牛の呪い@読み物授業書@たの研/小学校高学年以上

 つい最近の記事〈中谷宇吉郎のエッセイ〉について綴っていた時、〈国語の読みもの授業書@たの研〉にしようと思っていた中谷の文章を思い出しました、『犬がなくとガラスがこわれるか」というエッセイの中に入っています。

 読み方プログラムのタイトルは『牛の呪い』にしようと思っています。

 青空文庫に感謝して引用させていただきます。
 短い文章です、読んでみてください。

 ある山奥に美しい盆地があって、周囲の山々は、うっそうたる原始林におおわれ、盆地のなかは、緑の牧草が毛せんを敷いたように密生している。

 水にも恵まれていて、水晶をとかしたような流れが、この牧草の原のなかをゆるやかにぬっている。

 気候も申しぶんなく、春さきになると、雪は早く消え、太陽がきらきらとこの流れに映えている。
 中国の昔話にある武陵桃源とは、こういうところのことだったのであろう。

 ここでは、人々も、家畜も、みな幸福に暮していた。

 ただこの別天地には一つ不思議なことがあった。

 それは、この土地ではどうしても牛が育たないことである。

 なんとかして酪農をやりたいとおもって、丈夫なよい牛をたびたび入れたのであるが、数カ月のうちに、しだいに弱ってきて、やがて死んでしまう。
 いろいろ手をつくしてみても、どうしても、牛が育たない。

〔しつもん〕どうしてこの美しい山奥の盆地では牛が育たないのでしょう?

 ア.気候が悪い

 イ.牧草がよく育たない

 ウ.その他 思いつくことがあったら出し合いましょう 

 中谷宇吉郎の文章の続きを読んでみましょう。

 気候が悪いせいでもない。

 また牧草が悪いせいとも考えられない。

 りっぱな牧草ができるところで、現に馬や羊は非常に発育がよい。

 念のために、大学へ牧草を送ってしらべてもらったが、栄養価満点という折紙がついてきた。
 それで村の人たちは、すっかり弱ってしまって、とうとう牛を飼うことはあきらめることにした。

 しかし念のために、いろいろ昔のことを調べてみたら、一つおもいあたるふしがあった。

 

 馬や羊は非常に発育がよいのに、牛が育たないという村があって、昔のことを調べたらこういうことがわかったというわけです。
 いったいどういうことがわかったのでしょう・・・

 ※ 

 それは大昔に、この村に気の荒い庄屋がいて、外からつれてきた牛を残酷な方法で殺したことがあるという記録が出てきたことである。その牛の怨霊おんりょうがたたって、その後この土地には、牛は育たないことになったのであろう。

 これでわけがわかったので、村人もなっとくして、酪農はあきらめてしまった。

 なんと「牛のたたり/牛の呪い」のせいで、この土地には牛は育たなくなったというのです。

 みなさんはそういうことが本当にあると思いますか。

予想

 ア.たたりはあるだろう

 イ.それはないだろう

 ウ.その他

 中谷宇吉郎は、それを無茶な考えだと言わず、「この村の人たちにも、ちゃんと因果律の考えがあったのだ」と続けます。

 この村の人たちの頭のなかにも、ちゃんと因果律の考えがあったのである。※因果律(いんがりつ):原因と結果を結びつけて考えること

 牛が育たないという結果があったので、その原因をいろいろと考えてみた。

 しかし原因は、気候にも、牧草にも、水にもないことがわかった。

 そこへ牛の怨霊という、原因と考えられるものが出てきたので、それを原因として、この問題に一応の解決を与えたわけである。

 中谷宇吉郎は科学者です、「怨霊のせいという原因がわかってよかったね、めでたしめでたし」と終わるわけではありません。続きを読んでみましょう。 

 ただ、この素朴な村人の因果律は、科学で使われる因果律とは、少しちがったところがある。前にもちょっといったように、科学の世界での因果律では、原因も、結果も、ともに観測しうるものであることが必要である。牛が死ぬという結果のほうは、観測というまでもなく、明白な事実である。

 しかしその原因とされた怨霊のほうは、観測にはかからないものである。

 したがって、この結論は、広義の因果律にはかなっているが、科学にはなっていない。怨霊だから非科学的であるというのではなく、観測あるいは測定にかからないものを、原因とする点が、非科学的なのである。

 しかし、ほかに考えうる原因がないのに、牛が育たないという結果は実在している。これは事実である。

ではどうしたらよいのでしょう?

怨霊のせいにしてあきらめる以外に、何か方法を思いついた人はいませんか、あったら出し合いましょう。

 何かアイディアが出ましたか?

 牛に「たたりで災いを起こす力」があるとしたら、世界中でたくさんの災いが起こっている可能性がありますよね・・・

 それはさておき、中谷宇吉郎はこう続けます。

 この事実を科学的にはどう説明したらよいかというに、それは簡単である。「なにか原因はあるのだろうが、わからない」と、これだけでよいのである。というよりも、それよりほかにいいようがない。

 なにか科学らしくこじつけると、かえって非科学的になる。

 中谷宇吉郎はあっさり、原因を牛のたたりにしてしまうのではなく「原因は〈わからない〉以上!」でよいのだと語ります。

 そう言った上で、さらにつきつめて考えてみよう、と語ります。
 ここから本格的な科学の話に入っていきます、もちろん「たたり」のせいだとはいわず、「わからない」と終わることもありません。

 これはおもしろい問題なので、もう少しつきつめて考えたいが、それには、原因および結果という言葉を、いま一度整理しておいた方がよい。

 前に、自然界には、原因そのもの、あるいは結果そのものはないといった。その点には、まちがいがない。
 しかし自然界には、二つの現象を、原因結果的にならべてみると、その関係がはっきりすることがらが、たくさんある。

 以下本書では、こういう場合に、一方を原因といい、他を結果ということにする。そして両者をならべてみて、それから新しい知識が得られることを、「原因結果的に扱える」ということに定義する。
 ところで科学の話をする場合は、どうしてもいくつかの術語を知っている必要がある。料理の話をきくときに「三枚におろす」とか、「油でいためる」とかいう言葉を知っている必要があるのと同じことである。その術語の一つに無限小および有限という言葉がある。ここでその言葉の意味を、ちょっと説明しておく。
 物理学では、無限小という言葉をよく使うが、これは「ない」という意味ではなく、観測にかからないほど微小または微弱という意味である。無限小のものは、ないとはいわないが、取扱いではゼロと同様にみなす。それに対して、観測にかかるものは有限という。一ミリグラムの百分の一ていどの微量でも、測定にかかれば有限である。

これで半分くらいです、書き始めてみたら、ずいぶん長くなってきました。

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何千冊の大量の本を整理して残した千冊くらいの一冊『中谷宇吉郎随筆集@岩波文庫』/どっちに転んでもシメタを探す!

 活字中毒だった頃集めた本が家を占領して大変なことになってしまったので泣く泣く大量の本を処分したのが二、三年前のこと。
今は『これだけは捨てられない』と残した本たちが千冊くらい残っています。

 その一冊が『中谷宇吉郎随筆集@岩波文庫』。
 寺田寅彦と中谷宇吉郎 師弟の作品は何冊も残されています。

 すでに著作権が切れていてデジタルで読むことができるのだけど、紙の本の貴重さは次元が違います。


 はじめのエッセイ「雪の十勝」には雪の結晶写真が載っています。
 〈日本人〉として初めて雪の撮ったのが中谷宇吉郎です、みごとな写真です。

 エッセイは「初めは慰み半分に手をつけて見た雪の研究も、段々と深入りして、えて見ればもう十勝岳へは五回も出かけて行ったことになる」とはじまります。

 師の板倉聖宣(たのしい教育研究所 初期から支援者/仮説実験授業研究会初代代表/元文科省教育研究所室長/元日本科学史学会会長)が「中谷は留学先のX線の研究に挫折して雪の研究をはじめたんだ」と語っていました。

 中谷宇吉郎は師の寺田寅彦の影響でイギリスに留学しチャールズ・ウィルソン(Charles Thomson Rees Wilson)に学びました。ウィルソンは霧箱(cloud chamber)の開発者として知られ、1927年にノーベル物理学賞を受賞した人物です。

 留学先で思うような成果が出せず、日本に戻ってからも予算をはじめ必要な実験環境を整えることができず、挫折して雪の研究に入ったという話は中谷宇吉郎を取り上げたサイトとうで読みました、いずれしっかりとした基礎資料が見つかると思います。

 いずれにしても中谷宇吉郎は「慰み半分で手をつけた」という雪の研究で世界的な成果をあげました。

 世界ではじめて人工雪を作ることに成功し気象条件と結晶が形成される過程の関係を解明したのです、1936年のことです。

 挫折の中でもシメタを探し、画期的な成果をあげたと言ってよいでしょう。

 そういうことを知らずに読んでも心を動かしてくれるのですけど、それを知ってから読むとさらに心を揺さぶります。
青空文庫に感謝して、中谷宇吉郎『雪の十勝』を引用させていただきます。短いですから、ぜひ読んでみてください。

----- 青空文庫の偉業に感謝して掲載させていただきます -----
 初めは慰み半分に手をつけて見た雪の研究も、段々と深入りして、かぞえて見ればもう十勝岳とかちだけへは五回も出かけて行ったことになる。落付おちつく場所は道庁のヒュッテ白銀荘はくぎんそうという小屋で、泥流でいりゅうコースの近く、吹上ふきあげ温泉からは五ちょうへだたっていない所である。此処ここは丁度十勝岳の中腹、森林地帯をそろそろ抜けようとするあたりであって、標高にして千六十メートル位はある所である。 雪の研究といっても、今までは主として顕微鏡写真を撮ることが仕事であって、そのためには、顕微鏡は勿論もちろんのこと、その写真装置から、現像用具一式、簡単な気象観測装置、それに携帯用の暗室などかなりの荷物を運ぶ必要があった。そのほかに一行の食料品からお八つの準備まで大体一回の滞在期間約十日分を持って行かねばならぬので、その方の準備もまた相当な騒ぎである。全部で百貫位のこれらの荷物を三、四台の馬橇ばそりにのせて五時間の雪道を揺られながら、白銀荘へ着くのはいつも日がとっぷり暮れてしまってからである。この雪の行程が一番の難関で、小屋へ着いてさえしまえば、もうすっかり馴染なじみになっている番人のO老人夫妻がすっかり心得ていて何かと世話を焼いてくれるので、急に田舎の親類の家へでも着いたような気になるのである。 この白銀荘は山小屋といっても、実は山林監視人であるO老人の家であって、普通には開放していないので、内部は仲々立派に出来ている。階下が食堂兼居室で、普通の山小屋の体裁に真中まんなかに大きいまきストーヴがあって、二階が寝室になっている。この小屋の附近は不思議と風当りが少いので、下のストーヴの暖みに気を許して、寝室の毛布にくるまっていると、自分たちにはこの小屋の二階が何処どこよりも安らかな眠りの場所である。着いた翌日はず階下の部屋の一隅にむしろを敷いて隙間風すきまかぜを防ぎ、その上に携帯用暗幕を張って急造の暗室を作る。その中に器械を入れて来た木箱を適当に配置して現像装置だの、乾板かんぱんの出し入れの用意などをととのえる。それから食卓を一つ借り切って、これはそのまま実験台とする。雪の結晶の撮影は小屋の入口の白樺しらかば造りのヴェランダで行うことにして、此処にも木箱を持ち出して実験台を作る。顕微鏡写真の撮影にはかなり丈夫なちゃんとした実験台がるのであるが、それには前にも書いたように雪のコンクリートという極めて重宝なものがある。木箱の周囲を雪で固めて、ばけつに一杯の水を流しかけると、五分もたぬうちにすっかり凍りついてしまって、立派なコンクリートの実験台が出来る。顕微鏡写真装置も同様にしてこの実験台の上にくっつけてしまうのである。 十勝岳のこの附近は、雪の結晶の研究には先ず申分のない所であろう。あるいは世界でも珍らしい所ではないかという気もする。第一結晶が極めて美しく、繊細を極めたその枝の端々までが手の切れそうな鮮明な輪廓りんかくを持っていることである。自分たちが白銀荘で見たような美しい結晶は世界中のどの観測者の写真にも見られないものであった。それから結晶の種類がまた極めて多い。普通に雪の結晶の代表と思われている六花ろっか状のあらゆる種類の結晶は勿論のこと、余り知られていないところの樹枝状の結晶の枝が立体的に伸びているもの、それからめずらしいとされている角錐かくすい状の結晶、鼓型つづみがたの結晶、それが数段になっている段々鼓型などの結晶が惜しもなく降って来るのである。この二月には針状の結晶がそればかり三十分も続いてかなり激しい降雪となって降って来たこともあった。それから全く世界中の今までの文献に知られていないと思われる側面結晶という不思議な雪も数回観測することが出来た。
 
「平面樹枝状の結晶 ×13.5」のキャプション付きの写真平面樹枝状の結晶 ×13.5
 
「段々鼓の側面」のキャプション付きの写真段々鼓の側面
 
 今一つこの十勝岳の観測地点は気温も全く申分ない条件をそなえているのである。冬の真中で大体最低零下十五度最高零下十度位の所を毎日規則正しく変化しているのであって、気温の変化が非常に少いために、観測者の身体からだぐそれにれてしまって仕事が非常に楽なことである。普通に考えて零下十度というと、全く細かい研究などの出来ない寒さと思われるのであるが、此処での体験によるとこれ位の寒さが雪の研究には丁度良い気温であることが分ったのである。自分たちは別に寒さに対して特に強いとは思われないにもかかわらず、不思議とこの白銀荘で四、五日仕事を続けていると、戸外に朝から夜の十二時近くまで立って仕事をしていても別に大した寒さを感じなくなるのである。勿論一時間置き位に室内へ入って、ストーヴで暖まっては出て行くのであるが、それにしても少し妙だと我ながら感心する。生中なまなか煖房だんぼうの設備などがないと身体の方が自然の方に適応して行くらしいのであるが、そのためには気温の変化が少いということが一つの有利な条件のように思われるのである。零下十度位になると、雪の結晶は全く安全で、どのようにいじっていてもける心配はないので、勝手に切ったり細工したりして調べることが出来る。一つの結晶を色々に引っ張ってこわして見るという簡単な操作だけで、昨年の冬は二かくから成る結晶の存在が確められて、従来多年の懸案となっていた三花や四花の結晶の成因がすらすらと解決出来てしまったのであるが、これもよく考えてみると、普通の地点では一番困難な実験であったのかも知れない。 雪はさすがに実によく降る。冬中何時いつ行って見ても、大抵毎日少しも降らないという日は滅多にない。朝起きると一面の青空で、朝日が白銀の世界をあかね色に染めているような日でも、夕方になると大抵は美事な樹枝状の結晶が細雨さいうのように音もなく降って来る。このような時は大抵写真を撮るには最適の条件のことが多く、つい遅くまでもひきずられがちとなるのである。 朝目を覚まして青空が見えるような日には、一同大変な元気で早くから起き出してしまう。そして急にパンを切ったり、スキーにろうを塗ったりして山登りの準備にかかる。何時のにか、天気がよくて雪の降らぬ日はふりこ沢のあたりまでスキーに乗って、積雪上の波型を見に出かけるということにきまってしまったのである。そして特に晴れた日にはそのまま十勝の頂上まで行程を伸ばしてしまうのである。それを楽しみにして特に助手を志願して出る学生も出て来て、大抵いつも十勝ゆきに人手が足らなくて困るということはない。 O老人もよく一緒に行くことが多い。かんじきを穿かしたら誰もこの老人にかなうものはないが、スキーはまだ始めて二年にしかならぬというので、丁度良い同行者なのである。この老人は全く一生を雪の山の中で暮して来たという実に不思議な経歴の人である。この人の話などを聞いていると、雪の山で遭難をするというようなことはあり得ないという気がするのである。一昨年の冬にも犬の皮一枚と猟銃と塩一升いっしょうだけを身につけて、十二月から翌年の二月一杯にかけて、この十勝の連峯から日高ひだか山脈にかけた雪嶺せつれいの中を一人で歩きまわって来たというのである。この老人の話をきくと零下二十度の雪の中で二カ月も寝ることが何でもないことのようなのである。もっともその詳しい話を聞き出して見て驚いたのであるが、この老人はわれわれのちょっと及ばぬような練達の科学者なのである。 雪の中で寝るのに一番大切なことは焚火たきびをすることであるそうである。それは極めてもっともな話であるが、厳冬の雪の山で焚火をするのは決して容易なわざではない。ところがこの老人は三段のスロープのかげに自分たちを連れて行って、何の雑作ぞうさもなく雪の上で大きい焚火をしてわれわれを暖めて見せてくれたのであった。風の当らぬ所を選んでこれだけの焚火があったら、なるほど雪の中で寝ることも事実普通の生理学と少しも矛盾しないのである。のこぎり手斧ちょうなとマッチが食料品と同様に雪の山では必需品であることを実例で教えてくれたのはこの老人であった。 感心したことは、この老人は出来るだけ文明の利器を利用しようとつとめることであった。魔法瓶だの気圧計だのというものには特別の興味を持ち、かつそれを利用したがるのである。とうとうその思いが一部叶って魔法瓶を買うことの出来た時の無邪気な喜びようには誰もが心をかれた。気象の見方、保温の方法、器具の取扱い法、食料としてのうさぎり方から山草の料理法など、すべての事柄について、すみの隅まで行き届いた細かい注意が払われていることが、聞き出すごとに分って来た。このように自分一人の体験で作り上げた科学の体系を持っていて初めて山の生活が安全に遂行されるのであろう。 今年も初霰はつあられのたばしる音を聞くと、十勝の生活とこの老人のことが思い出される。結晶の研究にもまだ抜けた所が沢山ある。特に粉雪の結晶構造の研究にはまだ一冬はどうしてもかかる。そのほかにも昨年の冬から初めて手を付けて見たスキー滑走の物理学の完成にも十勝は最も良い聖場の一つである。まだまだ数年は冬ごとに十勝へ通わねばなるまい。クリスマスの木のようなあの十勝のたちに会うことも、この老人からストーヴのまわりで「カムチャツカへ歩いて行った話」を聞くことも皆楽しみの種である。

(昭和十年十二月一日)
 
----- 青空文庫の偉業に感謝して掲載させていただきました -----
 

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読者の方からの嬉しいたより/賢治さんの「星めぐりのうた」考

 嬉しいことに公式サイトの読者の方から質問や問い合わせがたくさん届きます。
全て目を通し、直接返事ができない場合でも、その方がわかるように、記事内容に反映させています。

 今日も元気がでるたよりを受け取りました。

 いつもこのサイトを楽しく拝見しています。毎回毎回、新しい視点に刺激を受けています。

 今回も

 どこかの文献に残っていたものではなく、実際の言葉として伝える力のある子どもたちが増えていってくれることは、素晴らしいことだと思うのですけど、どうでしょうか。
 たとえば、焦っている、慌てている、困っている友だちに「よんなー よんなー どー」
そう言ってくれる子どもたちが増えてくる。
そういうことも、たのしく学んでくる子どもたちから広がっていくことでしょう。

という内容に深く共感しています。

これからもお身体に気をつけて、素敵な発信を続けてください!

 ありがとうございます。
 きっと沖縄県内にお住まいの方なのでしょう。

 こういう質問も届きました。

賢治さんの「星めぐりのうた」の詩の最後に「こぐまのひたいのうえは 空のめぐりのめあて」とあります。
こぐまのしっぽの方角に北極星があるのでは・・・
と気になります。
どうして「ひたいのうえは 星めぐりのめあて」とあるのでしょう?

 宮沢賢治作詩「星めぐりのうた」をご存知ない方もいると思うので歌詞をのせておきます。

あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の  つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。
オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、

アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。
大ぐまのあしを きたに
五つのばした  ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。

 曲はwikipediaで聴くことができます、作曲も賢治さんです ⇨ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8A%E3%81%AE%E6%AD%8C

 その方には直接、こういう内容の返事を送りました。

いっきゅう

いつも読んでくださってありがとうございます。
さて「星めぐりのうた」に出てくるその歌詞は、賢治さんの間違いだという人がほとんどです。

小熊座のひたいの上ではなく尻尾の先に〈ほしめぐりの目当て〉になる「北極星」があって、賢治さんは尻尾と頭を間違ったのだろう、というわけです。

他にも怪しいところがあるから、きっとそうだ、ということになっているようです。

でも、次の画像にあるように、こぐまの額の上には大熊座の「北斗七星」があります。
北極星はあまり明るい星ではなくみつけにくいので、たいてい「北斗七星」や「カシオペア」を目印にして北斗七星を探します。理科の星空の授業でも「まず北斗七星かカシオペアを探して、その星をめあてにして、こっち側に何倍すると北極星がみつかります」というように教えています。

ということで「こぐまのひたいの上」は北斗七星という「星めぐりの目当て」になる星座があるんだよ、というようにもよめると思います。
私は勝手に、そう考えています。

◯◯さんはどう思いますか?

 みなさんも、気軽にお便りをください。

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本を楽しむ・本に親しむ@ファーブルさんが書いたのは昆虫記だけではない

 本を楽しむとか本に親しむというと、多くの人はその中身を味わうことをイメージするでしょう。

 確かにそれもあります。

 でもこういう親しみ方、楽しみ方もある。

 これは私が師の板倉聖宣先生(たのしい教育研究所 設立当時からの強い支援者/仮説実験授業研究会初代代表/元文科省教育研究所室長/元日本科学史学会会長)と古本屋に入った時に「きゆなくん、これいい本だよ」と言われて購入した一冊『ファーブル植物記』です。
 2階の執筆室が久しぶりに片付いて、使えるようになったので、久しぶりに手にしました。
 カバーの内側でファーブルの母国フランスの言葉になっているのですけど、中は日本語に訳されています。

 
 え、ファーブルは〈昆虫記〉だけでなく植物についても書いていたの?

 と思う人たちもいると思います、ファーブルはたくさんの科学的な文章を書いています。

 ファーブルが亡くなってあと、植物について書かれたものをまとめたものが『ファーブル植物記』です、日本では平凡社が出してくれています。

 古本で手に入れたので、カバーはかなり傷んでいました。
 ブッカーで覆っても傷みが目立ったままになるので、そうせず、といっても書棚から出し入れするうちにビリっと裂けてしまうことがみえてきたので、文字や絵の部分を切って、背表紙は栞(しおり)にしました。

表紙は本の内側にはりつけました。

 カバーを折った裏側にあるファーブルさんの紹介や背表紙のイラストも、本の中にはってあります。

 新しい本のようにはいかないのですけど、これが結構気に入っています。

 近年、本はどんどんデジタル化されてきました。

 私のように紙の本に親しんでいる人たちは激減してきているでしょう。

 紙の本のたのしみをあじわえることは、とても嬉しいことです。

 今日は、この中にある〈クリ〉の話を読みました。

 機会があったら紹介させていただきます。

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