クランボルツのキャリア教育理論〈偶発性学習理論〉2

 画期的な理論であるクランボルツのキャリア教育理論〈偶発性学習理論ーHappenstance Learning Theory〉のことを数回前に紹介したところ、いろいろな反響が届いています。日本では初期の名前である「計画的偶発性理論ーPlanned Happenstance theory」が有名なので、それを聞いたことのある人が多いかもしれませんけど、どちらの名称に関しても私の周りでは「はじめて聞きました」という人たちがほとんどです。

 加えてメルマガにさらに詳しく紹介したところ、さらに反響が広がっています。

 いろいろなメールやお話などを見て聞きながら、注意しなくてはいけないと感じているのは「夢や目標を持つことは意味がないとか悪いという話をしているのではない」ということです。
 クランボルツは「成功したビジネスマン数百人の調査によれば、その80%の人たちは想定外の偶然に成功に導かれたと語ってくれている。その偶発性を〈たまたま〉ということで終わらせず、積極的に自分のキャリアに活かせる人たちを育てよう」というのがクランボルツの主張です。※高橋俊介『キャリア論』東洋経済、2003年
「あまり目標に固執してばかりいると、その偶発性のチャンスを逃してしまう」ということも心しておかなくてはいけません。

 クランボルツは JOURNAL OF COUNSELING & DEVELOPMENT ï SPRING 1 9 9 9  VOLUME 7 7 117 の中でこう語っています。

小さな子どもは好奇心が旺盛です。
景色や音、手触りなどを通して好奇心は子どもに世界を広げます。
しかし子どもが物に手を伸ばすたびに、親が「あなたの目標は何?」と問い続けたらどうなるでしょう?

 子どもが野球部に入ったら〈甲子園〉までやめさせないくらいの勢いの保護者の方たちを何人も知っています。そういう熱意ある人たちが子育てをしていると「キミの目標は何なんだい?」と問うと「甲子園です」と子どもが答えるようにもなるでしょう。

 〈目標は大切〉そして〈偶然性も大切〉だというのは矛盾することではありません。そのことは大人が一度しっかり考えておかなくてはいけないことでしょう。たのしい教育全力疾走RIDE(たのしい教育研究所)、みなさんの応援が元気の源です。一緒にたのしく賢く明るい未来を育てましょう。このクリックで〈応援〉の一票が入ります!

 

君死にたもうことなかれ

 与謝野晶子が生みだした詩が、今の言葉でいう炎上騒ぎとなったことは高校の国語で学んだけれど、その時には歴史の感覚が記憶一辺倒の薄ぺらいものだったので、社会の状況とうまく結びつけることができませんでした。

 明治の頃の日本は〈日清、日露〉と10年越しに戦争が続きました。

 大国〈中国〉に勝った後、今度は〈ロシア〉という大国を撃破しようと、日本が過剰な熱を帯びていた頃に「君、死にたもうことなかれ」と弟に手紙を書いた。それは私信ではなく雑誌に発表され、いろいろな 人たちの目に触れるものとして。

 第日本帝国憲法で〈天皇の地位は神聖なもので、侵すことはできない〉とハッキリ記された明治天皇に「すめらみこと(天皇)自身は、自ら戦いにはでませんよね」と書いた。
 そのすごさに鳥肌がたったのは教師になってからでした。

君死にたまふことなかれ
 (旅順の攻囲軍にある弟宗七を歎きて)

ああ、弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ。
すえに生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親はやいばをにぎらせて
人を殺せと教へしや、
人を殺して死ねよとて
廿四にじふしまでを育てしや。

さかいの街のあきびとの
老舗しにせを誇るあるじにて、
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ。
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事なにごとぞ、
君は知らじな、あきびとの
いへの習ひに無きことを。

君死にたまふことなかれ。
すめらみことは、戦ひに
おほみづからはでまさね、

かたみに人の血を流し、
けものみちに死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
おほみこころの深ければ、
もとより如何いかおぼされん。

ああ、弟よ、戦ひに
君死にたまふことなかれ。
過ぎにし秋を父君ちゝぎみ
おくれたまへる母君はゝぎみは、
歎きのなかに、いたましく、
我子わがこされ、いへり、
やすしと聞ける大御代おほみよ
母の白髪しらがは増さりゆく。

暖簾のれんのかげに伏して泣く
あえかに若き新妻にひづま
君忘るるや、思へるや。
十月とつきも添はで別れたる
少女をとめごころを思ひみよ。

この世ひとりの君ならで

ああまたたれを頼むべき。
君死にたまふことなかれ。

 立身出世や外面を気にする〈おとこ〉たちには生み出せない心の歌でしょう。

 この詩を紹介しようと下書きしていたのは一週間少し前のことでした、そのうちにこの世界は、また起こしてはいけないことを起こしてしまいました。世界はそれを止めることができませんでした。

 外交や人々の叫びではなく〈システム〉として蛮行を起こせないしくみを人類の叡智で構築しなくてはいけません。

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大きな仕事を一つ終えてホッと一息!〈事務的な仕事もたのしく〉

 早くもたのしい教育研究所の四月以降の活動の準備が始まっています。たの研に関わってくれているメンバーに集まってもらってアイディア・ミーティングを重ね、リーフなども作成し、関係している皆さんへの発送作業もありました。

 事務的な仕事は機械的だというイメージを持っている皆さんも多いかもしれません。

 たの研の事務仕事はそうではありません。

 手紙1通でも心を込めて書くからです。

 スタッフみんなが心と時間を込めて作業しました。

 ア~ルはそばでのんびりたのしく過ごしていました。

 忙しい中、こういうのんびりした仲間がいると、ホッとします。

 毎日元気なたのしい教育研究所です。
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夏目漱石の英語の実力 たのしい英語教育で夏目漱石ほどの英語力を持った人が生まれるのか。

〈たのしく英語を学ぶ〉ということもたの研のテーマなので、書店どでよく英語の本を手にします。

 ところでかつての日本人は英語を学ぶことで給料をはじめ、社会的な位置もかなり上がっていったので、石にかじりついても的に苦学もいとわない学びが普通でした。

 そうやって英語を学んだ人たちの一人に文学者の夏目漱石(なつめそうせき)がいます、「吾輩は猫である」「ぼっちゃん」「草枕」etc. 日本文学史上に残る作品を数々生み出しました。

 夏目漱石は文豪として有名になる前は東京帝国大学(今の東京大学の前身)で英語の先生をしていました。

 実際かなりの実力者で、ある学生が「辞書を引くと、夏目先生の訳した◯◯の訳は違っていました」と言ったところ、即座に「そんなウソが書いてある辞書は直しておきなさい」と答えたという話も好きなエピソードです。

 もう一つ、知っている人もいると思うのですけど、本当にそうなのかはけっこう怪しい。けれど夏目漱石ならそう言ったかもしれないなと思わせるエピソードがあります。

英語の授業で、ある小説に出てきた
I love you.
という英文の訳を学生にあてたところ、その学生は
〈私は あなたを 愛しています〉と答えた。
 夏目漱石はすかさずこう語ったといいます。
「日本男児はそんなことは言わない、こういう時は〈月がきれいですね〉と訳すんだ」

 その訳にもいろいろな意見があると思うのですけど、そういうエピソードがまことしやかに伝えられるほど彼の実力は、はなはだしく高かったのだと思います。

 たのしい英語学習で、夏目漱石レベルの人たちが生まれるのか?

 石にかじりつくかの様に勉強したからそのレベルに達したのか?

 たのしい教育を人生のテーマにした以上、そういう問いを避けてはいけないでしょう。

 私は、たのしい英語教育の中から、夏目漱石を超える人たちが生まれてくるのだと思っています。
 今はまだ〈たのしい英語教育〉といえる様な体系化された英語教育はありません。たのしい教育を学んだ人たちが、そういう教育を生み出してくれるだろう、そのこともまた私のたのしみの一つです。 

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