ファーブル昆虫記を読んでいた頃、とても心動かされた話があります。〈パスツール〉さんがファーブルさんを訪ねた時の話です。
パスツールさんもファーブルさんも同時代にフランスに暮らしていました。
すでに科学者として高名なパスツールさんは、政府から、その頃国内で大流行したカイコの病気の調査を依頼されました。
そこで、ファーブルさんのところに、カイコの話を聞きたいとやってきたのです。
カイコを見せてもらったパスツールさんはマユを手にしてびっくりします。
「何か中にありますね」
「ありますよ」
「一体、何があるんですか」
「蛹(さなぎ)です」
「え、蛹というと?」
「幼虫が蛾になるまえ、姿を変える一種のミイラのようなものです」
「どのまゆの中にもそんなものが一つ入っているのですか」
「そうですとも。まゆは、さなぎを保護するために幼虫が編むものです」
「なるほど!」
岩波文庫『ファーブル昆虫記』より
パスツールさんはカイコがさなぎになるという基本的な知識さえなかったわけです、しかもそれを恥じるどころか感動したのです。
パスツールさんは、病原菌の専門家です。的確な予想のもとに、カイコの病気に対する有効な予防策をたてました。
細かい知識はなくても、確かな理論に基づいた的確な知識を立て予想し実験的に確かめるという手法が、きっとパスツールさんにはあったのでしょう。
考えさせられるエピソードでした。
ファーブル昆虫記には、パスツールさんが訪ねてきたというエピソードが綴られているのですけど、私が調べた範囲では、パスツールさん側にはファーブルさんを尋ねたという話は出てきません。
《騙されない人になるため》の原則の一つは「情報元は複数で判断する」です、たとえばファーブルさんが「世界的に知られた医学者パスツールさえ私の元に来たんだ」という話を創作したとしたら、その事実がゆらいでしまいます。
そういうことも頭においておく必要があるでしょう。
私としては、それが事実であって欲しいと思っています。
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