し無理して光太郎ゆかりの地を訪ねてきました。

 これは光太郎さんが住んでいた岩手県大田村山口にある高村山荘にいった時、手に入れた本の一つです。

 光太郎が山口に疎開した5月15日を記念して毎年その日に「高村祭」が開催されていて、その第30回(1987年)を記念してまとめられた冊子です。

 光太郎さんが書いたものはかなり活字になっているので読むことができます。
 光太郎さんと交流のあった方たちが綴ったものはとても新鮮で、光太郎さんの人となりをかなりふくらませてくれます。

 この「謝辞」もとても貴重です。

「宮沢清六」という名前で気づく人は少ないかもしれません、宮沢賢治さんの弟です。
 光太郎が頼ったのが岩手にいた清六さんと賢治のお父さんの政次郎さんでした。
 こういう文章を綴っていたんだと、しみじみと読ませてもらいました。

 おそらく沖縄で持っているのは私くらいでしょう。

 ちょうど、高村山荘の近くにイチョウの葉が落ちていたので、それをしおりにしています。


 秋の夜なが、一稿ずつゆっくり味わっていこうと思います。

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絵本で楽しく島言葉『だれかなぁ』みやにし たつや

読み語りプロデューサー ひな先生から 絵本の紹介と、島言葉の楽しみ方が届きました、紹介しましょう。     

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おすすめの本
『だれかなぁ』
    みやにしたつや 作・絵  (すずき出版) 1320円
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今回もたのしい絵本を紹介しますね。

タイトルからもわかるように、それが何かあてっこをする絵本です。

保育園の小さい子から小学校低学年まで、とても喜こんでもらえる絵本です。

木の後ろから体の一部をちょっとだけ出していているのをみて

「木の後ろにいるのはだれかな〜?」ってあてっこしていきます。

 しっぽがくるんとまいたピンクのおしり、くろいつばさ、しましまのにょろっとしたしっぽ、しろいあたまにまっくろのおみみ、ながーいおはなの・・・

 子どもたちは絵を見てすぐわかるので得意になって答えてくれます。

 カンタンカンタンと思っていると・・・

 最後の場面は「よるになりました・・・なにかひかっています・・・」

 なに?
 私も間違ってしまいました。

 ぜひ絵本を手に取って、子どもたちとたのしんでみてください。

 ところで、このシンプルでたのしい絵本を、〈たの研〉がひろめている「楽しくしまくとぅば」の取り組みで使おうと思いました。

 先生たちのワークショップでよんでみたら!

「だれかなぁ?」は「たーやがやー」
「あれれ」は「(ありあり」でどうかな。
「みえてるよ」は「みーゆんどー」

先生たちに好評でした。

 大切な沖縄の文化のしまくとぅばは、絵本を利用してもたのしめることがわかったので、この方法でプログラムをつくってみようと思います。

 たのしみにしていてください。

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楽しい文学研究:『高村光太郎』が過ごした小屋

 テレビで高村光太郎の話をしていました、このサイトでも何度か書いた、好きな随筆を残してくれた作家(彫刻家であり文筆家、書家)です。

 光太郎さんのことをあまり詳しく知らない頃、光太郎さんが岩手花巻で過ごした小屋を残しているという記念館を訪ねたことがありました。

 サイトにある高村山荘はこういう建物です。「こんな立派な小屋に住んでいたのか、さぞかし村の人たちがたくさんお金を出して建ててくれたのだろう。あるいは父親の高村光雲の遺産で建てたのか・・・」

 そう思っていたら、それは実際に光太郎さんが住んでいた7坪ほどの小屋を守るために外側に兜のようにして建てられたものでした。

 「山の秋」「山の雪」「山の春」などを読んで、その小屋は山の中に建てられたものだろうと考えていたら、そこは山のふもとの平たい場所で、後ろに小山があるところでした。

 光太郎さんのことをいろいろ調べていると、不思議に思うことがいくつも出てきます。

 なぜ東京生まれ東京育ちの光太郎さんが花巻の田舎で不便な暮らしに入ったのか?

 一般に、第二次世界大戦中に戦意高揚の詩を書いたことを悔いてと言われています。こういう詩です ※ある詩の一節

天皇あやふし。

ただこの一語が

私の一切を決定した。

子供の時のおぢいさんが、

父が母がそこに居た。

少年の日の家の雲霧が

部屋一ぱいに立ちこめた。

私の耳は祖先の声でみたされ、

陛下が、陛下がと

あえぐ意識はめくるめいた。

身をすてるほか今はない。

陛下をまもらう。

 それがどうもしっくりこないのです。
 それもあったでしょう。
 けれどそういう懺悔の日々から「山の春」「山の秋」「雪の冬」といった作品が生まれてくるのだろうか・・・

 東京の空襲で住処のアトリエは焼け、花巻に疎開した光太郎は、終戦後もそのまま花巻で暮らそうと決心したというのが本当のところではないのかな。

 一般には〈1914年、光太郎31歳の時、智恵子と結婚〉と記されているけれど、その時、2人は結婚していなかったとのことを知りました。
 籍を入れたのは、それから20年後、智惠子が生を閉じるわずか4~5年前のことです。結婚というの法律で定義された言葉です、1914年には結婚していたのではなく、一緒に暮らしたということになります。
 どうしてそれをそのまま書かないのだろう・・・
 それによって2人が変な目で見られると感じた人たちの配慮からなのでしょう。
 とはいえ、法律用語を異なる解釈で記してよいのかな。
 それを知った光太郎さんは、なんというだろう?

 体感的に調べていくと、どんどんいろいろな疑問が湧いて、それなりの自分の答えが見つかってきます。もちろん、さらに別な答えを手にすることもあるでしょう。

 予想しながら調べていく光太郎さんの人生は、どきどきするほどのミステリーです。

 みなさんもまず光太郎さんの作品を朗読で味わってみませんか。

 

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