いまなぜ「たのしい授業か」/板倉聖宣先生が「月刊たのしい授業」の創刊号に刻んだ言葉

〈たの研/たのしい教育研究所〉で学んだAさんから「採用試験、合格しました」という嬉しいたよりが届きました。これで、〈たの研〉で学んだ方たちのほぼ全員が合格したことになります。
 やっと一息ついて、新しい活動に力を込めていく流れも整った気がします。

 今回は〈たの研/たのしい教育研究所〉で学んで合格したたくさんの方たちに贈りたい言葉、そして、子どもたちの教育に力を注いでいる教育関係者、保護者、地域の方たちにも伝えたい内容を紹介します。板倉聖宣先生(たのしい教育研究所 初期から支援者/仮説実験授業研究会初代代表/元文科省教育研究所室長/元日本科学史学会会長)が、今から45年くらい前に書いた『いまなぜ「たのしい授業」か』という迫力ある言葉です。

 全文ではなく抜粋版にします。読みたい方は、仮説社『たのしい授業の思想』を手にしてください。

 『月刊たのしい授業』
   −創刊の言葉−

   板倉聖宣

たのしいことを,たのしく
 これまで「たのしい学校,わかる授業」という言葉はよく耳にしましたが、「たのしい授業」という言葉はあまりきかれませんでした。
「学校には友だちがいて,休み時間があって,たのしいことがあるけれど,授業はたのしいなんていうことがない」という考えがあるからでしょう。

 もちろん「授業はわかればたのしくなる」という考えもあります。

 しかし,子どもにはおもしろいとは思えないようなことを,やたらにわからせようと努力するあまり,授業がかえってて重苦しいものになうていることも少なくないのです。
 人類が長い年月の関に築きあげてきた文化,それは人類が大きな感動をもって自分たちのものとしてきたものばかりです。そういう文化を子どもたちに伝えようという授業,それは本来たのしいものになるはずです。

 その授業がたのしいものになりえないとしたら,そのような教育はとこかまちがっているのです。
 子どもたちが自らの手で新しい社会と自然をつくっていく,そういう創造の力を育てようというのなら,なおさら,その授業はたのしいものでなければならないはずです。たのしい創造のよろこびを味わうことなしには創造性など発郊できないからです。だから私たちは.「今なによりも大切なのは,たのしい授業を実現するよう,あらゆる知恵と経験と力とをよせ集めることだ」と考えるのです。

 子どもたちの可能性をたのしく広げる人たちが、少しずつ増えてくる。
 それがたのしい教育研究所の大きなテーマです。
 みなさんの応援をお待ちしています。
 その応援の一つは、このサイトをいろいろな方たちに広げてくれることです。よろしくお願いいたします。

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仮説と予想/読者の方からの質問に答えて@仮説実験授業の認識論

 東北で先生をしている方から「仮説実験といったり、予想実験といったりするけれど、自分の頭でうまく整理できません」というたよりが届きました。仮説実験授業をしている方たちでも、仮説と予想の違いがはっきりしていない方がいるでしょう、私もはじめの頃はそうでした。

 いくつかの説明を読むと「予想と仮説は明確に違う」と書いてあるものもあります、でもそれには異議ありです。

 仮説はまだ証明された理論や法則に至ってないというわけなので、予想ということもできるでしょう。

 人間がものごとを予想する時にはいろいろな考え方が頭をかけめぐります。
 直感でそう予想したり、類推したり、自由に想像を広げたり etc.

 そういう中で、あることを説明するために〈仮の理論や法則〉を組み立てて、それを元にして考えをすすめる、たとえば「どの動物の親も子どもが一番大切である」という仮の法則を立てて、「だとすると親バトがこの木に戻ってくるだろう」と予想するような方法が「仮説を元にした予想」です。
 なので仮説というのは、仮の説と呼ばず「仮に打ち立てた理論や法則」とみた方がよいでしょう。

 現在の科学にもたくさんの仮説があります。
・ダークマター仮説:直接観測できない物質が宇宙の約85%を占めている
・多重宇宙・マルチバース仮説:宇宙は我々の住む一つの宇宙だけでなく、無数の宇宙が存在する可能性があるという仮説

 それらは実証されていないので、仮説(仮の理論・法則)なのです。

 フロイトは〈夢〉というのは抑圧された欲望を表現する手段だと考え、夢判断という手法を組み立てました。けれどそれは科学的に検証されていないフロイトの仮の理論です、つまりフロイトの予想だと言ってよいでしょう。

 私たちが子どもたちに「予想をたててみてください」と語る時には、直感でもいいし、類推するのもいいし、自分なりの「仮の理論や法則/仮説」を立てて、それをもとに考えてみてもいいという、とても広い意味で投げかけているわけです。

「では70度のお湯と50度の牛乳をまぜると何度になるか、仮説を立てて実験してみましょう」という時には、そうではありません。

 たとえばAくんは「二つの違う温度の物質が混ざると、ちょうど真ん中の温度になる」という仮説を立てて予想を立てる。

 Bくんは「物の重さ、密度と温度の三つを計算して解く必要がある」という仮の説をたてて予想する。

 そういう段階を求めているわけです。

 予想して実験しましょう、という場合には、気軽に類推してもよいし、仮説(仮の理論・法則)を立てて、それをもとに考えをすすめてもよい、そういうことです。

 ちなみに私は依頼された授業・講座やこのサイトには「仮説を立てて実験しましょう」という言葉は使わず「予想実験」とか「予想チャレンジ」というような表現をしています。もしも数時間連続で授業することができたら、後半には「そろそろ仮説が立ってきた人もいるかもしれませんね」というように話すこともあるでしょう。

 仮説実験授業は、一つひとつの問題に仮説を立てさせながらすすめる授業だというわけではありません。
 あくまで一つひとつの問題に「予想」を立ててもらいながらすすめるのです。

 仮説実験授業にはたくさんの授業書がありますから、すべてそうだといえないのですけど、基本的には〈予想⇨実験〉の流れの中で、ある理論についての仮説がはっきりしてくる。そしてその仮説は正しいのだろうか、というように展開していくスタイルだと考えていた方がよいでしょう。

 違う理解の方もいるかもしれませんけど、仮説実験授業を四十年くらいたのしんできた私の、今の結論です。

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たのしい理科「北極は何極(N,S)でしょうか?」

 大学入試とかに問題を出すと面白いと思うんだけど、「北極は何極でしょうか?」という問題を出すと、多くの人たちが間違ってしまいます。
 ひっかけ問題だから、ではありません。
 とても真っ当な科学上の問題です。

科学的に整理してみましょう。

1)理科の実験で確認したことでしょう、N極とS極は引きつけ合います、N極同士、S極同士は反発します。地球上のごく普通の場所であれば、誰がいつ、どこでやっても同じ結果になります。

2)地球上で方位磁石のN極が指し示す方向が北極です。

1+2から「北極自体はS極」だということがわかります。

このことは、科学上間違いのない事実です。

ではどうしてたくさんの人たちが「北極はN極だ」と勘違いしてしまうのでしょう?

 多くの人が間違ってしまうのは、学校で習う理科の学習も大きく影響していると思います。

先生)北極は?

子ども達)N極!

先生)南極は?

子ども達)S極!

そうやって覚えた人たちも多いのではないでしょうか。

かくいう私も仮説実験授業の『じしゃく』という授業をするまで、そのことを強く意識していませんでした。

指導要領の理科にはこうあります。

第3学年の目標及び内容
磁石には形や大きさが違っていてもいつも南北の向きに止まるという性質があることを捉えるようにする。その際,北の方向を指している端を「N極」,南の方向を指している端を「S極」と名付けていることに触れるようにする。

文科省学習指導要領

 ここで終わらず、地球というダイナミックな空間で意味付けて、解説編に

フィールドに置かれた方位磁石は北極に向けてN極を示すが、それは北極自体がS極だからである。授業では仮説実験授業の授業書『じしゃく』をとりあげることをすすめる。

というような説明を加えたら「お~、地球全体に磁石の力がゆきわたっているのか」と感動してくれる子どもたちもたくさんでるのじゃないだろうか。

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たのしい教育の発想法@板倉聖宣「願えば叶うのか?」

 今回は板倉聖宣先生(たのしい教育研究所 初期から支援者/仮説実験授業研究会初代代表/元文科省教育研究所室長/元日本科学史学会会長)が語った「願いと結果」という話を紹介します。かなり前(メールマガジン2012年)に書いた記事なので、メルマガの読者の方たちも新鮮に読むことができると思います。
※以前書いた「星唄の提案」について、たくさんの熱いメールをいただきました、ありがとうございます。届いた便りはかなりず目を通し、何らかの形で誌面づくりに反映させています。今後も気軽にお寄せください。

いっきゅう
 人間は「願ったものは叶う」と考えたい生き物です。けれど、思いというものがそのままで実現することはありません。もし願っただけで叶ったとしたら、思いと関係なく実現したのです。
 人間は願った考えた上で、いろいろなことをしています、そういうことが加わって、願いが実現するのです。もちろんいろいろなことが加わっても実現しないことがたくさんあります。

 願えば実現するのか、それは冷静に実験すればいくらでも結果が出てきます。自分たちで実験しなくても、世界中のほとんどの人たちが「戦争がなくなりますように」と願ってもなくならない現状からも、そのことはハッキリしています。

 1997年2月に「私の科学啓蒙運動」と題して板倉先生が語った文章があります。
 仮説実験授業の研究会ニュース1997年2&3月号で紹介された文章です。読んでみませんか。※文責はいっきゅう

<科学の大衆化>といっても、科学の大衆化を望む人がやるとそうなるのだ、とは言えない。それは非常に当たり前なことです。大衆化を望めばそうなるのなら簡単な話なんですね。
<人間性が豊かになる>ということを望んで教育すれば、子ども達はそうなるのか? 
 自然科学は「そうではない」ということを教えているのです。
「科学の法則を発見したいと切実に望めば見つかる」というのはおめでたい考えです、そんな風な見つけ方はないのです。
 科学の法則を発見するには、科学の法則を発見できるように仕組まなければならないのです。

 人々を幸せにするためには、人々が幸せになるように願えばいいのではない。科学の大衆化についても,「私は大衆化したいのだ。だから大衆化する為には、私が思うようにこうすればいいに決まっている」と考えたら間違いなんです。

 しかしどうも自然科学についてすら<願いが結果に影響する>と思っている人がたくさんいるようです。

 わたしは「それは間違いだ」ということについて,昔はかなり熱心に教育したんです。「願ったって科学の法則は見つからない…願ったって自分の思うようにはならない」と。

 公害がなくなるように願った って公害がなくなるわけではない。
「公害というものはどうやっておこるのか?」
 そういうことを具体的に明らかにしていかなければいけないんです。

 社会の問題もそうなんです。

 しかし、社会の問題はすごくわかりにくいんですね。ついつい「願いが結果をもたらす」というように思いやすいのです。
 自然の事物については「願ってもそうならない」ということがわかっている人でも、社会についてはなかなか分かりません。あきれたことに、社会の法則についてわかっていると思える人でも全然だめですね。

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