〈たの研〉で育った先生たちと語る たのしくやっているだろうか/たのしい福祉活動が大切

 夏休みに入り、〈たの研〉で学んだ先生たちがおしゃべりしに来てくれました。

 学校のこと、日々のことetc.
 たくさんん語ってくれて、たのしい時間になりました。
 

 そもそも、教師になる頃のほぼ全員が、たのしい教師生活を目指していたはずです。それが、日々の忙しさ、学校の「ねばならない型の風土」に、ごく普通のというか、ため息の多い日々をおくる教師はたくさんいるとおもいます。

 子ども心を失わない、チャレンジ精神を失わない、それが大切です。
 自分で突破できない時には、たのしい発想の先生から学んでいく、そういうことで、たのしくすすめていけるでしょう。
 〈たの研〉はそういう先生たちを全力でバックアップしたいと考えています。

 福祉の場面で「たのしさ」の発想を持つ人はかなり少ないのが現状です、ハードな事例がたくさんあるからでしょう。
 でも困難を抱えた人たちが、少しずつ明るい未来にすすんでいく、それをサポートするのはたのしいことに違いありません。
 〈たの研〉は福祉の場でがんばっている方たちも全力で応援しています。

 いよいよ、福祉活動の一環としての「自由研究まつり」も近づいてきました、〈たの研〉のスタッフ一同全力でブラッシュアップにとり組んでいます。

 福祉の場面でも、教育の場面でも、たのしいプログラムが欲しい、困った時の突破の仕方をコーチして欲しい、そういう方はどんどんご相談ください。

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③ 受講費、教材費、スーパーバイズなどの費用は全て、たくさんの方達へのたのしい教育の普及、ひとり親家庭など困窮した方たちへの支援に利用されています

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評価感想なくして〈楽しい教育・楽しい福祉〉なし ※〈たの研〉の評価感想シート 利用可能です

 武道などの修行を続けていると、試合の最中に「これは勝った/負けている」と実感することができます。教師を長年続けていると「この授業は子どもたちが乗っている/集中してくれてない」と感じることができるようになります。

 ところがこれが落とし穴です。
 武道の試合は相手が一人です、授業の相手は複数です。
 私のように400人500人を相手に授業する人もいるでしょう、授業の中の歓声で「よし、この授業はうまくいった」と感じても、みんなの評価感想を取らなくては本当のところはわかりません。
 元気な子どもたち1/10くらいが乗りに乗っていて、残りの子どもたちは普通の感じ、1/4くらいの子どもたちは白けているということもあるからです。

 福祉活動も同じです。
「よし、家族支援がうまくすすんでいるぞ」
と感じても、いわゆる大人のつきあいとして感謝の言葉を伝えてきたかもしれません。

 どれだけこちら側が、これが大事だ、みんなに必要とされていると感じても、それは予想です。実際に実施したアクションをしっかり評価してもらいましょう。
 もちろん全てうまくいくなんてことはありません。
 うまくいかなかったら、その状況を把握した上でアイディアを重ねて少しずつよくしていきましょう。

 〈たの研〉の評価感想シートを掲載します、必要な方は印刷してご利用ください。

 

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楽しい福祉活動のすすめ@相談にのる時にはPEALカウンセリングがおすすめです

「どの子の可能性も笑顔で伸ばしていく」というのは教育本来の姿です、それは『福祉』の場面でも同じです。福祉の場面で〈緊急対応〉の割合が多くなる可能性があるとはいえ、教育の場面でも重要です。ただし〈福祉〉の場面では個別の状況を丁寧に確認しながらすすめる必要も多いので、カウンセリング・相談場面が増えていきます。

〈たの研〉では教育相談を受けていて、ひとり親世帯など経済的な事情がある場合には「無料」になります、ご利用ください。
 

 来談する方たちは「実は、どこどこで相談をしてきたが、なかなか打開しないので」という前置きから相談に入ることも少なくありません。「それはどういうお話でしたか」と尋ねてみると、カウンセリングとは別なもののように感じることもあります。

 初めて聞く方たちは驚くかもしれません、わずかな通信教育の内容で資格をとり、カウンセラーと名乗っている人たちも少なくありません。私は武道の指導者資格も持っているのですけど、カウンセリングも相手の呼吸、体の動きをみながらすすめていくことも多く、武道と似ています。
 もしも通信指導で空手初段とかの認定を受けただけで、相手との試合を数々こなしてきたことのない人が「これが空手では」と言ったとして、それは空手といえるでしょうか? ケガをしたりケガをさせたりしてしまわないでしょうか。

 カウンセリングも似ています。相手のために熱心に相談に乗る、という行為が、実はうまくすすまないどころかマイナスの作用を示すこともあります。

 以前も書いて、多数の問い合わせがあったのですけど、子ども支援の現場ではパワハラ・セクハラ系の相談が明らかに増えてきています。最近も、そういう相談がありました。
 学校の教師であっても逮捕、懲戒処分される人たちがあとをたちません。「急募」という張り紙の多い子どもの居場所等では、そういうことが起こっていないとは考えづいでしょう。このまま抜本的な手をうたないと、かなり心配な状況になっていくと思います。

 ハードな事例ではカウンセラー育成をしている喜友名が相談に入りますし、必要に応じて社会福祉士の方や、校長経験者なども入りますから、かなり充実した相談の場です。

 教師だけでなく児童支援関係の方たちがカウンセリングや教育相談の方法を学びたいという時のワークショップも開催可能です。PEALカウンセリングは何十時間の理論・実習を経てあと、試験を受けてカウンセラー資格を取得します。そこまでの時間をかけず、短時間のショートプログラムも準備しています。
 子どもたちの可能性を笑顔で伸ばす、広げる、それはとてもたのしい福祉活動です。力を注いでいる方たちの、その力が花開く、そういう活動が増えていって欲しいものです。必要を感じている方たちは気軽にご相談ください。

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楽しいブックレビュー@賀十つばさ『ドゥリトル先生のブックカフェ』/ドリトル先生=Do Little 先生

 賀十(かとう)つばささんの『ドゥリトル先生のブックカフェ』を読んでいたら、こんな話が出てきました。

有名な児童文学「ドリトル先生」シリーズは、訳者の井伏鱒二が、 Do Little を日本人が発音しやすいようにドリトルと名付けた。
Do Little先生の本来の意味は「ほとんど何もしない先生」、ドリトル先生はお医者さんだから『ヤブ医者』という意味なんだ。

 私も子どもの頃ドリトル先生シリーズを読みました。

 でもヤブ医者的なイメージはなかったけどなぁ・・・

 そもそも動物たちの先生というのがメインだった気がする。動物たちと言葉を交わすことができると、けっこう名医だったんじゃないだろうか?

 気になって、井伏鱒二が訳したドリトル先生シリーズの第一作『ドリトル先生アフリカゆき』を読んでみました。はじめの部分を書き抜いてみしましょう。

1 パドルビー

 むかし、むかし、そのむかし――わたしのおじいさんが、まだ子どもだったころのこと――ひとりのお医者さんが住んでおりました。
 そのお医者さんの名まえは、ドリトル――医学博士、ジョン・ドリトルといいました。
 医学博士というのは、ちゃんとしたお医者さんのことですから、とてもいろんなことを知っているということです。

 この先生の家は、「沼のほとりのパドルビー」という小さな町にありました。
 その町の人たちは、年よりも子どもでも、だれでもみんな、先生の顔を知っておりました。
 先生が、シルクハットをかぶって通りをゆくと、だれかれとなく「ああ、あそこを、お医者さんが歩いてなされる。あれは、えらい先生だ。」とほめそやすのが、おきまりでした。

 そうして、子どもたちばかりでなく先生のあとから、ぞろぞろついてゆくのでした。教会の塔に巣を作っていたカラスさえ、カアカアとないて、先生におじぎをしたということです。

 先生の家は、町はずれにありました。小さな家ですが、庭だけは、とてもひろびろとして、いちめんに芝生が植えてありました。
 石のベンチのかたわらには、しだれ柳がありました。先生の家のきりもりは、妹のサラ・ドリトルという婦人にまかされていましたが、庭だけは、先生御自身で手入れをしていました。
 先生は、生きものがだいすきで、いろんなものを飼っていました。庭のすみかの池にキンギョを飼っていたほかに、お勝手には、ウサギがいました。またピアノの中には、白ネズミがいました。戸棚の中にはリス、地下室にはハリネズミがいました。それから子持ちの牛もいました。年とった足の悪い馬や――これは二十五歳です――ニワトリ、ハト、ヒツジが二ひき、まだそのほかにも、いろんなものがいました。
 その中で、とくに先生のかわいがっていた動物は、ダブダブという名まえのアヒル、ジップという犬、ガブガブという子ブタ、ポリネシアというオウム、それからトートーという名まえのフクロでした。

 先生の妹さんは、いつもこの動物たちが家の中をよごしてこまる、といってこぼしていました。
 ところが、ある日、リューマチをわずらっているおばあさんが、病気で診断を受けにやってきました。そのおばあさんは腰をかけた椅子のうえに眠っていたハリネズミをお尻にしいてしまいました。
 それからというもの、このおばあさんは二度とふたたび、先生のところへやってこなくなりました。おばあさんはそのかわりに、毎週土曜日になると、馬車に乗って、十六キロもあるオクスンソープという、べつの町のお医者に、診察してもらいにゆくようになりました。

 動物が大好きで、次第に人間より動物たちと付き合うようになっていったのがドリトル先生です。人間の診療に関しては Do Little. だけれど、動物に関しては Do More. の先生で、決して力のないヤブ医者というわけではありません。

 動物がいっぱいの病院から、しだいに人間の患者が減っていって、ドリトル先生はお金がなくなっていきます。動物たちの食べもののために貯金をおろし、ピアノを売り、ドリトル先生は穴の空いた靴下を履くくらいになっていきます。

 また読みたくなってきました。

 そのきっかけになった賀十さんの本は、ドリトル先生の話だけでなく「長靴下のピッピ」とか、たくさんの作品が出てきます。読んでみようと思います。

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