石を切る方法 実技編@楽しい環境教育

前回のアウトドアワークの続きです。
海岸を散歩している時に見つけた石切場の跡の写真を載せました。
 この写真に直方体に石を切り取った跡がみえています。
 この場所で石を切り取って利用していたのです。
 では「昔の人たちどうやってこの大きな石を切ったのか」という話。

 

 昔の人たちがどうやって大きな重い石を切り取ったのか、いろいろな資料に当たりましたが、県外の資料もたくさん目にしましたし、県内の他のものも目にしましたが、もっとも良いのがこれ、浦添市教育委員会がまとめた〈浦添市西海岸の石切場跡2010年〉です。
 こういう学術的な報告書は「専門家が分かれば良い」と考えている人たちがたくさんいて、中をひらいてもつまらないもの、言葉もこなれてなくてぶっきらぼうなものが多いのですけど、この報告書は写真から、一般の人の視点に立っています。庶民感覚豊かな方が写したに違いありません。
 私たちの大切な税金を使って調査しているわけですから、これくらいはっきりと謎を解いてくれるものを出してくれないとね。

浦添市西海岸の石切場跡 城間‐仲西地区 2010年3月
http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2016072100027/file_contents/isg.pdf

 まとめてくださった方達に敬意を評しつつ、その中から引用させていただきます。

 石切職人はその地域によってバージョンの違いがあります、これは八重瀬町の石切の様子を聞き取りしてまとめたものです。

シミチブというのは〈すみつぼ/墨壺〉のことです、こんなの。※別資料から

 

 

 

 

 

※グリ石というのは、歯車がわりに使う丸みをおびた石をさしています(いっきゅう)

 

 社会科の授業で気になるのは「昔の人は大変だったね」とまとめて終わることがたくさんあることです。

 そうでしょうか?

 これは、それまでの方法からすると画期的でとても見事な方法だったと私には思えてなりません。
 こういう方法でみごとな石積みを作っていったのです。
 その感動とくらべれば、他のものはささいなことに思えます。

 古(いにしえ)の人たちの知恵と工夫に思いを馳せたアウトドアワークでした。

毎日たのしい教育に全力投球、たのしい教育研究所(RIDE)です。みなさんの応援クリックをお待ちしています➡︎この〈いいねライン〉をクリックすることで〈たのしい教育研究所〉への「応援の1票」が入ります☆いいね☆➡︎もっと深くたのしい教育を味わいたい方は〈有料メルマガ〉をどうぞ!

 

① 一記事につき数回の〈いいね〉クリックは「たの研」の大きな応援の一票になります!⬅︎応援クリック

② たのしい教育を本格的に学ぶ〈たのしい教育メールマガジン-週刊/有料〉を購読しませんか! たのしい教育の実践方法から発想法、映画の章ほか充実した内容です。講座・教材等の割引もあります(紹介サイトが開きます)

③ 受講費、教材費、スーパーバイズなどの費用は全て、たくさんの方達へのたのしい教育の普及、ひとり親家庭など困窮した方たちへの支援に利用されています

④ 「いいね」と思った方は〈SNSや口コミ〉でぜひこのサイトを広げ、応援してください!

⭐️読者の方からの声で〈たの研/たのしい教育ラボ〉の活動を応援するための少額応援金ボタンを作成いたしました🟢ジュース一本分の費用で応援できます。支払いはクレカ・paypal 他いろいろな方法が可能です💫支援してくださった額を何十倍の価値に変えてこども・先生・保護者・おばあちゃん、おじいちゃん・一般の方たちの笑顔と可能性を高める活動のみに利用させていただきます※数量選択で300円などの支援も可能です
   

 

合弁花と離弁花の違い・覚え方 ―シロツメクサ(クローバー)で楽しく確かめる【教員採用試験・中学理科】合弁花・離弁花の分類

シロツメクサ(クローバー)は合弁花でしょうか、離弁花でしょうか。答えを先に書きます。離弁花です。マメ科だからです。けれど本当におもしろいのはその先で、あの丸い花は〈一つの花〉ですらありません。公園に咲いている花で、中学理科の分類がまるごと確かめられます。予想を立てながら読んでみてください。

 たのしい教育研究所によく顔を出してくれるT先生から「公園を散歩している時、シロツメクサがたくさん咲いていたのですけど、それが合弁花か離弁花か気になっています」というメールが届きました。

 みなさんはどう思いますか?


 わたしはシロツメクサが〈○○科の植物〉であるということを知っていたので、間違いなく答えることができます。
 でもおもしろい問題だなと思うので、今回はそれについて書きましょう。

🟢 先に答えを書きます ★

シロツメクサは〈離弁花〉です。
花びらは5枚、マメ ファミリー(科)の植物だからです。

……と書くと、
「なんだ、もう終わりか」と思われるかもしれません。

そうではありません、「ファミリー(科)」による分類の素晴らしさに加えて、植物それぞれのおもしさ、興味深さを感じるところだからです。

⇩

⇩

 

🟢 バラの花は一つの花です。ではクローバーは?

バラ

シロツメクサ・クローバー

 

🟢クローバーの丸い花は花のかたまりは 40〜80ほどの小さな花が集まったものです。

 花というからには、一つひとつがちゃんと花びらもおしべもめしべも持って、それぞれにタネをつくるわけですよ。

公園のシロツメクサたちは、花畑の中の一輪ではなく、一輪の中にもたくさんの花がある花束なのです。

🟢 合弁花と離弁花とは(中学理科のおさらい) ― 花占いができるかどうか ★

合弁花というのは、花びらが一枚ずつに別れず合わさっているという意味です。 ぼとりと全部を取ってしまうことになります。

離弁花は、花びらを一枚ずつ取ることができます。

覚え方は簡単です。

花占いができる → 離弁花 花占いができない(ぼとりと落ちる)→ 合弁花

「好き、きらい、好き……」と一枚ずつちぎれるなら離弁花。 一枚ずつちぎれずに全部くっついて取れてしまうなら合弁花。

ではキキョウは合弁花でしょうか、離弁花でしょうか?

「合弁花」です、愛称の花占いなら「すき」だけでおわります。

 さっきあげたバラはどうですか?


「すき」「きらい」「すき」「きらい」というように一枚ずつとっていくことができます、〈離弁花〉です。

 テストでは、ここをしっかり覚えておくとよいでしょう。

主な仲間

  離弁花類(花占いができる) 合弁花類(一枚ずつ取れない)
主な科 マメ科・アブラナ科・バラ科・サクラ・エンドウ キク科・キキョウ科・ナス科・ヒルガオ科・シソ科・アサガオ・タンポポ
覚え方 「マメ・アブラナ・バラ」=マアバ 「キク・キキョウ・ナス・ヒルガオ・シソ」=ききなひし

 

シロツメクサはマメ ファミリー(科)です、だから離弁花です。

エンドウやスイートピーの花を思い浮かべてください。
これはスイートピー、豆ファミリー(科)です。
花びらを一枚ずつとることができる、花占いにつかえる離弁花です。

🟢 でも、ここで何か引っかかりませんか ★

 同じマメファミリー(科)とはいってもシロツメクサ・クローバーの花とスイートピーの花とは違って見えませんか?

 マメファミリー(科)の花の構造はこうです、少しわかりにくいのですけど、大きい花びらと小さな花びらが合計5枚でできています。


 シロツメクサは?
 5枚どころじゃありません・・・

 どういうワケでしょう?

 もしかしてシロツメクサは豆ファミリー(科)の異変形で、花びらがたくさんできた種類なんでしょうか?

 どう思いますか?

⇩

⇩

⇩

⇩

それが先に書いた「シロツメクサの白い花はたくさんの花が集まった花の集合体」ということにつながります。

 実際に顕微鏡でのぞいた写真を 続きの記事に載せています。

👉 シロツメクサ(クローバー)の魅力② 小さくても美しい花

もっと詳しく知りたい人向け(合弁・離弁の分類は双子葉植物だけ)

🟢 単子葉植物では、この分け方は役に立ちません

単子葉植物の花も、合弁・離弁に分類することはできます。

けれど、同じ科の植物であっても 合弁花であったり離弁花であったりするので、 分類しても、その植物を特定(同定)するために役立たないのです。

ユリ科を見てください。 ユリは合弁状の花びらですが、 カサブランカは花びらが一枚ずつに分かれています。

だから理科の教科書では、 合弁花・離弁花という分け方は〈双子葉類〉のところにだけ出てきます。

「なぜ双子葉類だけなのか」 そう思ったことのある人は多いはずです。 理由はこれです。役に立つ分け方だから、そこで使っている。

分類は、暗記するための決まりごとではありません。 役に立つから、そう分けている。 ここがわかると、理科の分類がぐっと面白くなります。

🟢 ついでに知っておくと得をする、シロツメクサの話

「シロツメクサ」と「クローバー」は同じもの?

はい、同じです。

クローバーは英語(clover)で、シャジクソウ属の草の総称。 そのうち白い花をつけるものが、和名でシロツメクサです。 赤紫の花をつける仲間はアカツメクサ(ムラサキツメクサ)といいます。

なぜ「詰め草」なのか

江戸時代のことです。 オランダから日本にガラス器が運ばれてきました。

割れないように、箱の中に何かを詰める必要があります。

そこで乾かした草が詰め物として使われました。

その草が、日本の土に落ちて根づいたのです。

〈詰め物に使われた草〉だから、ツメクサ。

いま公園いっぱいに咲いているあの花は、 もとはガラスの緩衝材だったというわけです。

本格的に日本に入ってきたのは1844〜45年ごろ、 牧草として持ち込まれ、そこから全国に広がっていきました。

四つ葉のクローバーについて

シロツメクサの葉は、ふつう3枚です。 まれに4枚になるものがあり、それが四つ葉のクローバーです。

「1万本に1本」といった数字をよく見かけますが、 これは確かな根拠のある数字ではありません。 場所によってずいぶん差があります。

同じように、 「よく踏まれる場所には四つ葉が多い」 「一度四つ葉が出た株には、また出やすい」 という話もよく言われます。

これらは〈たぶんそうだろう〉であって、〈確かめられている〉ことではありません。

だとしたら、どうするか。 自分で確かめればいいのです。

🟢 これは、そのまま自由研究になります

シロツメクサは、自由研究にとても向いています。 どこにでも咲いていて、お金がかからず、そして予想が立てやすい。

研究テーマの例

① よく踏まれる場所に、四つ葉は多いか  道ぎわ・広場の真ん中・木のかげ、3か所で100株ずつ数える。  先に予想を書いてから数えるのが大事です。

② 一つの花に、いくつの花が入っているか  ピンセットでばらして数えます。  大きい花と小さい花で、数は違うでしょうか。

③ 咲いた順番を追いかける  シロツメクサは外側から順に咲き、咲き終わった花は下を向いたまま残ります。  つまり、下を向いた花を数えれば、その花が咲きはじめてからの時間がわかるのです。  同じ花に印をつけて、毎日写真を撮ってみてください。

④ シロツメクサとタンポポの、花のつくりを比べる  どちらも「たくさんの花の集まり」です。  けれど一つは離弁花、一つは合弁花。  ルーペでのぞいて、絵に描いてみましょう。

③は特におすすめです。 「花が下を向くのは、咲き終わったしるしだ」 これに気づいた子は、それから一生、道ばたの花の見方が変わります。

🟢 おわりに

公園にいくらでも咲いている、あの白い花。

あれは一つの花ではなく、数十の花の集まりで、 一つひとつがちゃんと5枚の花びらを持っていて、 外側から順番に咲いて、終わると下を向く。

そしてもとは、 江戸時代にガラスを守るために詰められてきた草でした。

知らないままでも、きれいな花です。 知ってしまうと、通り過ぎられなくなります。

 メールをくれたT先生に答えようと書いていたら、これはいろいろな人たちに読んでもらいたい記事だと考えて、このサイトにアップすることにしました。

 たのしんでいただけたでしょうか。次回をおたのしみに。1日一回の「いいね」クリックで〈たのしい教育〉を広げませんか-〈人気ブログ〉いいねクリック⬅︎ジャンプ先のページでもワンクリックお願いします

今回の記事は楽しく読んでいただけたでしょうか!
「いいね」と感じた方は〈SNSや口コミ〉でぜひこのサイトを広げていただけませんか(クリック)⇨  X(旧Twitter)   LINE    Facebook

⭐️このサイトはいろいろな人たちの支援で成り立っています。健常な方たち、ハンディのある方たち、経済状況ほか支援の必要な人たちも楽しく笑顔で〈自分の可能性〉を広げていく活動を支援する輪にみなさんも参加していただけませんか。一生に一度、3ヶ月に一度など無理のない程度に応援に加わってくださることを期待して!
 
▶ 100円から応援する(カード決済・30秒で完了)  ※2,000円以上の応援金には〈たのラボ〉ミニ教材の返礼をさせていただきます(住所記載必須)

寄付する 
名を記さないいろいろな人々/ハウス食品グループ/キリン財団/丸紅/赤い羽根共同募金/コザ信金/しまたて/琉球銀行/うるま社協/沖縄県文化振興課 ほか多くの人たちに支えられて《たのラボ》の活動が成り立っています

① 一記事につき数回の〈いいね〉クリックは「たの研」の大きな応援の一票になります!⬅︎この応援クリック
② たのしい教育を本格的に学ぶ〈たのしい教育メールマガジン-週刊/有料〉を購読しませんか! たのしい教育の実践方法から発想法、映画の章ほか充実した内容です。講座・教材等の割引もあります(紹介サイトが開きます)

カール・セーガンの言葉たち Pale blue dot./たのしい英語教育の教材としても

 大好きなカール・セーガンの話に入る前に、前々回の「ゆとり教育と円周率」について。記事の反響はまだ続いていて、いろいろな質問が届いています。わたしにとってはごく当たり前のことだったのでサ イトに書くのも今頃になってしまいましたが「円周率を3として計算することの素晴らしさ」そのものは、教師になって数年御、高学年をもたせてもらったとき に始まっています。もう二十数年前からのことになります。

 この反響からすると、おそらくいろいろな方達が興味を持ってくれると予想できるので、可能な方はぜひ周りの方達に「この記事面白いよ」と伝えて読んでもらうことを提案します。もしかすると「だからゆとり教育はダメなんだ」という意見もあるかもしれませんが、中には子ども達と同じ様な感覚で「おもしろいね」と言ってくれるが出てくるでしょう。そうやって、地道にですけど確実に「たのしい教育」が広まっていくのだと思っています。可能な方はぜひお願いいたします。

 さて今回は、わたしの発想法を語る時に重要な人物、カール・セーガンについて書きたいと思います。

 わたしはカール・セーガンからとてもたくさんの影響を受けています。
 彼が綴った本を繰り返し繰り返し読みましたし、同じ本を何冊も持っています。
 地球の生き物や大地の美しさ素晴らしさは星野道夫から学び、星としての素晴らしさはカール・セーガンから学びました。

 セーガンは宇宙科学で有名です。
 彼が一般の人達に向けて作成したTV番組に「コスモス」があります。レンタル屋さんでは見たことがないのですが、DVDは販売されています。
 名作です。
 教師時代に、教材として購入してたくさんの子どもたちに観てもらいました。
※わたしが購入した頃は2万円を超えていたのですけど、かなり安くなっていて、DVD7枚パッケージで、書いている今現在で1万円を切っています。日本語字幕もついています。

 

 その中の一部、しかもとても感動的な部分がyoutubeで視聴できます。
 それが  Pale blue dot. です。

%e3%82%ab%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%bb%e3%83%bc%e3%82%ab%e3%82%99%e3%83%b3%e3%81%ae%e8%a8%80%e8%91%89%e3%81%9f%e3%81%a1 Pale(淡き) blue(青き) dot(点).

 地球のことです。

 セーガンの本のタイトルにもなっています。

 観測の役割を終えた探査機ボイジャーが太陽系の端に到達しようとする時、NASAのボイジャーミッションにも関わっていたセーガンが「ボイジャーを地球の向きに回転させて、写真を撮ってもらおう」と提案しました。

 遠く離れた探査機にうまく命令を伝えられるか。無理な体勢変換で、その後、太陽系を無事飛び出ると期待している流れに影響がでないか。そもそも地球が写るのか?
 いろいろな反論があったでしょう。
 しかしNASAは最終的にセーガンの提案を受け入れボイジャーのカメラを地球に向けました、さすがです。

 セーガン自身がその画像を感動的な言葉で伝えてくれています。
 ぜひごらんください。ほんの3分少しの時間です。

 動画を見るのが難しい方もいるかもしれません、ボイジャーが振り向いて撮った写真も載せておきます。この右側の茶色の帯の中ほどやや下がわにある点が地球、Pale blue dot. です。

wikipediaに感謝して

 

この距離から見ると、地球というものは、さして興味深い場所には見えない。
しかし、私たちにとっては違う。
この点をよく見てほしい。
あれがここだ。
あれが故郷だ。
あれが私たちだ。

ここにすべての人が住んでいる。

愛する人も、知人も、友達も
いままでに存在したすべての人が、
みなここで人生を送っている。

喜びも悲しみも、自信たっぷりの幾多の宗教も
政治思想も、経済主義も、
すべての狩人も、牧人も、英雄も、
卑怯者も、文明の創設者も、破壊者も、
すべての王様も、農民も、
愛し合う夫婦も、すべての父と母、
希望にみちた 子ども、
発明家、そして探検家、
道徳を教える先生も、腐敗した政治家も、
スーパースターも、偉大な指導者も、すべての聖者も、
罪人も、人類の歴史上すべての 人が、ここに住んでいる。

太陽の光照らされた、塵にもひとしいこの場所に。

地球は、とても小さな舞台だ。
広漠とした宇宙の中では…

 

考えてみてほしい。


すべての将軍や皇帝が、勝利と栄光の名のもとに
流した血の河を。
この点の、そのまたごく一部の、
つかの間の支配者となるために。

考えてみてほしい。

この点の片隅にいる住人が、
別の隅にいる ほとんど見分けのつかない住人にたいして、
どれほど残虐な仕打ちをしてきたのかを。
どれほど多くの誤解があることか。
どれほど熱心に、人は殺し合うことか。
どれほどの激しい憎しみがあることか。

私たちの気どった態度、思いこみによる自惚れ、
自分たちは特別なんだという幻想。
この青白い点はそのことを教えてくれる。

私たちの惑星はこの漆黒の闇に囲まれた、
ひとかけらの孤独な泡にすぎない。

この広漠とした宇宙では、私たちは名もない存在だ。

他に助けてくれる人はいない、私たち自身をのぞいては。

地球は、現在までに知られている生命をはぐくむ
唯一の星だ。

すくなくとも近い将来、
ほかに人類が移住できるような場所は存在しない。

行くことはできるか?
たぶん。
住むことはできるか?
いや、まだ。

好き嫌いにかかわらず
いまのところ地球が私たちの住む場所だ
。

天文学は、人を謙虚にし、

身のほどをわからせる学問だという。
人間の思い上がりを示すのに、

これほどふさわしい例もないだろう。
私たちのちっぽけな世界を、

はるか彼方からみた景色ほどには。

 

私にとって、この映像は

私たちの責任を表しているように見える。
もっとお互いに気を配り、

この青白い点を大切にするとい う責任を。

私たちの知っている、ただ一つの故郷を。

“想像力なくしては、私たちはどこへも行けない”

カール・セーガン(1938~1996)

 

 アナウンサーではありませんが、カール・セーガンの言葉は聞きやすくて、英語の教材にもなると思います。
 残念ながら中学生に英語を教えるという機会はまだありませんが、わたしなら、この3分ほどの教材を英語に使います。きっと子ども達も、この言葉のどれかに感銘をうけて、そのフレーズを覚えてくれるのではないかと思います。

 興味のある方のために、英文も載せておきます。

From this distant vantage point,

the Earth might not seem of any particular interest.

But for us, it’s different.

Consider again that dot.

That’s here, that’s home, that’s us.

On it everyone you love, everyone you know,

everyone you ever heard of,

every human being who ever was, lived out their lives.

The aggregate of our joy and suffering,

thousands of confident religions, ideologies,

and economic doctrines, every hunter and forager,

every hero and coward, every creator

and destroyer of civilization, every king and peasant,

every young couple in love, every mother and father, hopeful child, inventor and explorer,

every teacher of morals, every corrupt politician,

every “superstar,” every “supreme leader,” every saint and sinner in the history of our species lived there

—on the mote of dust suspended in a sunbeam.

 

The Earth is a very small stage in a vast cosmic arena. Think of the rivers of blood spilled by all those generals

and emperors so that, in glory and triumph,

they could become the momentary masters

of a fraction of a dot.

Think of the endless cruelties visited

by the inhabitants of one corner of this pixel

on the scarcely distinguishable inhabitants

of some other corner, how frequent their misunderstandings, how eager they are to kill one another, how fervent their hatreds.

Our posturings, our imagined self-importance,

the delusion that we have some privileged position

in the Universe,

are challenged by this point of pale light.

Our planet is a lonely speck in the great enveloping

cosmic dark.

In our obscurity, in all this vastness,

there is no hint that help will come from

elsewhere to save us from ourselves.

The Earth is the only world known so far to harbor life. There is nowhere else, at least in the near future, to which our species could migrate. Visit, yes. Settle, not yet. Like it or not, for the moment the Earth is where we make our stand.

It has been said that astronomy is a humbling

and character-building experience.

There is perhaps no better demonstration

of the folly of human conceits than this distant image

of our tiny world.

To me, it underscores our responsibility

to deal more kindly with one another,

and to preserve and cherish the pale blue dot,

the only home we’ve ever known.

–Carl Sagan, Pale Blue Dot, 1994

たのしい教育は感動を伝える教育です。
日々元気に活動する「たのしい教育研究所」です。

① 毎日1回の〈いいね〉クリックで「たの研」がもっと強くなる!⬅︎応援クリック

② たのしい教育を本格的に学ぶ〈たのしい教育メールマガジン-週刊/有料〉を購読しませんか! たのしい教育の実践方法から発想法、映画の章ほか充実した内容です。講座・教材等の割引もあります(紹介サイトが開きます)

③ 応援として〈SNSや口コミ〉でこのサイトを広げていただければ幸いです!

グッジョブ授業プラン「科学技術の発展/たのしいキャリア教育」の一部|たのしい事は進化せずにはいられない|ひろがる「たのかし活動」!

たのしい教育研究所の喜友名はいろいろな処での授業や講座、講演活動、教育相談などを実施しています。

そうやって飛び回りつつも、たのしい教育に興味・関心を持ってくれる方達が実施できる授業開発、授業クリエイターとしての活動にも力を入れています。

これもたのしくてなりません。

「たのしい教育教材」を開発するにあたっては、特別な材料などを利用するのではなく、学校や家庭で普通に入手出来るもの、それは難しくても100均にいけば安価で簡単に入手出来るものを利用するなど、次の目標で作成しています。

① たのしい教育を実施しようと思う先生方なら誰でも授業することができる

② 授業を受けた人たちの「たのしさ度・わかった度」が90%レベル(85〜94%)になる

 板倉聖宣「仮説実験授業ABC」の考え方をベースにしています

同時進行でいくつかの授業プランの開発が進んでいますが、この公式サイト上でも人気の「しんぶんゴマ」について、少し紹介させていただきます。

 

———- 科学技術の進歩 ———-


質問

みなさんは「コマ」の歴史をたどると、どれくらい前にさかのぼることがコマできると思いますか?
どれくらい前の人たちがコマを作って遊んでいたのでしょう?
コマといっても最近のものではなく、材料も木や実などいろいろ簡単にたのしんでいたころにさかのぼって予想してみてください。

予想 今から
ア.100年くらい前
イ.500年くらい前
ウ.1000年くらい前
エ.そのほか

どうしてそう予想しましたか?

 

いろいろなところでこういう問題を出しているのですけど、子どもも大人も
「ア.100年くらい前」
が多いようです。

みなさんの予想はどうでしょうか?

予想を立てずしてたのしく賢くなることは無理です。

続けましょう。

「日本独楽博物館」のWebサイトには「世界を見渡すと2500〜3000年前のコマも見つかっている」とあります、他の資料によると5000年くらい前までたどることができることがわかります。

 

昔のコマのイメージ

 

さて、あなたの「しんぶんゴマ」はどれくらいの時間まわすことができましたか?

30秒以上回ったという人達が何人もいました。
すごいですね。

では、よくできたコマはどのくらい回すことができるのでしょう?
コマの種類は多く、傘より大きくて一人では回せないコマもあります。それらではなく、私たちが作ったコマのように、片手で回すことができるタイプのコマで調べてみましょう。

「全日本製造業コマ大戦」といって、いろいろな工場がつくるコマを回して長さを競う大会があります。その記録によると、日本の「上坂精巧」という工場がつくったコマ  (写真)が「12分41秒」回ったということです。とても安定したコマですね。
コマ記録

 

 コマはもともとたのしみごととして出発しましたが、その後、いろいろなものに広がりました。

コマが応用されて利用されているものについて、みなさんは何か思いつきますか?

 

思いついた人は出してみましょう。

 

お話「コマの発展」

 

たとえば時計の中の重要な部分にもコマの形をした部品ものが利用されています。
時計の中 時計の中のコマ 考えてみると、扇風機も電気の力で回しているコマの様なものですね。

 

それだけではありません、科学者たちのいろいろな研究で、なんと私たちの地球も、コマの様に回っていることがわかりました。「自転」といいます。

 

ところで、科学の最先端といってよい「人工衛星」にも重要な備品としてコマが利用されているのです。「リアクションホイール」と呼ばれています。
そのコマを回すことで微妙な姿勢のコントロールをおこなっているのです。
文字通り、コマが宇宙を飛んでいるのですよ。

たとえば日本がほこる惑星探査衛星「はやぶさ」の中に入っているコマを見てみましょう。

はやぶさ©JAXA

2010年には「小惑星イトカワ」から岩石の粒を持ち帰って世界中を驚かせました。

その「はやぶさ」の内部にも三ヶ所に「リアクションホイール」と呼ばれているコマがセットされていました。

はやぶさ リアクションホイイール

©JAXA

 

 はじめは単に遊びと思われていた「コマ」でしたが、人間の知恵と工夫、それをいろいろなものに発展させてきたのです。

たのしいことなら、どんどんそれに知恵と工夫を重ねていくのが人間です。

みなさんも、自分が「これはたのしい」と思っていることについては、誰に言われたわけでなくても、自然に知恵と工夫を重ねていると思うのですけど、どうでしょうか?

それはつまりわたしたち人間の素晴らしさです。

 

というように続いていきます。

たくさんの方達が「しんぶんゴマ」を作ってたのしんでくれています。

それはそれでとてもたのしいのです。
それに加えてチャンスがあれば、子どもたちに、こういうことを話していただけるといいなと思っています。

たのしい教育は人間のすばらしさの証です。
教育が成熟してきた証でもあります。
みなさんの応援をお待ちしています。

ひろがるたのしい教育
たのしく賢くすくすくと
「たのかし活動」展開中です。

 

① 毎日1回の〈いいね〉クリックで「たの研」がもっと元気になる!⬅︎応援クリック

② たのしい教育を本格的に学ぶ〈たのしい教育メールマガジン-週刊/有料〉を購読しませんか! たのしい教育の実践方法から発想法、映画の章ほか充実した内容です。講座・教材等の割引もあります(紹介サイトが開きます)

③ 受講費、教材費、スーパーバイズなどの費用は全て、たくさんの方達へのたのしい教育の普及、ひとり親家庭など困窮した方たちへの支援に利用されています

⭐️ 「いいね」と思った方は〈SNSや口コミ〉でぜひこのサイトを広げ、応援してください!