宮沢賢治さんの魅力〈注文の多い料理店〉

〈たのしい教育メールマガジン〉の「映画の章」に『銀河鉄道の父』を起点に宮沢賢治さんのことを書いたら、さっそく反響が届き始めています。

 メルマガの中で賢治さんの『注文の多い料理店』に触れてこう書きました。

みなさんは『注文の多い料理店』という作品を読んだことがあるでしょうか?


ラストでひっくり返す展開はショートミステリーの傑作です、ショートショートの名手〈星新一〉はこの手法をまねたのではないか思えるほどです。

 ちなみに賢治さんが出版した『注文の多い料理店』は童話集で、他の作品も入っています、ここでは本のタイトルともなった「注文の多い料理店」という作品について語っています。

 絵はないのですけど、文章だけなら青空文庫で読むことができます。

 二人のハンターが鳥や獣の狩りに山に入ったところからはじまります。

注文の多い料理店

         宮沢賢治

 二人の若い紳士しんしが、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲てっぽうをかついで、白熊しろくまのような犬を二ひきつれて、だいぶ山奥やまおくの、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことをいながら、あるいておりました。
「ぜんたい、ここらの山はしからんね。鳥もけものも一疋も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」
鹿しかの黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お見舞みまいもうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっとたおれるだろうねえ。」
 

 読者の方たちから「さっそく読んでみました。確かに面白いどんでん返しでした」という反響が届いています。

 みなさんも読んでみませんか。
 青空文庫の大きな力に感謝して ⬇︎

https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/43754_17659.html

 
 ちなみに賢治さんはベジタリアンで、動物の肉を食べず、作品に登場する二人と対極の暮らしをしています。
 それを知っていると、ますますたのしめるかもしれません。

紙の本やキンドル、オーディブルでもたのしむことができます、こちらは有料ですけど、相応の価値があると思います。図書館にも書籍を置いているはずですから、手にして、自分でも欲しいと思った方は購入するとよいでしょう。

https://amzn.to/4aZa5FA

 

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願いや目標だけでは叶わない②/〈こども達の笑顔と元気と賢さと〉@たのしい教育のタクティクス(進め方)たのしい教育 enjoy cafe

 子どもたちの可能性を生き生きと広げていきたい、その願い・目標を叶える重要な一翼が「その方法を学ぶこと」です。

〈たの研〉の中堅・若手が中心になってスタートした《Newたのcafe》で、いろいろな教材をたのしんだ様子を紹介しましょう。

 これは漢字マッキーノです。
 漢字ビンゴゲームを独自のルールでたのしく賢く学ぶことができるようにしたプログラムです。

 

 これは母の日にむけてのたのしいものづくり、カーネションです。

 素材になっているのは何とキッチンペーパー、それを針金モールで束ねます。

 色付けなど全体の工程はメルマガで取り上げる予定です。

 算数で使えるゲームもありました。

 これはマルバツゲーム系。
 大人もたのしめます。

 この他にもゲームの紹介があったりで、たっぷりの内容です。

次回は5/30(木)’24  18:30~20:00 に実施します。
もちろん初めての方大歓迎です。
場所は たのしい教育研究所第三研究所(沖縄市登川マクドナルド向かい一つ奥)
人数 10名以内 若手から超ベテランの方までどなたでも

会費 1000円➕軽食代 200円
 ※飲み物とおにぎりを準備します

内容 特別支援の子も普通クラスの子も、どの子の可能性も伸ばして行ける教材をたのしく紹介します

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国内で年賀状が5月に届く場所?/開高健〈白いページ I 〉

「一年の半ばちかくが雪に埋もれているので、年賀状が五月になってからやっと届く場所があるんだって」という話を何人かの友人たちにしたことがあって、ほぼ「それはないない、南極でももっと早く届くんだから」という反応なのだけど、開高健(かいこう たけし)の『白いページ I』の始まりの章にこう記されています。

 昭和四十五年の六月、七月、八月、私は仕事をしようと思って新潟県の山奥の銀山湖畔で暮した。ここは水道も、ガスも、電気もなく、一年の半ば近くが雪に埋もれるので、年賀状が五月に配達されるというような聖域である。

  昭和45年の話です、今は道路状況も交通手段も格段に改善されているので、もう、そういうことはないのでしょう。

 最近気になって新潟の〈銀山湖畔〉の様子を調べてみると、4月後半から5月の景色が載っていました、さすがにこれはすごい・・・
  いくら道路状況がよくなっても正月に年賀状が届くというのは厳しいような気がします。

https://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g1021357-d12437903-i259067292-Lake_Ginzan-Uonuma_Niigata_Prefecture_Koshinetsu_Chubu.html

 いつまでも残しておきたい景色です。

 開高健は「ここで私は超一流品と呼べるような水を飲んだ」と、見事な文章で表現しています。

ピリピリひきしまり、鋭く輝き、磨きに磨かれ、一滴の暗い芯に澄明さがたたえられている。のどから腹へ急転直下、はらわたのすみずみまでしみこむ。脂肪のよどみや、蛋白の濁りが一瞬に全身から霧消し、一滴の光に化したような気がしてくる。

 飲んだ水について、これ以上の表現をわたしは知りません。

 いつかチャンスをつくって私も雪の銀山湖畔に行こうと思っています。

 本を読むたびに、行ってみたい場所が増えていきます。

 みなさんが本に登場する場所で、行ってみたいところはどこでしょう。

 開高健の『白いページ』はおすすめのエッセイ集です、おすすめします。

https://amzn.to/3UayNwO

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平和について考える/アインシュタイン@映画「オッペンハイマー」 を超えて ②篠原正瑛という人物の思想

 20世紀最大の頭脳と称されることもあるアインシュタインが「私は常に日本に対する原爆の使用を非難してきました。けれど、その致命的な決定をとめるためには何もできませんでした」と送った相手、日本人の篠原正瑛(しのはらせいえい)という人物について書かせてください。

 まず概略をいつもお世話になっているフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に感謝して引用させていただきます。 https://ja.wikipedia.org/wiki/

篠原正瑛 来歴

東京府出身[1]。1939年に上智大学文学部哲学科を卒業後、フンボルト財団の奨学金によりドイツに留学した[1]。これは「日独交換留学」によるものであった[2]ベルリン大学哲学科およびイェーナ大学哲学科を修了してドイツ国立ヨハヒムスタール・ギムナジウム教授となる[1]

 留学中はカール・ヤスパースエドゥアルト・シュプランガーに指導を受けた[2]

ドイツ降伏後、連合軍による抑留と、スイスでの療養生活を経て1949年3月29日に空路で日本に帰国した[1][2]。帰国の際、シュプランガーから日本国民へのメッセージを預かり、帰国直後は療養生活を続けていた[2]。その後は改造社に勤務。

1952年、『アサヒグラフ』の原爆特集に刺激を受けて、物理学者アルベルト・アインシュタイン原子爆弾開発への関与と使用の是非を問う公開質問状を『改造』誌上に掲載し、それをきっかけに数度アインシュタインと書簡を交換した(書簡は篠原の没後の2005年に妻から広島平和記念資料館に寄贈されている)[3][4]。この往復書簡については、その途中までが『アインシュタイン平和書簡 3』(みすず書房、1977年)に掲載されている(pp.680 – 685)。

1963年11月から1年間、東ドイツに在住した[5]。この在住時に、森鷗外ベルリンで滞在した下宿の一つが現存していることを確認した[5]

哲学者としては近代ドイツ思想、中でもナチズムを主に研究した[1]原水爆禁止日本国民会議委員も務めた[1]。1983年2月には、西ドイツ緑の党が主宰した、核兵器を被告とする国際裁判で、陪審員(6か国から合計7人)の一人を務めた[6]

1990年に脳梗塞を発症して療養生活となり、2001年に死去[7]

 webというのは明らかに画期的な情報革命です、哲学者 篠原正瑛の写真をみることもできます。

 アインシュタインが篠原正瑛に書いた手紙の実物写真も公開されています、奥さんが原爆資料館に寄贈したものです⇨ https://hpmm-db.jp/list/detail/?cate=artifact&search_type=detail&data_id=36485

 哲学者篠原正瑛(しのはら せいえい)は、原子爆弾による惨劇を報じたアサヒグラフの写真に大きなショックを受け、雑誌を通してアインシュタインに公開質問状を書きました。

 その内容についてアインシュタインを中心にした紹介文はいくつかのサイトで目にすることができるのですけど、東海大学の板垣先生が篠原さんの反論にも触れてくれています⇨ http://www.sp.u-tokai.ac.jp/~bentz/symposium_itagaki.pdf

篠原正瑛(1912-2001)とAE(アインシュタイン)激論を交わす 1952 (占領政策後の原爆被害写真公開に対して)
篠原
「人類の福祉と幸福に奉仕すべき科学がなぜこのように恐ろしい結果を生み出す手段となったのか」
AE
「ドイツが原爆製造に成功する見通しありとのことで大統領宛の手紙に署名した。
私は絶対的平和主義者ではなく,確信あるüberzeugter Pazifist 平和主義者であり暴力の使用を認める場合がある」
篠原

「絶対的平和主義者でないならヒットラーも平和主義者になってしまう」

 篠原さんがアインシュタインに投げ返した
「絶対的平和主義者でないならヒットラーも平和主義者になってしまう」
という言葉は痛烈です。

 ロシアとウクライナ、イスラエルとガザ地区、現在も戦争の惨劇は続いています。仕掛けた国も平和のために戦うと語っています。

「絶対的平和主義者」という思想が唯一〈未来の戦争〉を止める合言葉になるのかもしれません。

 P.S. このサイト(篠原・アインシュタインレター)の内容にも触れられるかと思ったのですけど、今年度の新しい取組に没頭しているので、いつか書く日のためにアドレスのみ掲げています。http://akaboshi07.blog44.fc2.com/

 

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③ 受講費、教材費、スーパーバイズなどの費用は全て、たくさんの方達へのたのしい教育の普及、ひとり親家庭など困窮した方たちへの支援に利用されています

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