いっきゅう先生

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    板倉聖宣 納骨の日に想う 科学の碑を訪ねる

     五月某日、新潟の科学の碑を訪ねました。五月後半だというのに気温5℃という寒さ。この日はいよいよ板倉聖宣が科学の碑の下に骨を納める日です。メルマガ最新号に書いた内容の1/3ほどを紹介させていただきます。

     これは科学の碑に至る小道。

     

     そしてこれが科学の碑です。

     大きさのイメージを捉えにくいかもしれません、しかしけっこう大きいのですよ。
     1m70cmと少しの私から見上げても、まだこういう様に見えています。


     〈科学の碑〉の下には納骨の場所があり、すでにたくさんの人たちの骨が納まっています。

     科学の碑の設立当初に建造した一つに設立者の名前を刻んだ石版があって、そこには板倉聖宣の名前が刻まれています。その下にわたしの名前も刻まれています。


     〈科学の碑〉の建設は故 板倉聖宣の「〈科学が人類にもたらした素晴らしさ〉を称えた碑を造ろう」という呼びかけでスタートしました。
     仮説実験授業研究会の会員で新潟の魚沼市の〈東養寺〉の住職であった 故 細井心円(ほそいむねまろ)さんの働きによって、お寺の境内に敷地が確保され、裏山は〈科学の森〉として整えるという流れで大きく話が進んでいきました。
     新潟の仮説関係の皆さんの力も重なり、立派な科学の碑が設立されたのは1990年5月4日のことです。

      碑の横には立派な石版があり、その由来についてこう刻まれています。

     

    〈科学の碑〉由来記

     人類は科学によってはじめて,〈人々の意見が違うことのすばらしさ〉を発見することができました。いろいろな人がさまざまな意見をもっていてはじめて,思わぬ真実が発見されてきたのです。そこで,科学は民主主義 --少数意見の尊重と歩をーにしてきました。
     私たち仮説実験授業研究会を中心とする人々は,1963 年以来27年ほどの間,そのような科学をみんなのものとするために,学校や社会の中で努力してきました。そして、〈たのしい科学の伝統〉を日本の学校や社会の一部 によみがえらせることができたと自負しています。
     しかし,日本ではこれまで科学というと,一般の人々には親しみのもてないものと思われてきました。そこで私たちは, これまでの私たちの仕事の成果を記念し,かつ今後の仕事の発展を期して,この〈科学の碑〉を建設 することにしました。そして,その周りの森には〈科学の森〉にふさわしい施設をととのえ,ともすれば誤解されがちな科学の性格を多くの人々に訴えることにしました。

           1990年5月4日設立委員会代表板倉聖宣

     「科学は民主主義--少数意見の尊重と歩を一にして来た」と刻まれた言葉には、とても深いものがあります。

     板倉聖宣の納骨の様子に続きますが、ここまでにしておきましょう。

     諸経費(確か数万円)が必要になりますが、希望すれば誰でもここに骨を埋めることができます。もちろん板倉先生や私のように全くの無神論者だけでなく、いろいろな宗教・宗派の方でも大丈夫です。関心のある方はご相談ください。一緒に〈たのしい教育〉を広げませんか→このクリックで〈応援票〉が入ります!

    たのしい教育Cafe ご要望にお応えして6月は日曜日に親子でも参加できる様に企画しました

     いくつもの問い合わせをいただきましたが六月の〈たのしい教育Cafe〉の準備が整いリーフも完成しました。ご案内致します。

     以前から休日に開催できないかという声が上がっていた〈たのCafe〉を〈6月〉は実験的に日曜日・親子で参加できる形にしました。
     全体のテーマは〈特別な支援の必要な子もそうでない子も皆で一緒にたのしい教育〉です。

     月に一度Openしている〈たのしい教育Cafe:たのCafe〉は、学ぶたのしさと笑顔を広げる、教師・大人向けの人気プログラムです。今回は参加者の皆さんのご要望にお応えして〈日曜日〉に設定しました。 といっても〈たのCafe〉スタイルは同じですから、いつもの様に気軽な気持ちで参加してください。

     今回のテーマは〈普通学級の子どもも支援が必要な子どもも一緒にたのしく賢く笑顔になる授業〉、たのしい教育研究所のメンバー(教師)が中心となって、インクルーシブ教育を想定にした授業を実施します。たのしい教育に関心のある方ならどなたでも参加できます。はじめての皆さんも大歓迎です。今回は子どもと一緒の参加も可能(小学校中学年以上)です。人数がうまる前に早めにお申し込みください※子どものみの参加はできません

     

    2018年6月24日(日) 09:00受付

      09:15開始 12:45まで 

    参加費 1400円 ※メルマガ会員の方は1200円
          ・子ども700円《教材費は同じ》

    教材費 300円(大人子ども同じ )

    会場 うるま市ゆらてく研修室

    ※研究所では飲物や軽食を取りながらたのしんでいますが、今回は場所の関係で飲食は難しい可能性があります

    テーマ〈支援の必要な子もみんな一緒にたのしい教育〉

      ① たのしい授業プラン

      ② ゲームでたのしく仲良く

      ③生活科・理科でたのしむ「あしはなんぼん?」

      ④ みんなでたのしくものづくり

      ⑤たのしい読み語り  ほか

    申込みは〈名前・電話番号・所属(学校名など)・子どもは学年〉を記入して
    こちらへ

    この〈いいねライン〉をクリックすることで〈たのしい教育研究所〉への「応援票」が入ります!

    表情が読めないこともたくさんある。ではどうする?  表情について考える②

     表情について前回からの続きです。「ふつうで行われている授業などと比較して〈笑顔がたくさんみられる授業〉ならそれで大成功!」大抵の人はそう考えるでしょう。教師だけでなく、たとえば、地域で〈◯◯講座〉などを企画した側の人たちも「今回の企画は前回より参加者の笑顔が見られたから成功だ」という様に判断することもあるでしょう。しかし参加者たちの本物の満足度を得ようと考えたら、そういう判断は甘いと言わざるを得ません。また授業する側、企画する側の自分の本当の力をつけようと思った場合でもそれは同じ、甘いと言わざるをえません。

     たとえば終始、こういう様な表情をしている人がいたらどうでしょう。

     笑うわけでもなく、かといってつまらなさそうな感じには見えません。講座を喜んで受講してくれている、と判断したらよいのでしょうか。

     


     あるいは、こういう表情をした人がいた場合、その人は〈つまらないと感じている〉と判断してよいのでしょうか?

     そういう判断の仕方はお勧めできません。

     私いっきゅうは教師を退職してからも、ここ五年ほどのことで計算しても五万人くらいの人たちに授業や講演をして来ましたから、そういう例示に事欠きません。

     ある講演の場でわたしが話している間、ずっと怒っている様に見える方がいました。私はいろいろなシーンを写真画像的に覚えている方で、私から見て左手三段目の長テーブルの左端に座っていた男性です。

     講演が終了して、主催者側が〈どなたか、いっきゅう先生に質問があったら挙手をおねがいします〉と話した時、手が上がった何人かの人たちの中に、その男性もいました。
     その方が語ったことは「質問ではありませんが」と前置いて「今日の講演はとても勉強になりました。いっきゅう先生の話は、今まで自分にまったく無かった視点で、これからさっそく自分の活動に活かしていきたいと思います」という話でした。

    「あ〜、怒ってるんじゃなかったのね」
    という気持ちが嬉しさをさらに高めてくれた言葉でした。

     教師をしてきた頃、夏休みが近づいていた時のことです。※このサイトに関わるものについては、個人情報関連で、人物像・状況などについては脚色してあります
     弟妹思いの優しい穏やかな女の子が、暗い表情を続ける日が二日続いたことがありました。
     担任として気になったので、一日目にその子の仲の良い子ども達に聞いても、よく知らないということでした。日記を読んでも特に気になることは書かれていません。
     二日目、やはり暗い表情だったので廊下にその子が出た時に、そっと「何か悩んでいるのかなって気になるんだけど、少しお話していい?」と語りかけてみました。

     場所を変えて聞いてみると〈両親が離婚することになって、自分は母親と出て行くことになった。でもこのクラスが大好きなので、夏休みに入るまでは絶対出ていかないと言い張っている〉という話でした。その時の彼女の気持ちを想うと、今でも目頭が熱くなります。


     「授業はたのしく参加できている?」と聞くと『とってもたのしい!』と笑顔を見せてくれました。
     その子の保護者の方の離婚は教師にどうすることもできませんが、その子がここで過ごす間、もっとたのしい授業ができるようにしようと、さらに力を入れた日々になりました。あの子はどうしているでしょう・・・

     閑話休題(はなしをもどして)

     たのしんでくれているのかどうか、表情から読み取ることは、わたしの様な教育のプロでも難しいのです。

     ではどうするか?

     だからこそ子ども達、参加者に評価してもらうのです。

     たのしい教育研究所では

    〈たのしさは?〉
    5とてもたのしかった
    4たのしかった
    3何ともいえない
    2つまらなかった
    1とてもつまらなかった

     

    〈内容はわかりましたか?〉
    5よくわかった
    4わかった
    3何ともいえない
    2あまりわからなかった
    1ほとんどわからなかった

     

    自由感想、意見をお願いします

     

    という三段式の評価をお願いしています。
    回収率は90パーセント以上で、肯定的評価は、ここ1年でいえばほぼ100パーセント、これまでの五年を越す全体の評価でも98パーセント以上です。

    〈教育〉は社会の根幹を形作るとても大切な営みです。
     自分の経験やカンなどに頼って、教育をすすめることはおすすめできません。

     表情はとても大切にしたいことの一つです。
     何度も書いて来た様に、学ぶ笑顔を育てることは、たのしい教育研究所の大切なテーマです。
     しかしたのしい教育研究所では、笑顔を評価のベースに置いているのではありません。
     優しい子ども達は、つまらない授業でも付き合いで笑顔を見せてくれることもあるのです。
     自分たちの教育の営みをもっと高みにもっていきたいとしたら〈参加者の表情を授業の評価の拠り所にしてはいけない〉ということも大切なことです。

     私もやってきましたが、教師をしている時、毎日毎日とはいかなくても、要所要所で評価してもらうことは大事なことです。
     理科を担当している時には、担任の様にしっかりその子たちと付き合うことができず、週に3時間だけということが普通でしたから、1時間ごとの評価をとても大切にして、毎回、上に書いた三段階の授業評価をしてもらっていました。

     全員の子どもたちが〈内容がよくわかった〉と書いていても、それでOKではありません。授業内容の評価テストで平均が90パーセントくらいなくては、よくわかったとは言えません。それが確保されてはじめて、子どもたちの自己評価が妥当なのかがわかります。評価には、そういう多重構造的なものも大切ですが、今回は〈表情〉に視点をあてたので、ここまでにしておきましょう。
     読んで下さったみなさんからのお便りをたのしみにしています。一緒に〈たのしい教育〉を広げませんか→このクリックで〈応援票〉が入ります!

    表情について考える① 大人も子どもの様なたのしい笑顔に

     たのしい教育研究所は沖縄市からの要請で〈出前児童館〉として月に5日間、地域の5ヶ所の公民館で〈たのしい教育〉を実施しています。そこでは子ども達が研究所のプログラムを通していろいろな内容をいきいきと賢く学んでいる笑顔をたくさん見ることができます。

     家族のみなさんからも「毎月一度のこの時間を、とてもたのしみにしていて、早くその日にならないかな、となんどもいうんですよ」という話を聞かせてもらうことがあり、研究所のメンバーのたのしさ嬉しさが増しています。

     

     わたしが教師をしていた時のことです。
     どういう授業だったのかは記憶にありませんが、あるお母さんが授業参観の日、嬉しそうにわたしのところに来て
    「きゆな先生、うちの子、子どもみたいにたのしそうな表情をして授業を受けているんですね」
    と話しかけてくれたことがありました。
     1,2年生の頃はそういう表情を見たこともあったけれど、以来、子どもの様にたのしくしている表情は見なくなっていたという話でした。

     

     〈子どもはたのしそうな表情をするのが当たり前だ〉と思う人も多いかもしれません。しかし、勉強が苦痛だと感じたり、大きな悩みを抱えていると、次第に子どもたちからたのしそうな表情は消えていくものなのです。

     たのしい教育研究所は〈賢くたのしくなる〉がテーマです。必然的に子ども達のたのしそい表情をたくさん見ることができます。

     

     ところで皆さんがみなさんが子どもの様な笑顔になる、それはどういう時でしょう?

     気のおけない仲間たちと語らっている時
     家族と食事している時
     旅をしている時
     ペットと戯れる時
     etc.

     たのしい教育研究所の講座の中では、大人たちも〈学ぶたのしさ〉をたくさん味わって、まるで子どもの様な表情を見せてくれます。

    〈大人のほうが子どもより子どもらしい表情を見せてくれる〉様にさえ、感じています。


     子どもの様な表情、それは大人子ども関係なく、自分が本当にたのしいと感じている時に現れるものなのです。

     みなさんのたのしい時間が少しずつ増えていくとよいですね。

     ところで、たのしい教育研究所は教育のプロ集団です。授業を受ける皆さんの〈笑顔〉だけで自分の授業を評価するわけにはいきません。中学生になると笑顔を見せてくれる子ども達は少なくなります。はじめて顔を合わせての授業も多いですから、子ども達の中には、どう対応してよいかわからずにとまどってしまうこともあるでしょう。そういう時にも、たのしさと賢さを生み出せているのか、それは大切なテーマです。   つづく
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